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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第19章

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金枝の鳥籠Ⅺ ~飛び立つ小鳥

セフィリアは微笑んだまま、何も言わない。


「あなたは決めさせる形を作る。選ばせる。逃げ道も残す。でも、最後にはあなたの帳簿に載る道を選ばせる」


 ルルリアは、視線を逸らさなかった。


「私はもう、そこには戻らない。戻れないの」


~本文より

 セフィリアは続ける。


「名ではなく、現象として。潮牙商会の船に乗り、白い冥界から戻り、原初の焔を伴う者。そういう形でなら、いくつもの帳簿に影が落ちている」


「消して」


「できるものなら」


「あなたなら、できるでしょ」


「一つ消せば、別の帳簿で空白が目立つ。空白は、時に文字より雄弁よ」


 セフィリアの声は穏やかだった。

 だが、その内容は冷たい。


「だから、隠すなら消すのではなく、意味を散らすの。いくつもの理由を混ぜる。いくつもの経路を重ねる。誰が本命か、何が目的か、すぐには分からないようにする」


「それで、私たちを混ぜたいんだ」


「ええ」


 セフィリアは逃げなかった。


「あなたたちを、私の荷に混ぜたい」


 ルルリアは笑った。

 乾いた笑いだった。


「はっきり言うね」


「あなたに遠回しな嘘は、もう効きにくいでしょう?」


「遠回しな本音は、まだ刺さるけどね」


「それを見込んでいるの」


「最低」


「ええ。つけこまないと商談は有利にはならない」


 即答だった。


 ルルリアは腹が立った。

 この人は本当にずるい。

 責められる場所を先に差し出してくる。

 こちらが怒ると分かったうえで、怒るための足場まで用意する。


 優しい。

 怖い。

 そして、どうしようもなく先回りされている。


「ルルリア」


 セフィリアは、声を少し柔らかくした。

 その声は、昔のままだった。


「戻ってきなさい」


 部屋の空気が止まった。

 ルルリアは、息ができなくなった。


 その一言は、予想していた。

 予想していたのに、胸の奥へ深く刺さった。


 戻ってきなさい。


 冷たい雨の日、凍えながら死を覚悟した時に聞こえたあの声。

 寒かった夜、暖かい毛布と飲み物を枕元においてくれた優しい影。

 失敗して震えていた時、怒る代わりに茶を差し出した美しい指先。


 戻れば、守られる。

 少なくとも、セフィリアの鳥籠の内側には屋根がある。

 餌も、名前も、そして、鎖も、全てがある。


「大きな混乱が起きるわ」


 セフィリアは続けた。


「帝国の表に出ない目が動く。そこに、金で動く者も、信念で動く者も、ただ命令で動く者も混ざる。誰が誰の荷を見ているのか、すぐには分からなくなる。あまりにも大き過ぎるうねりよ。あなたが外にいれば、誰かに利用される。捕まる。測られる。今度こそ、私の手が届かない場所へ持っていかれるかもしれない」


「心配してくれてるの?」


「しているわ」


「利用もしたいんでしょ」


「それもあるわ」


「両方言うの、ずるいよ」


「どちらも本当だもの。隠し立てはしないわ」


 セフィリアは立ち上がらなかった。

 立ち上がれば、抱きしめることもできたはずだ。

 抱きしめられたら、ルルリアは抵抗できないかもしれない。

 だが、セフィリアはそうしない。


 ただ席に座ったまま、扉を開けている。

 戻るかどうかを、ルルリアに選ばせる形で。

 それが、一番怖かった。


「私のもとにいれば、少なくとも危険な荷から遠ざけることもできる。必要なら、あなたに触れようとする手を買うことも、折ることもできる」


「鳥籠の中なら?」


「鳥籠にも、良いところはあるわ」


 セフィリアは静かに言った。


「雨を避けられ、飢えず、敵が近づけない。穏やかに過ごせるわ」


 ルルリアの胸が、ずきりと痛んだ。

 

 差し出された蜂蜜入りの茶。

 あの時、鳥籠は確かに救いだった。

 ルルリアは拳を握った。

 指先が震えている。


 その時、隣にルミナリスが立った。

 何も言わない。

 ただ、隣に立つ。


 ルルリアの視界の端に、青く輝く銀髪と静かな横顔が入った。


 ルミィは、帰ろうとも言わない。

 戦えとも言わない。

 ただ、そこにいる。


 その後ろで、オルクスが静かに立っている。


「お主の思うままじゃ。生き様を決めるのはお主じゃ」


 言葉をかけたその姿は、剣には手をかけていない。

 いつでも届く位置にいて、見守っている。

 セフィリアの鳥籠とは違う。

 守られているのに、自ら、選んでいいのだと思える。

 ルルリアは、ゆっくり息を吸った。


「セフィリア」


 昔の呼び方ではない、名前だけ。

 セフィリアの目が、わずかに揺れた。


「私は戻らない」


 声は震えていた。

 だが、心は折れなかった。


「あなたに拾ってもらった。助けてもらった。生き方も、笑い方も、逃げ方も、嘘のつき方も教えてもらった。蜂蜜入りのお茶の味だって、忘れてない。本当にありがとう。感謝してる」


 ルルリアは、自分の胸に手を当てた。

 そこにはもう、隠れ鬼はいない。


「でも、戻らない」


 セフィリアは黙っている。


「あなたの鳥籠には、屋根がある。餌もある。寒くない。雨にも濡れない。たぶん、外よりずっと安全」


 ルルリアは、小さく笑った。


「でも、そこにいると、私は自分の足でどこへ行くか決められなくなる」


「決めさせるわ」


「嘘」


 即答だった。

 セフィリアは微笑んだまま、何も言わない。


「あなたは決めさせる形を作る。選ばせる。逃げ道も残す。でも、最後にはあなたの帳簿に載る道を選ばせる」


 ルルリアは、視線を逸らさなかった。


「私はもう、そこには戻らない。戻れないの」


 長い沈黙が落ちた。

 セフィリアは、白磁の茶器へ視線を落とした。


「……そう」


 声は静かだったが、ほんの少しかすれていた。


「残念だわ」


「うん」


「とても、残念。あなたはお気に入りなのよ」


「知ってる」


「あなたも?」


「うん」


 ルルリアは唇を噛みそうになり、こらえた。


「私も、少し残念」


 セフィリアの目が、初めてはっきりと揺れた。

 それを見て、ルルリアの胸も痛んだ。


 嫌いになりきれない。憎めない。

 だから、つらい。

 でも、だからこそ戻らない。


「商談しよう。セフィリア」


 ルルリアは言った。

 空気が変わった。

 セフィリアがゆっくり顔を上げる。


「商談?」


「うん。私はあなたの小鳥にはならない。でも、客にはなる」


次回、ルルリアの商談を描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも面白く読んでもらえたら、嬉しいです。

また是非ご一読ください。

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