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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第16章 ずれる海、白い冥界

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Ⅵ ~波の上に還るもの

「あれは、こちら側の位相にまだいません」


 ルルリアの喉がひきつる。


「何よ、それ……」


 巻貝を握る指が白くなる。


「手の出しようがないってこと?」


~本文より

 近くの波間に、白いものが現れた。


 最初は触手のように見えた。

 輪郭の定まらぬ、ぼやけた白いひも。

 だが、それはただ漂っているのではない。波の崩れと別の拍で揺れながら、確かに潮喰みの方へ寄ってきていた。


「頭っ、やばそうなんが近づいてきます。小さいの、ぶっぱなします!」


「おう。波間すれすれにやれ!」


 乗組員のひとりが吠えた次の瞬間、その身が海獅子の姿へ変わる。

 肩に抱えた小型砲台の口が、白いものへ向いた。


「放て—— 砲!」


 カルサの号令と同時に、火焔矢が撃ち込まれる。


 焔の尾を引いた矢は、波間を正確に裂き、白いものを真芯から貫いた。

 だが。

 燃えない。散らない。

 白い輪郭は火を受けた一瞬だけ揺らぎ、次の瞬間には、かえって少しだけ形を濃くした。


 ルミナリスの百眼が、そのわずかなずれを捉える。


「火焔矢は効いていません」


 低く言った。


「あれは、こちら側の位相にまだいません」


 ルルリアの喉がひきつる。


「何よ、それ……」


 巻貝を握る指が白くなる。


「手の出しようがないってこと?」


 白いものは、焔に炙られたことで、逆に輪郭を引き寄せられたみたいだった。

 頭。肩。垂れた腕のような線。

 人の姿を真似た何かが、ぼやけた白の中から半ばだけ立ち上がる。


「頭っ、やっぱり向こう側のやつです! 浄火の矢も効きません!」


 その声を聞きつけたかのように、白いものの“顔”にあたる部分が、こちらを向いたように見えた。


 潮喰みの空気が、わずかに軋む。

 まだ、本当に寄ってきてはいない。

 皆がそう思った、その次の瞬間だった。


 船が沈んだ。

 いや、沈んだように感じた。


 波へ呑まれたのではない。船腹が砕けたのでもない。

 だが世界そのものが、いきなりひとつ下の層へ落ちたみたいに、唐突に重くなる。


 ルミナリスの足の裏から、甲板の感触が遠のいた。


 板はそこにある。綱もある。

 ルルリアも、オルクスも、カルサも、確かに見えている。

しかし、それぞれの輪郭だけが、半歩ずつ、冥い水の奥へ引かれていく。


 甲板の上の世界そのものが、ずれていた。


 潮喰みは起きている。

 潮を喰い、境を泳ぎ、海と海のあいだへ身を滑らせている。


 その代償として、船の上はもうただの甲板ではない。

 こちら側と、あちら側。

 生者の立つ板の上と、死者と狭間がよぎる層。

 その距離が、一気に縮まっているのだ。


「腹に力を入れろ! 魔力溜まりを起こせ!」


 カルサの怒声が飛ぶ。


「ここはもう、冥界と隣り合わせだ!」


「だめだ! 破魔の灯火も効かねえっ!」


 右舷側で、誰かが短く呻いた。

 ハグルだった。


 その視線の先、波の上にいたはずの白いもののさらに向こう、水面の下でも、霧の上でもない場所に、黒い影が幾つも蠢いている。


 顔のないもの。口だけが裂けているもの。

 腕の数が足りぬもの。逆に、多すぎるもの。

 恐れを姿にした化け物たち。魑魅魍魎。


 そうとしか呼びようのない、名を与える前から人の輪郭を嘲るものたちが、甲板の縁へ指をかけるように滲み出していた。


 しかも、それだけではなかった。

 海の下から—— 深みを失い、底なしの口へ変わりつつある暗がりのさらに奥で、何かがこちらを見た。


 眼だった。

 ひとつではない。

 だが幾つとも数えられない。

 夜よりも深く、海よりも古く、ただ見ているというだけで、こちらが“測られている”と分かる眼。


 ツァル・ベナイン。


 その名を口にせずとも、甲板の上にいる誰もが悟った。

 もはや気配ではない。

 明確に、こちらへ眼を向けている。


 ルルリアが声にならぬ息を漏らす。


「や……」


 巻貝を握る指が震えている。

 ルミナリスの胸元の花晶が、深く、鋭く、強く脈打つ。


 だが、それでも押し返しきれない。


 白いものたちは近い。魑魅魍魎の影が甲板の縁へ滲む。

 冥界と狭間の気配が、潮喰みの上そのものへ寄ってくる。


 オルクスがアシュラムの柄を強く握りしめた。

 剣は低く唸る。

 守りの意志を高め、境を保とうとする。

 だが、老剣聖の顔には、この海へ入ってからもっとも深い険しさが宿っていた。


「……剣の届く理の外じゃ」


 その一言で十分だった。


 オルクスですら、どうにもできない。

 白いものでも、魑魅魍魎でもない。

 甲板そのものへ近づいてきた“あちら側”の厚みと、ツァル・ベナインの眼の重さが、剣の届く理を越えているのだ。


 カルサが舵を握ったまま怒鳴る。


「形を保て! 崩れるな!」


 だが、その声すら少し遠い。


 ルミナリスは必死に花晶を掲げる。

 光が甲板を定める。

 ルルリアも巻貝を胸へ押し当て、海との縁を返そうとする。


 それでも一つ及ばない。


 白いものの一体が、ついに船縁の高さまで“寄った”。


次回、追い詰められた一行の苦闘を描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

更新が少し間空きましたが、ご容赦ください。

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