金枝の鳥籠Ⅴ ~鍛冶師と商人の応酬
バルカは構わず、ルルリアの肩、腰、膝、足首へと視線を走らせた。
使い手がどこで死ぬかを読む、鍛冶師の目だった。
「腕力なし。重装不可。魔力量は大したことねえ。目と耳は少し使える。足も悪くない。腰の運びは諜報か斥候寄り。前衛用の機甲をつけたら死ぬ。重い防具をつけても死ぬ。火力を持たせたら撃つ前に奪われて死ぬ」
~本文より
「いい顔だ。そういう顔をする奴には、まだ作ってやれる」
鍛冶師は、殺気を叩きつけてきた相手を前にしても、まるで動じていなかった。
ルルリアは息を整え、胸の奥で跳ねる感情を噛み殺して尋ねる。
「何を作ってくれるの?」
「死なないための、死なせないための道具だ」
工房の炉が、低く唸った。
バルカは顎で椅子を示した。
「座れ。立ち方が悪い」
「立ち方?」
「逃げる立ち方だ。だが、逃げ足にしては踏み込みが浅い。前に出る気はない。だが後ろに下がりきる気もない。中途半端だ」
ルルリアの表情が止まった。
バルカは構わず、ルルリアの肩、腰、膝、足首へと視線を走らせた。
使い手がどこで死ぬかを読む、鍛冶師の目だった。
「腕力なし。重装不可。魔力量は大したことねえ。目と耳は少し使える。足も悪くない。腰の運びは諜報か斥候寄り。前衛用の機甲をつけたら死ぬ。重い防具をつけても死ぬ。火力を持たせたら撃つ前に奪われて死ぬ」
「ちょっと、初対面の女の子に死ぬ死ぬ言いすぎじゃない?」
「事実だ」
「事実でも言い方ってものがあるでしょ」
「見栄で身を飾る奴は、死体を増やす。ついでに、その間に合わせの籠手も調整が要るな」
バルカは、そこで初めて少しだけ声を低くした。
「道具ってのはな、使い手が持ってる形を、殺さず伸ばすもんだ。使いこなせないと意味がない。お前の籠手は、お前専用に作られている。大慌てで拵えた割にはよくできている」
ルルリアは、思わず黙った。
「お前は前に立つ形でも、後ろで守る形でもない。半端者だ」
バルカは煤に汚れた指で金床を叩く。
「だが、半端ってのは悪口じゃねえ」
「……え?」
「隙間に入れるってことだ。前衛が届かねえ場所、後衛が間に合わねえ場所。刃と刃の間、荷と荷の隙間、人の目と目の死角。そこに滑り込める形をしている」
炉が赤く唸る。
「お前に要るのは、殴る腕でも、ただ逃げる足でもない」
バルカはルルリアを見据えた。
「あと一歩ってところで手が届く。刃の下を掻い潜り、必要なものだけかっさらう。そういう装備だな」
ルルリアの喉が、小さく動いた。
胸の奥で、風が吹き抜けるような感覚がした。
「……それ、作れるの?」
声は、自分で思うより小さかった。
「素材と報酬次第だ」
バルカは即答した。
「その龍の血は使える。だが血だけじゃ足りねえ。血を鍛える火もいる。それを燃やす炉と、形になる素材もな」
「何がいるの?」
「軽い骨。滑る関節。魔力を食いすぎない制御輪。芯材になる魔鉄鋼。あと、火を受ける石だ」
バルカは作業台の上にあった煤けた板へ、黒い指で図を描き始めた。
「軽い骨には、海鳥型の偵察機甲に使う中空魔導骨。滑る関節には、耐塩性の銀青鋼。制御輪には、帝国規格の微細魔導環。魔鉄鋼は純度の高い混じり物なし。火喰い玉石は傷のないやつが百は要る」
「全部、面倒そうな名前だね」
「実際、面倒だ」
「で、ここにあるの?」
「あるわけねえ。面倒な素材ってのは、だいたい希少だから面倒なんだ」
「ないんかい」
ルルリアが思わず突っ込んだ。
バルカは平然としている。
「俺の工房にはないだけだ。この町にはある」
「どこに?」
ルルリアが尋ねた瞬間、バルカは薄く笑った。
「ゴルデンオストの倉庫だ」
ルルリアは黙った。
胸の奥に、古い冷えが戻ってくる。
金枝の小鳥。鳥籠の紋。
帳簿筋の古巣の荷札。
そして、蜂蜜色の髪と優しい指先。
「……やっぱり、そうなるんだ」
ルルリアは小さく言った。
バルカは図を指で叩く。
「この町でまともな部品を集めようと思えば、必ずあそこを通る。正規品も、横流し品も、盗品も、買い戻し品も、だいたい一度は金枝の小鳥の巣に入る」
「その中でも、鳥籠の方?」
ルルリアが問う。
バルカの目が、少しだけ動いた。
「知ってるのか」
ルルリアは乾いた笑みを浮かべた。
「元従業員よ」
「なら話が早い。頼んでこい」
「頼んで済む相手なら、こんな顔してないよ」
「だろうな。辞めたのに息をしているなら、珍しい部類だ」
「知ってて言ったのね。最悪」
「商人よりはましだ」
その言葉に、ルルリアは返さなかった。
工房の外から、遠く市場の喧騒が聞こえる。
荷車の音。商人の声。獣人の低い唸り声。
そして、この町のどこかで、ゴルデンオストの帳簿がめくられている。
ルミナリスが静かに尋ねた。
「部品を別口で手に入れることはできませんか」
「できる」
バルカは即答した。
「例えば、潮牙商会に頼めば、高くつくし時間もかかる。早くて二十日。運が悪けりゃ二か月だ。お前たちにそんな暇はねえ顔だ」
ルミナリスは黙った。
精霊の庭へ向かわなければならない。
星の羅針盤は、その道を示し始めている。
ルルリアはそれを横目で見て、革袋を握り直した。
ここで引き返したら、自分はまた、後ろで見ているだけになる。
帰る場所を守ると決めたのに、その帰る場所まで届かないままになる。
「分かったよ……交渉してみる。多分、命までは取られないから」
ルルリアはため息ひとつで、どうにか自分を立て直した。
「それで……代金はいくら? 見ての通り羽振りがいいから、あんまり払えないよ」
イグニスが火花を散らしながら、文句を言う。
「俺様が一緒にいるんだ。けちくせぇこと言ってんじゃねえ」
オルクスが口を開いた。
「ないものはない。しょうがなかろう」
バルカが鼻で嗤った。
「お前ら。伝説神話級なのに、間抜けぞろいだな」
「失礼だなあ」
「妙な気配の魔法使いの杖の飾り金。エルフじじいの剣の鞘についている宝玉。どれをとっても、買い取る金を工面する側が顔をしかめるような品だ。龍の血なんざ、一滴で他の工房なら商品すべてと交換しても釣りがくる」
バルカは椅子にどっかと腰を下ろした。
「他の場所じゃ駄目でも、この町では売り買いできる。そういうところだ」
次回、ルルリアとゴルデンオストを描きます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
また是非ご一読ください。




