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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第19章

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金枝の鳥籠Ⅲ ~戸惑いのルルリア

看板らしきものはない。

 ただ、扉の中央に炭で乱暴な文字が書かれていた。


 用のない奴は帰れ。

 金のない奴も帰れ。

 つまらん依頼の奴はくたばれ。


~本文より

 

 鉄を叩く音が、町の奥から響いていた。

 かん、かん、かん、という軽い音ではない。

 岩の骨を砕くような、重く、荒い音だった。


 アステル・リーフの道は、進むほどに狭く、湿っぽくなっていく。

 上の通りには商館や宿が並び、港に近い場所には帳簿係と荷運びがいた。だが奥へ入るほど、町は職人の腹の中へ潜っていくようだった。


 壁には錆びた歯車。軒先には外された義手。

 魚油の煙と、焼けた魔導線の匂い。

 足元の石畳には、黒い油が染みついている。


 ルルリアは、胸元に抱えた革袋をそっと押さえた。

 中には龍の血がある。

 カルサから渡された時は、重いと思った。

 ただ、存在が重いのだ。


 潮喰みに宿っていた海の精霊。

 龍の血で魂を濁らされ、船の心臓として縛られていた、あの巨大な魚の姿が脳裏にちらついている。

 力は、便利なものではない。扱う者を選ぶ。

 そう言ったイグニスの声が、耳の奥に残っていた。


「……怖いなあ」


 ルルリアは、小さく呟いた。

 すぐ隣を歩くルミナリスが顔を向ける。


「ルルリア?」


「あ、ごめん。声に出てた?」


「はい」


「うわあ、恥ずかしい。今のなしで」


「怖いのですね」


「そこ、確認しないでほしかったなあ」


 ルルリアは苦笑した。

 ルミナリスは、まっすぐにこちらを見る。

 この子は、こういう時に逃げ道を塞ぐ。責めるためではない。

 ただ、こちらが嘘で自分を誤魔化す前に、そっと本当の言葉を置いてくる。


 嫌ではないのだが、時々痛い。


「うん、怖いよ」


 ルルリアは正直に言った。


「龍の血も怖いし、ゴルデンオストも怖いし、古巣の影が見えたのも怖い。あと、火花をまき散らしている鍛冶屋のおっちゃんが、本当に原初さんみたいな、火花のおっちゃんっぽかったら、それもちょっと怖い」


「最後の方には、まだ会っていません」


「会う前から分かることってあるじゃん」


 ルミナリスが少し首を傾げる。

 オルクスが後ろから静かに言った。


「偏見とも言うがな」


「おじいちゃん、急に正論で刺さないで」


 ルルリアは肩をすくめる。

 その肩の近くを、イグニスがふわりと横切った。小さな焔は、町の湿った空気がよほど気に入らないらしく、ずっと不機嫌に燃えている。


「火花ごときで怖がるな、小娘」


「イグニス神話基準で言われても困るよ。あなたが数えるの、神様とか悪魔とかいろいろでしょ?」


「燃えやすくて薄っぺらな奴らを、神とか悪魔とか怖がることが間違ってんだ」


「うん、その発想がもう原初」


 イグニスはふん、と炎を尖らせた。


「だが、用心するのは悪くない。忘れた奴から、色々に呑まれる」


 ルルリアは少しだけ目を見開いた。


「……それ、ちゃんと助言?」


「そう聞こえたなら、ありがたく受け取れ」


「分かった。ありがたく受け取っとく」


 言いながら、ルルリアは自分の胸元に触れた。


 かつて、知らぬ間に体内へ仕込まれていた監視の妖霊。

 宿主の魂を少しずつ削り、最後には宿主自身を同じ隠れ鬼へ変えてしまう、陰湿な呪い。

 それは、ルミナリスとオルクスによって解かれ、消滅した。


 あの時、ルルリアは初めて知った。

 自分がどれほど深く、ゴルデンオストの鳥籠に閉じ込められていたのかを。


 そして、あの時からだった。

 胸に秘めた問いが生まれたのは——。


 あなたは私に何を望んだのか。何を思って私を育てたのか?


 今、自分の中には別の呪いがある。

 でも、魂の内側からこちらを覗く妖霊は消えている。


 ルミナリスとオルクス。

 アルゲントルム魔法人の変わった少女と、伝説のエルフの大剣士は何も求めない。己の為すことに責任を持てと、言葉ではなく行動で嫌と言うほど見せつけてくる。


 だから、あたしは—— 逃げるためではなく、この二人の隣に立つために力が欲しい。


 行きかう人々の値踏みをするかのような、投げかけられる目線、

 ギシギシ音を立てる荷車の陰から覗く殺意。


 気付いてしまうし、見えてしまう。

 この、胸の奥が冷える感覚。

 自分の歩き方、自分の言葉、自分の笑い方まで、誰かの帳簿に記録されているような感覚。

 古巣の荷札を見ただけで、それは戻ってくる。


「ルルリア」


 オルクスが静かに呼んだ。


「うん?」


「足が止まりかけておる」


「あ、ほんとだ」


 ルルリアはわざと軽く笑った。


「やだなあ。私、意外と繊細なんだ。そういうの見逃してくれてもいいんだよ?」


「見逃してほしいのか」


「……ううん」


 少し迷って、首を横に振る。


「見てて。たぶん、その方が戻ってこられる」


 オルクスは頷いた。


「心得た」


 はっきりとした短い言葉だった。

 だが、それで十分だ。

 ルルリアはほっとした表情で歩みを進める。


 道はさらに下へ続いた。

 岩礁の腹の中へ潜るような階段を降りる。

 壁には、古い魔導灯が青白く灯っている。灯りの周りには小さな虫が集まり、その死骸が黒い粉のように積もっていた。


 やがて、鉄扉が見えた。

 巨大な頑丈そうな扉だった。

 表面には古い船板、魔導機甲の装甲片、折れた錨、獣人用の大斧の刃が無造作に打ちつけられている。


 看板らしきものはない。

 ただ、扉の中央に炭で乱暴な文字が書かれていた。


 用のない奴は帰れ。

 金のない奴も帰れ。

 つまらん依頼の奴はくたばれ。


 ルルリアは、それを読んで真顔になった。


「うん。火花おっちゃんだ」


「まだ分からぬだろう」


 オルクスが言う。


「いや、これはもう火花おっちゃんでしょ。文字に火花散ってるもん」


「炭で書いてあるだけです」


 ルミナリスが真面目に言った。


「ルミィ、そういう正確な指摘、好きだけど今は違うんだよ」


 ルルリアは扉の前に立った。

 叩こうと手を上げる。

 その瞬間、扉の向こうから声が飛んできた。


「叩くな。響く」


次回、鍛冶師とルルリアを描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも面白く読んでもらえたなら、嬉しく思います。

ツイデニ、ブックマークなんてものも、入れてくれると更に嬉しいです。

誤字脱字の達人より。

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