金枝の鳥籠Ⅳ ~流れを読む鍛冶師
「龍の血だろう」
工房の熱が、一瞬だけ重くなった。
ルルリアは敢えて笑った。
困ったときは図星をさされてはならない。取り繕え。
蜂蜜色の髪の女性から、叩き込まれたこと。
「へえ。分かるんだ」
「匂いが違う。魔力の粘りも違う。海竜か、古い龍の血だな。腐ってねえ。保存も悪くない」
~本文より
低い男の声だった。
ルルリアの手が空中で止まる。
「……まだ叩いてないんだけど」
「叩こうとしただろうが。癖で分かる」
「なにそれ怖い。やっぱり火花おっちゃんじゃん」
ガチャリと内側から鍵をかけられドアが完全に締め切られた、
扉の奥で、金属が床に落ちる音がする。
「帰れ」
「まだ依頼も言ってないよ!」
「潮牙の紹介だろ」
「それも分かるの?」
「この町で、あんな足音を連れてくる奴は限られてる。ろくでもねえ奴らだ」
「でも、気持ちのいい奴らよ。あんたを紹介したのもカルサだし、話きいて」
「ちっ、しょうがない。奴にはまだ借りがあるしな。入れ」
ぎい、と鉄扉が内側へ開くと、熱が噴き出した。
工房の中は、岩の内側に作られた小さな火山のようだった。
壁のあちこちに魔導炉が埋め込まれ、赤い光を吐いている。天井から吊られた鎖には、義手、脚部装甲、魔導機甲の骨格、獣人用の巨大な肩当て、小型の翼状装具までぶら下がっていた。
その中央に、男がいた。
背は高くない。
岩そのものを削って人の形にしたような厚みがある。
肩は広く、腕は太く、皮膚には炉の熱と鉱石の粉が長年染み込んだような灰褐色の艶があった。
人間種ではない、ドワーフ族。
大地の申し子とも呼ばれる、土と金属に近い種族。
その中でもバルカ・レムノスは、古い土精霊たちと関わりを持つ、変わり種の鍛冶師だった。
片目には拡大鏡のついた魔導具。
右腕の肘から先は、黒い魔導機甲になっている。
指先は鋏にも鉤にも槌にも変形する流れ出す金属をもちいら、職人のための異形の腕だった。
作業台の端には、琥珀色の酒が入った小瓶が置かれていた。
封は開いている。だが、杯はない。
ルルリアはそれを見て、眉を上げた。
「どうやって、飲むの? まさか瓶ごと?」
「酒は飲まん。手元が狂う」
「じゃあ、なんで置いてるの?」
「香りを嗅ぐ」
「え、なにその趣味」
「強い酒の匂いは炉の火を落ち着かせる。俺も落ち着く」
「飲まない酒を置いてる鍛冶師、初めて見た」
「飲むためだけに酒があると思ってる奴は、舌しか使ってねえ」
「うわ、偏屈だ」
「うるさい」
ぶっきらぼうな返事とは裏腹に、どうやら受け答えが気に入ったらしい。
手にしていた槌を重そうな音と共に床に置くと、バルカは煤だらけの手を前掛けで拭って向き直った。
「バルカ・レムノスだ」
男は自分を親指で指した。
「俺は名乗ったぞ。そっちは?」
「ルルリア。こっちはルミィと、エルフ族のおじいちゃんと、あと燃える問題児」
「燃やすぞ、小娘」
イグニスが即座に返した。
バルカの片目が、イグニスで止まった。
止まったまま、しばらく動かなかった。
瞬きもせずにイグニスをのぞき込んでいる。
「……こ、この焔の揺らめきと流れは……まさか……原初の焔か。本当に存在していたのか……その流れ……なんてこった」
「俺が分かるのか? 煤まみれ」
「……焔が分からなきゃ、この仕事はしない。そもそも俺は土精霊の変わり者好きだ」
バルカは、ほんの少しだけ表情を険しくした。
そこにあったのは恐怖ではなく、途方もない職人の本能だった。
「なあ、燃やせないものも、溶かせないものもないってのは本当か?」
「俺を相手に何ぬかしてる。当たり前だ」
バルカはイグニスを見つめたまま、低く言う。
「一度でいい。お前の火で金属がどう鳴るか、聞いてみたい。少しくれないか?」
「身の程を知れ、大地の小僧。お前の炉じゃ俺の火は飼えん。いつぞや巨人の鍛冶王に焔を貸したことがあるが、槌を折って、炉も溶けたぞ」
「巨人の鍛冶王……フェルグラム王か……そうか。偉大なる鍛冶王が——」
そのやり取りに、ルルリアは小声でルミナリスに囁いた。
「火狂い同士の会話、めんどくさいね」
「はい。少し難しいです」
バルカの視線が、次にルミナリスへ移る。
その片目が細くなった。
「妙な娘だな」
オルクスの気配が、わずかに鋭くなる。
「何が妙だ」
「魔力の流れだ。普通の人間種とも、エルフとも、獣人とも違う。精霊憑きとも違う。だが、壊れているわけでもない。入り乱れてる」
バルカは煤に汚れた指で、自分のこめかみを叩いた。
「鍛冶師には気持ちが悪い。炉に入れた金属の正体が、叩くまで分からねえ時と似てる」
「私は、私です」
ルミナリスは静かに答えた。
「それ以上でも、それ以下でもありません」
バルカはしばらくルミナリスを見ていた。
「お前みたいな客は往々にして問題を起こす。平たく言えば面倒だ」
「よく言われます」
「自覚があるなら上等だな」
そして最後に、バルカの目がルルリアの胸元で止まった。
龍の血を入れた革袋。
鼻が膨らみ、鼻息が荒くなる。
「おい女っ、その袋、見せろ。今すぐにだ」
ルルリアは即座に袋を抱き締めた。
「やだよ」
「中身を見せろっ」
「初対面でそれはないでしょ。せめてお茶くらい出してからにして」
「茶などない。炉の蒸気ならある。あとは水だ」
バルカは舌打ちした。
「龍の血だろう」
工房の熱が、一瞬だけ重くなった。
ルルリアは敢えて笑った。
困ったときは図星をさされてはならない。取り繕え。
蜂蜜色の髪の女性から、叩き込まれたこと。
「へえ。分かるんだ」
「匂いが違う。魔力の粘りも違う。海竜か、古い龍の血だな。腐ってねえ。保存も悪くない」
「触ってもないのに、何故そこまで?」
「ドワーフはものの流れが分かる」
「流れ?」
「金属にも、血にも、石にも、火にも流れがある。歪んだ流れは、叩く前から鳴る」
バルカは自分の黒い魔導機械の右腕を軽く鳴らした。
「俺はそれを読むのが得意だ。読めなきゃ、使い手を食う道具を作る」
「使い手を食う道具」
ルルリアは、その言葉に小さく反応した。
バルカは見逃さなかった。
「嫌な顔をしたな」
「嫌な言葉だったからね」
「そこのエルフの爺は、噂の守護剣聖様だろ? 振るい手の魂を食らう魔剣を持ったお高く留まった剣士様。それが気になるのか?」
ルルリアが拳に力を籠める。右手のテンフラウが小さな雷を放ち始めた。
「大事な仲間を馬鹿にするやつを許しておくほど、器は大きくないよ」
ルルリアは、低くドスの利いた声で、殺気を放ち叩きつける。
バルカは、笑ってルルリアを見た。
次回、鍛冶師の依頼を描きます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
また是非ご一読ください。




