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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第19章

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金枝の鳥籠Ⅵ ~ 奮い立て、心

扉の向こうから、柔らかな女の声がした。


「バルカ様。ご照会の部品について、セフィリア様より返答をお預かりしております」


 ルルリアの全身が強張った。

 声は知らない女のものだった。

 だが、その言い回しはよく知っている。


 丁寧で、柔らかく、逃げ道を塞ぐ声。


~本文より

「……ご高説ありがと。で、アンタの代金はいくら?」


 ルルリアが冷たく突っ込んだ。

 バルカはにやりと凄んだ。


「龍の血を一滴。それと、火喰い玉石に原初の焔を一瞬だけ噛ませろ」


 イグニスの焔が、ぴたりと止まった。

 工房の火が、一斉に身を低くする。


「煤まみれ」


 イグニスの声が低くなる。


「俺の焔を削る気なら、灰にするぞ」


「削らねえ」


 バルカは即答した。


「欠片を奪う気もねえ。火喰い玉石に、一瞬だけ性質を噛ませる。それでいい」


「俺の火を道具に閉じ込めるつもりか」


「閉じ込めねえ。火喰い玉石は火を喰うが、あれは腹に火の味を覚えるだけだ」


 バルカの片目が、炉の赤を映す。


「原初の焔を一瞬でも噛んだ石なら、炉の要に据えれば何でも打てる。装具に火の命令を刻まなくても、焔が従い、呪いくらい焼き尽くす焔の通り道を作る。それで俺は名工確定だ」


 イグニスはしばらく黙った。

 小さな焔が、ゆらりと揺れる。


「身の程は知っているようだな」


「焔の扱いを知らない阿呆は、鍛冶場で長生きできない」


「それを分かっていて俺に頼むか」


「頼むんじゃねえ。代金として提示してる」


「同じだ」


「違う。頼みなら頭を下げる。代金なら対価を出す」


 イグニスの焔が、少しだけ大きくなった。


「面白いことを言う、大地の小僧」


「小僧じゃないぞ。じじいだ」


「俺から見れば、お前は生まれたてだ」


 ルルリアは小声でルミナリスに囁いた。


「火と鍛冶師の会話、やっぱり面倒くさいね」


「はい。ですが、少し分かる気もします」


「ルミィ、すごいね。私は全然分かんない」


 バルカはルルリアへ視線を戻した。


「龍の血一滴。火喰い玉石への焔の一噛み。それで精魂込めて作ってやる。鍛冶王には及ばないが、その辺のドワーフより腕は確かだ」


「その辺のドワーフより、って自分で言うんだ」


「本当のことだ」


「国には戻らないくせに?」


 ルルリアが言うと、バルカの目が少しだけ冷えた。

 炉の音が、低くなる。


「ああ、戻らん」


 短い言葉だった。


「ドワーフの国は帝国の技術に傾きすぎた。帝国はドワーフの技を欲しがり、ドワーフは帝国の魔導機械をありがたがる。人間種以外の国でありながら、帝国から最恵国として遇されている。そのこと自体を否定する気はねえ」


 バルカは、煤に汚れた指で金床を叩いた。


「だが俺には合わん。道具が人を喰う鍛冶は、くそだ」


 ルルリアは、その言葉を聞いて、少しだけ表情を変えた。


「……そっか」


「同情はいらん」


「してないよ」


「ならいい」


 バルカは図面を丸め、作業台に放った。


「素材を持ってこい。ゴルデンオストと話をつけてこい。話がついたら、夜通し炉を開けてやる」


「話がつかなかったら?」


「二十日待て。潮牙商会に頼め」


「待てないんだってば」


「なら、鳥籠に手を突っ込め」


 バルカは鋭く笑った。


「ただし、噛まれる覚悟はしろ」


 ルルリアは腰の巻貝に触れ、深く息を吸った。


 金枝の小鳥。

 鳥籠の紋。

 蜂蜜色の髪の女。


 怖い。


 それでも、もう戻らないと決めた。


「分かった」


 ルルリアは言った。


「鳥籠に手を突っ込んでくる」


 イグニスが低く笑った。


「噛まれたら全部灰にしてやる」


「焼かないで。交渉だから」


「なら、俺が脅してやろうか」


「それも交渉じゃないから」


 オルクスが静かに言った。


「共に行こう」


 ルミナリスも頷く。


「はい。ルルリアを一人にはしません」


 ルルリアは、少しだけ目を細めた。


「……ありがと」


 それから、わざと軽く笑った。


「じゃあ行こっか。蜂蜜入りのお茶を出されたら、誰か止めてね。ちょっとだけ、揺れるかもしれないから」


 バルカが指を鳴らす。


「茶を飲むなら、契約書には触るな。うまい話には、必ず値札が裏についている」


「職人なのに、ずいぶん商人に詳しいね」


「商人に部品を握られてる職人は、詳しくならざるを得ねえんだよ」


 その時、工房の入口近くに吊るされた小さな鈴が、ちり、と鳴った。

 誰も触れていない。

 バルカの顔が険しくなる。


「……客だ」


 扉の向こうから、柔らかな女の声がした。


「バルカ様。ご照会の部品について、セフィリア様より返答をお預かりしております」


 ルルリアの全身が強張った。

 声は知らない女のものだった。

 だが、その言い回しはよく知っている。


 丁寧で、柔らかく、逃げ道を塞ぐ声。

 セフィリアの手筋の声。

 扉の向こうの女は、さらに穏やかに告げた。


「ルルリア様もご一緒であるなら、ぜひお茶を、と」


 工房の熱の中で、ルルリアの顔だけが冷えていく。

 ルミナリスは、歩み寄り隣へ立った。


「行く必要はありません」


「ううん」


 ルルリアは首を横に振った。

 声は震えていたが、目は扉を見ていた。


「行くよ、ルミィ」


「なぜです?」


「部品がいる。情報もいる。それに……」


 ルルリアは、自分の胸元に軽く触れた。

 鳥籠の中から覗く妖霊は消えた。

 今度は自分の目で直に見て尋ねる番だ。


「逃げたら、また鳥籠の中から見られるだけだから」


 オルクスが静かに頷いた。


「ならば、共に行こう」


「うん。お願い、おじいちゃん」


 ルルリアのその声にはいつもの軽さはなく、確かな覚悟が混じっていた。

 イグニスが、ルミナリスの肩近くで低く燃える。


「俺様の下僕をビビらせるとは——燃やしつくして——」


「下僕じゃないし、燃やしちゃダメ」


「今は、だな」


「だから、今はって言わないで」


 鉄扉が、重く開いた。


 外には、蜜色の布を肩にかけた若い女が立っていた。

 襟元には、鳥籠の中の小鳥。

 その女は深く一礼し、柔らかく微笑んだ。


「お久しぶりでございます、ルルリア様」


 ルルリアは息を呑んだ。

 女は続けた。


「セフィリア様が、お待ちです」


 岩の奥で、炉の火が大きく爆ぜた。

 金属の火花が、赤い鳥のように宙へ散る。

 ルルリアは一度だけ目を閉じ、そして開いた。


「……相変わらず、餌を置くのが早いね」


 その声は、もう震えていなかった。


「じゃあ、行こっか。鳥籠の中身を、ちょっと見にさ」


次回、ルルリアが自分の気持ちを量る場面を描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非ご一読ください。

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