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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第19章

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金枝の鳥籠Ⅹ ~小鳥の行く先

「ルルリア。近いうちに、この町も含めて、少し騒がしくなるわ」


 声が、わずかに低く告げている。

 ルルリアの背筋に、冷たいものが走る。

 セフィリアの目は優しい。

 だが、その優しさの下に、計算された帳簿が見え隠れしている。


~本文より

 白磁の茶器から立ち上る香りは、昔と少しも変わらないように思えた。

 蜂蜜は入っていない。

 それなのに、甘い記憶だけが勝手に喉の奥へ広がっていく。

 セフィリアは、それを分かっている顔で微笑んでいた。


「立ったままなの?」


「逃げやすいからね」


「逃げるつもりなの?」


「話の内容次第かな」


「昔より、ずいぶん正直になったのね」


「昔は、正直にすると怒られたから」


「あら。私は怒ったことがないでしょう?」


「怒らない人の方が怖いって、あなたから教わったんだよ」


 セフィリアは、ほんの少しだけ目を細めた。

 懐かしむような、痛むような、それでいてどこか満足げな目だった。


「よく覚えているわ」


「覚えてるよ。嫌になるくらい」


 ルルリアは笑った。

 笑ったつもりだったが、実際にどう見えているかは分からない。

 手のひらは汗ばんでいる。

 膝の内側がわずかに強張っている。


 逃げ出したい。

 そう思う自分がいる。

 戻りたい、と思う自分も、ほんの少しだけいる。


 セフィリアの近くは怖いが、同時に守られているようにも感じた。

 指示に従い、笑い方を選び、言われた通りに動いていれば、少なくとも飢えることはなかった。寒い雨の下で眠ることもなかった。

 そして、優しくされることがとても嬉しかった。


 鳥籠は、檻であると同時に、飢えることの無い住処でもあったのだ。

 だから、厄介だった。

 セフィリアは杯を持ち上げ、茶をひと口含んだ。


「ルルリア。近いうちに、この町も含めて、少し騒がしくなるわ」


 声が、わずかに低く告げている。

 ルルリアの背筋に、冷たいものが走る。

 セフィリアの目は優しい。

 だが、その優しさの下に、計算された帳簿が見え隠れしている。


「荷が動く。人も動く。獣人たちも、王国の生き残りたちも、帝国も、それぞれ自分の欲しいものへ手を伸ばす。そうなれば、誰が誰を助け、誰が誰を売ったのか、少し分かりにくくなる」


「混乱が起きるってこと?」


「混乱は、起きるものではないわ」


 セフィリアは静かに言った。


「起こす者がいるの」


 ルルリアは黙った。

 その言い方は、警告であり、同時に、誘導でもある。


 怖いでしょう。

 危ないでしょう。

 言葉にされていない声が、ルルリアの耳に届く。


「誰が起こすの?」


「誰かしら」


「セフィリア。教えてよ」


「あなたなら、もう少し読めるでしょう。教えたはずよ、ルルリア」


 セフィリアは、優しく微笑んだ。


「荷を読む目。人の歩き方を見る目。逃げ道を探す癖。全部、あなたに教えたもの」


 ルルリアは唇を噛みかけ、すぐにやめた。

 噛むな。癖を持つな。

 弱みを見せる時は、見せる意味を決めてから。

 そんな声が、記憶の奥から聞こえる。

 セフィリアの声だ。


 ルルリアは、内心で苦笑した。


 嫌だなあ。

 まだ残ってる。


「帝国が絡んでるの?」


 ルルリアが尋ねる。

 セフィリアはすぐには答えなかった。

 白磁の茶器を指先で撫でる。

 その仕草は優雅だったが、沈黙そのものが答えだった。


「帝国はいつでもどこでも絡んでいるわ」


「そういう言い方、嫌い」


「便利でしょう?」


「便利すぎて、何も言ってないのと同じ」


「何も言えないこともあるのよ」


 セフィリアは静かに言った。


「名前を出せば、それだけで値段が変わる相手がいる。顔を見たと言えば、見た者ごと帳簿から消える相手もいる。商売とは、時に相手の名を知らないふりをすることで成り立つものもある。お客様次第でしょ?」


 ルルリアの表情がわずかに硬くなった。


「つまり、名前を出せない相手がいる」


「そうね」


「帝国の表の軍じゃない」


「軍は、旗を立てるものよ」


「じゃあ、旗を立てない相手」


 セフィリアは答えなかった。

 だが、その沈黙は、肯定よりも重かった。

 オルクスの気配が、背後でわずかに鋭くなる。


「表に出ぬ帝国の目、ということか」


「老剣士様は、言葉が鋭いわね」


「答えになっておらぬ」


「答えないことが、答えになる時もありますわ。英雄様」


 セフィリアは微笑む。

 オルクスは目を細めたが、それ以上は追及しなかった。

 ルミナリスは静かにセフィリアを見ていた。


「その方々は、何を見ているのですか」


「さあ?」


 セフィリアは首を傾げる。


「荷かもしれない。商路かもしれない。獣人たちの動きかもしれない。王国の生き残りかもしれない。あるいは、そのすべてかもしれない」


「あたしたち、ルミィもおじちゃんも、イグニス様も、ですか?」


 ルルリアが先に聞いた。


 セフィリアの目が、わずかに細くなる。


「可能性はあるわ」


「可能性?」


「あなたたちは目立ちすぎるもの。潮牙商会の船で白い霧の向こうから戻り、原初の焔を伴い、星の道具を持っている。普通の商人なら、見なかったことにはできない」


「普通じゃない商人なら?」


「もっとよく見るでしょうね」


 イグニスが低く燃えた。


「見すぎる目は、焼けばいい」


「目は沢山ございます。イグニス様。神に近しい御身でも目を焼き尽くすことは難しいかかと」


「敵の首魁をまとめて灰にすりゃあ、苦労ごと消えるだろ?」


「原初の焔らしいご意見ですね」


「茶化すな。燃やすぞ」


「はい。怖いので、気を付けます」


「嘘をつけ」


 セフィリアは微笑んだ。

 ルルリアは、セフィリアの視線を遮るように半歩動いた。


「ルミィを帳簿に載せないで」


「もう影は落ちているわ。私以外の帳簿にも」


 返答は早かった。

 ルルリアの顔から、笑みが消えた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

次回、2人の商談を描きます。


また是非ご一読ください。

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