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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第19章

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金枝の鳥籠Ⅱ ~ルルリアの決意

カルサは吐き捨てるように言った。


「命がいくつあっても足りやしねえ。白い冥界を越えろだの、神域に行くだの、原初の焔を船に乗せるだの、海の精霊が戻るだの。船乗りの仕事じゃねえ。神話級の迷惑だ」


「神話の迷惑って、なかなか体験できないよ?」


「褒めてねえ」


 カルサは、そこで口の端を少しだけ上げた。


「ただし、うまい飯を食って酒を飲みたいってんなら、いつでも来い。客としてなら歓迎してやる」


~本文より

 カルサは東の空を見た。


「この先に、ポルト・ゼルヴァの東にある岩礁町がある。アステル・リーフだ」


「アステル・リーフ。鉱床の街だと記憶しています」


 ルミナリスが繰り返す。


「ああ。岩にへばりついたような、鉄と潮と金の町だ。船具、魔導機甲、密輸品、傭兵の仲介。ろくでもねえものが集まる、くそだまりだが、腕のいい魔導機甲の鍛冶師がいる」


 カルサはルルリアを見た。


「お前、もう少し戦えるようになりたいんだろ」


 ルルリアは、腰の巻貝に触れながら頷いた。


「うん。前で殴り合いたいわけじゃないよ。でも、誰かが落ちそうになった時、一歩くらいは間に合いたい」


「なら、その鍛冶師を訪ねろ」


 カルサは顎をしゃくる。


「名前はバルカ・レムノス。信用はするな。利用しろ。金と素材と面白そうな依頼があれば動く。帝国にもゴルデンオストにも完全には属してねえ」


 ゴルデンオスト。

 その名を聞いた瞬間、ルルリアの指が止まった。


 ルミナリスはそれに気づいた。

 オルクスも、イグニスも。


「金臭い名だな」


 イグニスが吐き捨てる。


「嘘の臭いも混じってやがる」


 ルルリアは笑おうとした。


「うん。だいたい合ってる」


 だが、笑みは少しぎこちなかった。


 カルサはそれ以上は聞かなかった。

 ただ、サメのような鋭い目でルルリアを見た。


「港に着いたら、俺たちはここまでだ」


「うん。分かってる」


「お前たちとの仕事は二度と受けねえ」


 ルルリアが目を丸くする。


「え、そこまで?」


「そこまでだ」


 カルサは吐き捨てるように言った。


「命がいくつあっても足りやしねえ。白い冥界を越えろだの、神域に行くだの、原初の焔を船に乗せるだの、海の精霊が戻るだの。船乗りの仕事じゃねえ。神話級の迷惑だ」


「神話の迷惑って、なかなか体験できないよ?」


「褒めてねえ」


 カルサは、そこで口の端を少しだけ上げた。


「ただし、うまい飯を食って酒を飲みたいってんなら、いつでも来い。客としてなら歓迎してやる」


「ほんと?」


「ああ」


 カルサの笑みが、サメのように鋭くなる。


「鴨として、きっちりぼったくってやる」


「うわ、感動しかけた私の気持ち返して」


「返すわけねえだろ。商売だ」


 船員たちがどっと笑った。


 やがて、アステル・リーフの岩礁が見えてきた。

 黒い岩肌に、木組みの桟橋と石造りの倉庫がへばりついている。鉄を叩く音が、潮風に混じって遠くから響いていた。


 潮喰みが桟橋に横づけされる。


 ルミナリス、オルクス、ルルリア、そしてルミナリスの傍に浮くイグニスが降りる準備を始めた時、カルサがルルリアを呼んだ。


「ルルリア」


「ん?」


 カルサは懐から小さな革袋を投げた。


 ルルリアは慌てて受け取る。

 中身の重さに、目を瞬かせた。


「これ……」


「龍の血だ」


 カルサはそっけなく言った。


「もういらねえ」


「いや、いらないって、そんな軽く言うものじゃないでしょ。これ、すごいやつなんでしょ?」


「潮喰みはもう縛られた心臓じゃねえ。海の精霊も戻った。こいつを起こすための龍の血は、もういらねえんだよ」


 カルサはサメめいた目で、ルルリアを見た。


「お前が持て」


「私が?」


「後ろに引っ込んだままで満足する顔をしてねえ。だったら素材くらい持っていけ。薬にも、魔術媒介にも、魔導機甲にも使える。扱いを間違えりゃ呪いにもなるがな」


「怖いこと最後に足さないでよ」


「怖いものだと知って持て」


 カルサの声が少しだけ低くなる。


「力は、軽く持つ奴から先に底に沈む」


 ルルリアは革袋を両手で握った。


 さきほど見たばかりだった。

 龍の血で濁らされ、船の心臓に縛られていた海の精霊を。


 この血はただの素材でも力でもない。

 精霊を縛り、魂を濁らせるほどの危険なものだ。

 魔導を志す者たちが、命に代えても欲しがる宝でもある。


 ルルリアは小さく息を吸った。


「……持つよ」


 声は震えていたが、決意に溢れている。


「誰かが落ちそうになった時、一歩だけでも間に合いたいから」


 カルサは頷いた。


「なら、取られるな」


 カルサの視線が、ルルリアの腰に下がる翡翠色の巻貝へ移る。


「それと、その巻貝もだ」


「これ?」


「お前が死んだら、その巻貝は俺がもらう」


「は?」


 ルルリアが間の抜けた声を出した。

 カルサは真顔だった。


「だから、他の奴に取られるな」


「それ、死ぬなって言ってるの? それとも巻貝よこせって言ってるの?」


「両方だ」


「欲張りすぎでしょ」


「海の商人だからな」


 ルルリアは呆れたように笑った。


「じゃあ、あげない。絶対あげない。私が死んでも、幽霊になって抱えて逃げる」


「その時は網を投げる」


「最低」


「褒め言葉だ」


 ルルリアはふっと笑った。


「まあ、取られないようにはするよ」


「そうしろ」


 カルサは短く言った。

 ルミナリスは深く頭を下げた。


「カルサ様。ここまで、本当にありがとうございました」


「礼はもういい。報酬はもらった。船も戻った。これ以上関わると、今度こそ命が足りねえ」


 オルクスも静かに頭を下げた。


「世話になった」


「酒を飲みに来るなら歓迎する。安酒を高値で出してやる。むしり取るのは金だけにしといてやるよ」


「見事な商売だ」


 オルクスが珍しく笑った。


 イグニスはルミナリスの肩近くで揺れている。

 カルサはちらりとその焔を見た。


「おい、原初の焔」


「なんだ、サメ」


「そいつらを焼くな。怖ろしき災いの劫火よ」


「俺に命令するな」


「ただ、釘を刺しただけだ」


 カルサは鼻を鳴らした。


 三人と一つの焔は、桟橋へ降りた。

 背後で、潮喰みが低く鳴る。

 船の奥に宿る海の精霊が、別れを告げているような音だった。


 白い霧は、もうない。


 だがルルリアの顔は曇っていた。


 ゴルデンオスト。

 金枝の小鳥。

 蜂蜜色の髪をした、優しい商人。

 人の未来に値札をつける優しい手。

 龍の血の革袋を胸に抱き、腰の巻貝に触れた。


「……今度は、私がついて行けるように」


 潮風が吹く。

 アステル・リーフの町から、鉄を叩く音が響いていた。


 潮喰みは、癒された海の精霊を宿し、静かに波の上で揺れている。

 そしてルルリアたちは、鉄と潮と、金枝の小鳥が待つ岩礁町へと歩き出した。


次回、ルルリアが己の中身と向き合います。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも面白く読んでもらえたなら、嬉しく思います。


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