金枝の鳥籠Ⅵ ~ 奮い立て、心
扉の向こうから、柔らかな女の声がした。
「バルカ様。ご照会の部品について、セフィリア様より返答をお預かりしております」
ルルリアの全身が強張った。
声は知らない女のものだった。
だが、その言い回しはよく知っている。
丁寧で、柔らかく、逃げ道を塞ぐ声。
~本文より
「……ご高説ありがと。で、アンタの代金はいくら?」
ルルリアが冷たく突っ込んだ。
バルカはにやりと凄んだ。
「龍の血を一滴。それと、火喰い玉石に原初の焔を一瞬だけ噛ませろ」
イグニスの焔が、ぴたりと止まった。
工房の火が、一斉に身を低くする。
「煤まみれ」
イグニスの声が低くなる。
「俺の焔を削る気なら、灰にするぞ」
「削らねえ」
バルカは即答した。
「欠片を奪う気もねえ。火喰い玉石に、一瞬だけ性質を噛ませる。それでいい」
「俺の火を道具に閉じ込めるつもりか」
「閉じ込めねえ。火喰い玉石は火を喰うが、あれは腹に火の味を覚えるだけだ」
バルカの片目が、炉の赤を映す。
「原初の焔を一瞬でも噛んだ石なら、炉の要に据えれば何でも打てる。装具に火の命令を刻まなくても、焔が従い、呪いくらい焼き尽くす焔の通り道を作る。それで俺は名工確定だ」
イグニスはしばらく黙った。
小さな焔が、ゆらりと揺れる。
「身の程は知っているようだな」
「焔の扱いを知らない阿呆は、鍛冶場で長生きできない」
「それを分かっていて俺に頼むか」
「頼むんじゃねえ。代金として提示してる」
「同じだ」
「違う。頼みなら頭を下げる。代金なら対価を出す」
イグニスの焔が、少しだけ大きくなった。
「面白いことを言う、大地の小僧」
「小僧じゃないぞ。じじいだ」
「俺から見れば、お前は生まれたてだ」
ルルリアは小声でルミナリスに囁いた。
「火と鍛冶師の会話、やっぱり面倒くさいね」
「はい。ですが、少し分かる気もします」
「ルミィ、すごいね。私は全然分かんない」
バルカはルルリアへ視線を戻した。
「龍の血一滴。火喰い玉石への焔の一噛み。それで精魂込めて作ってやる。鍛冶王には及ばないが、その辺のドワーフより腕は確かだ」
「その辺のドワーフより、って自分で言うんだ」
「本当のことだ」
「国には戻らないくせに?」
ルルリアが言うと、バルカの目が少しだけ冷えた。
炉の音が、低くなる。
「ああ、戻らん」
短い言葉だった。
「ドワーフの国は帝国の技術に傾きすぎた。帝国はドワーフの技を欲しがり、ドワーフは帝国の魔導機械をありがたがる。人間種以外の国でありながら、帝国から最恵国として遇されている。そのこと自体を否定する気はねえ」
バルカは、煤に汚れた指で金床を叩いた。
「だが俺には合わん。道具が人を喰う鍛冶は、くそだ」
ルルリアは、その言葉を聞いて、少しだけ表情を変えた。
「……そっか」
「同情はいらん」
「してないよ」
「ならいい」
バルカは図面を丸め、作業台に放った。
「素材を持ってこい。ゴルデンオストと話をつけてこい。話がついたら、夜通し炉を開けてやる」
「話がつかなかったら?」
「二十日待て。潮牙商会に頼め」
「待てないんだってば」
「なら、鳥籠に手を突っ込め」
バルカは鋭く笑った。
「ただし、噛まれる覚悟はしろ」
ルルリアは腰の巻貝に触れ、深く息を吸った。
金枝の小鳥。
鳥籠の紋。
蜂蜜色の髪の女。
怖い。
それでも、もう戻らないと決めた。
「分かった」
ルルリアは言った。
「鳥籠に手を突っ込んでくる」
イグニスが低く笑った。
「噛まれたら全部灰にしてやる」
「焼かないで。交渉だから」
「なら、俺が脅してやろうか」
「それも交渉じゃないから」
オルクスが静かに言った。
「共に行こう」
ルミナリスも頷く。
「はい。ルルリアを一人にはしません」
ルルリアは、少しだけ目を細めた。
「……ありがと」
それから、わざと軽く笑った。
「じゃあ行こっか。蜂蜜入りのお茶を出されたら、誰か止めてね。ちょっとだけ、揺れるかもしれないから」
バルカが指を鳴らす。
「茶を飲むなら、契約書には触るな。うまい話には、必ず値札が裏についている」
「職人なのに、ずいぶん商人に詳しいね」
「商人に部品を握られてる職人は、詳しくならざるを得ねえんだよ」
その時、工房の入口近くに吊るされた小さな鈴が、ちり、と鳴った。
誰も触れていない。
バルカの顔が険しくなる。
「……客だ」
扉の向こうから、柔らかな女の声がした。
「バルカ様。ご照会の部品について、セフィリア様より返答をお預かりしております」
ルルリアの全身が強張った。
声は知らない女のものだった。
だが、その言い回しはよく知っている。
丁寧で、柔らかく、逃げ道を塞ぐ声。
セフィリアの手筋の声。
扉の向こうの女は、さらに穏やかに告げた。
「ルルリア様もご一緒であるなら、ぜひお茶を、と」
工房の熱の中で、ルルリアの顔だけが冷えていく。
ルミナリスは、歩み寄り隣へ立った。
「行く必要はありません」
「ううん」
ルルリアは首を横に振った。
声は震えていたが、目は扉を見ていた。
「行くよ、ルミィ」
「なぜです?」
「部品がいる。情報もいる。それに……」
ルルリアは、自分の胸元に軽く触れた。
鳥籠の中から覗く妖霊は消えた。
今度は自分の目で直に見て尋ねる番だ。
「逃げたら、また鳥籠の中から見られるだけだから」
オルクスが静かに頷いた。
「ならば、共に行こう」
「うん。お願い、おじいちゃん」
ルルリアのその声にはいつもの軽さはなく、確かな覚悟が混じっていた。
イグニスが、ルミナリスの肩近くで低く燃える。
「俺様の下僕をビビらせるとは——燃やしつくして——」
「下僕じゃないし、燃やしちゃダメ」
「今は、だな」
「だから、今はって言わないで」
鉄扉が、重く開いた。
外には、蜜色の布を肩にかけた若い女が立っていた。
襟元には、鳥籠の中の小鳥。
その女は深く一礼し、柔らかく微笑んだ。
「お久しぶりでございます、ルルリア様」
ルルリアは息を呑んだ。
女は続けた。
「セフィリア様が、お待ちです」
岩の奥で、炉の火が大きく爆ぜた。
金属の火花が、赤い鳥のように宙へ散る。
ルルリアは一度だけ目を閉じ、そして開いた。
「……相変わらず、餌を置くのが早いね」
その声は、もう震えていなかった。
「じゃあ、行こっか。鳥籠の中身を、ちょっと見にさ」
次回、ルルリアが自分の気持ちを量る場面を描きます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
また是非ご一読ください。




