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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第19章

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金枝の鳥籠ⅩⅢ ~覗くものの痕跡

ルルリアは錠前に細い針を入れた。静かに音一つ鳴らさない。

 音を立てる開け方は、錠への勉強不足だと、昔セフィリアに教わった。


 鍵穴の奥に触れる。

 金属の舌をなだめる。

 術式の端を指で押さえ、記録の糸を切らずに、結び目だけを緩める。


 錠前が、滑るように開いた。


~本文より

 西倉庫の扉は、飾り気のない鉄でできていた。


 倉庫というより、閉じられた箱に近い。

 荷を守るための扉。雨風を防ぐための壁。盗人を退けるための錠。


 ルルリアはその前に立った瞬間、喉の奥がひりついた。


 守るためだけの倉庫ではない。

 扉も、壁も、積まれた木箱も、吊るされた札も、まるで何気ない顔をしているのに、全部がこちらの足音を待っている。

 探るためのものでもある。


「……オバリム好みだね」


 ルルリアは小さく呟いた。

 隣にいたルミナリスが、少し首を傾げる。


「オバリム、ですか」


「ゴルデンオストの裏の目。表の荷車じゃなくて、荷車が何を隠して運んでいるかを見る人たち。こういう倉庫、好きなんだよ。きれいで、静かで、どこに立ったかまで分かるようになってる」


 ルルリアは扉に触れなかった。

 指先を近づけるだけで、錠前の内側に細い術式の気配があると分かる。


 鍵を開ける者を記録するもの。

 鍵を持つ指の力を測るもの。

 扉を押す体重の癖を拾うもの。

 普通の盗人なら気づかない。

 気づいたとしても、壊す。


 だが、壊せば知らせる流れがある。

 ルルリアはそれを知っていた。



「準備はよろしいかしら?」


 セフィリアが、いつものやわらかな声で尋ねた。

 ルルリアは振り返らなかった。


「うん。でも、ミレーネさんは外で待ってて」


 帳簿室の女ミレーネは、少しだけ目を伏せた。


「承知しました」


 その返事は、あまりに早かった。

 もとからそうなると分かっていたようだった。


 セフィリアは何も言わない。

 ただ、扉の前に立つルルリアを見ていた。


「中に入るのは、私と、ルミィと、おじいちゃんと、イグニス。それからセフィリアだけ」


「私も?」


「うん。見届ける人は必要でしょ。だけど、増やしたくない。見た人が増えれば、守らなきゃいけない口も増えるから」


 セフィリアの蜂蜜色のまつげが、ほんの少しだけ揺れた。


「よく覚えているのね」


「忘れたかったけどね」


 ルルリアは錠前に細い針を入れた。静かに音一つ鳴らさない。

 音を立てる開け方は、錠への勉強不足だと、昔セフィリアに教わった。


 鍵穴の奥に触れる。

 金属の舌をなだめる。

 術式の端を指で押さえ、記録の糸を切らずに、結び目だけを緩める。


 錠前が、滑るように開いた。

 倉庫の中から、乾いた木と油と薬草の匂いがあふれ出す。

 イグニスが火花を散らした。


「つまらん匂いだ。湿った木、古い油、気の抜けた薬。火にくべても大して鳴かん」


「鳴くんですか、物は?」


 ルミナリスが真面目に尋ねると、イグニスは当然のように胸を張った。


「鳴く。そしてよい火は歌う。悪い火は喚く。嘘の火は、笑う」


「嘘の火……」


「あるぞ。この中にな」


 ルルリアの背筋に、細い緊張が走った。


 セフィリアが扉を押し開ける。

 灯りが倉庫の奥へ伸びた。


 中は整いすぎていた。


 薬箱は薬箱だけで積まれている。

 武器箱は武器箱だけで並んでいる。

 補修具は種類ごとに分けられ、通行証や配給札を収めた小箱は入口に近い棚へ置かれている。


 一見すれば、実に使いやすい倉庫だった。

 急ぎの支援物資を運び出すには、理想的な配置。


 ルルリアには分かった。


 入口から薬箱へ向かう者。

 薬箱から武器箱へ目を移す者。

 補修具を確認する前に通行証へ手を伸ばす者。

 棚の前で迷う者。

 迷わず奥へ進む者。


 全部、見られる。


 これは荷のための配置ではない。

 人を見るための配置だ。


「……嫌な置き方」


 ルルリアは低く言った。

 オルクスが倉庫の奥を見渡す。


「罠か」


「罠っていうより、試験かな。ここに来た人が、何を必要として、何に怯えて、何を隠そうとしてるかを見るための場所」


「商人の仕事ではないな」


 オルクスの声は静かだった。

 セフィリアは否定しない。


「商人は見るわ。でも、これは少し、見すぎている」


「知ってて置いたの?」


 ルルリアの声が尖った。

 セフィリアは、ほんの少しだけ目を伏せた。


「流れてきた荷を、止められないときもあるのよ?」


「止めないのと同じでしょ」


「いいえ。同じではないわ。でも、あなたが怒るには十分ね」


 ルルリアは唇を噛んだ。

 怒りたかった。

 もっと責めたかった。

 どうして、と聞きたかった。


 しかし、今それをしても、荷は眠らない。

 札は人の名を測り続ける。

 このまま流れれば、ノビリスたちのもとへ、支援物資の顔をした目が届く。


 ルルリアは息を吐いた。


「ルミィ。魔力の流れ、見える?」


「はい」


 ルミナリスは一歩前へ出た。

 その瞳が、倉庫の中に満ちる細い魔力の線を追う。


 普通の者には見えない流れ。

 箱から箱へ、札から棚へ、棚から床へ、床から壁の奥へ。

 まるで倉庫全体が、大きな蜘蛛の巣になっているようだった。


「入口の錠から、床へ流れています。そこから薬箱の底、武器箱の柄、補修具の杭、それから……あの小箱です」


 ルミナリスが指したのは、通行証を収めた棚だった。

 ルルリアの顔がこわばる。


「やっぱり」


 イグニスがふわりと宙に浮き、倉庫の中央まで進んだ。

 小さな焔の姿が、暗い空気の中で揺れる。


「木箱は木の燃え方をする。鉄は鉄の燃え方をする。薬は薬の燃え方をする」


 イグニスはつまらなそうに言いながら、ふと薬箱の前で止まった。


「だが、こいつは違う」


「何が違うんですか」


「底が笑っている。薬のふりをして、人の匂いを食う気でいる」


次回、一行が帝国の匂いをかぎ取る場面を描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

是非またご一読ください。

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