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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第13章 神の花を求めて

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神の花を求めてⅧ ~影の辻

不意に、行き止まりだったはずの石壁の向こうに、もうひとつの石畳が現れた。


 影の中から、じわじわと“思い出される”ように現れていく。

 ひび割れた街路の先に、もっと古い石の列が重なる。

 苔むし、細い根に抱かれ、月を知らぬ森の湿りを宿した石畳。

 それは人の街の道ではない。


~本文より

 オルクスの掌の上で、枝の木肌がかすかに震える。


「……来るぞ」


 低い声と同時に、路地の奥の暗がりが揺らいだ。


 風ではない。

 夜気のゆらめきでもない。

 そこにあった“行き止まり”という形そのものが、静かに曖昧になり始めていた。


 割れた壺。

 積まれた木箱。

 崩れた石壁。

 見つめるほどに輪郭が薄れ、現実の像と別の場所から重なってくる何かとが、狭い路地の中で音もなくせめぎ合っていた。


 ルルリアが思わず一歩下がる。


「……これ、何とかなるのかしら?」


 その声すら、どこか遠くへ吸われていくようだった。


 石畳の継ぎ目に、淡い光が走る。

 足元の石の下から、金とも緑ともつかぬ色が細く滲んでいた。

 まるで地の奥で眠っていた根が、いまこの路地の下まで伸びてきているかのようだった。


 王樹の枝が脈を打ち、香りがさらに強くなる。

 その匂いに触れた先から景色が変わっていく。

 行き止まりだったはずの路地が、瞬く間に先の見えぬ長さへ伸びていった。


 森の強い匂いが風に乗って辺りを覆う。


 湿り気を含んだ土の匂い。

 若葉と苔むした樹木の匂い。

 深く青い匂いが、今度は路地そのものから流れ出してくる。


 ルミナリスの百眼が明滅した。


 位相接続確認。局所空間、再定義中。

 進路情報、更新不能。


 異常だった。

 だが、だからこそ確信していた。


 これが、枝の道。


 見えている道ではない。

 見えているものの裏側にだけ繋がる、位相の異なる路。


 路地の奥で、影がさらに揺れた。


 巨大樹の枝めいた影が、路の奥を指し示すように揺れる。

 細く分かれ、絡み、揺れながら、深く根を張る古い王樹の気配が重なり、世界の輪郭を変えていく。


 オルクスが枝をそっと前へ掲げ、はっきりと告げた。


「王樹の枝よ。正しき道を示してくれ」


 その瞬間、路地の奥で音がした。


 こつ、と音が鳴った。石を踏む音に似ていた。

 軽く、誰かが小石を蹴ったような音だった。

 オルクスは路地の奥を細く見据える。


「まだ動くな。道がこちらを見ておる」


 ルミナリスは百眼を用いながらも、感覚で理解していた。

 値踏みされ、選別されている。

 その感覚が、理屈より先に肌へまとわりついていた。


 王樹の枝は、いまやはっきりと熱を帯び、乾いた木肌の奥で淡い色が脈打っていた。

 オルクスの指のあいだから、かすかな光が漏れている。


 不意に、行き止まりだったはずの石壁の向こうに、もうひとつの石畳が現れた。


 影の中から、じわじわと“思い出される”ように現れていく。

 ひび割れた街路の先に、もっと古い石の列が重なる。

 苔むし、細い根に抱かれ、月を知らぬ森の湿りを宿した石畳。

 それは人の街の道ではない。

 王樹の根が記憶する位相の路であった。


 ルミナリスは目を細める。


 百眼には解析不能の文字が浮かんでいた。

 だが、眼の前にあるものが幻ではないことだけは分かる。


 路は、ただそこにあるのではなかった。

 問いかけ、選別していた。


 何のために進むのか。

 進む資格はあるのか。

 歩み続ける覚悟はあるのか。


 オルクスが、かすかに息を吐く。


「……ラムス=セテルの辻が、こちらを通す気になったらしい」


 ルルリアは一言も発せず、ただ見ていた。


 背後にはまだ人の街の灯りがある。

 祭りの残り香も、遠い話し声も、消えきってはいない。

 それなのに目の前には、もう別の世界の夜が口を開いている。


 これまで起こったこと。

 これから越えるべきこと。

 そして何より、成し遂げたいこと。

 そのすべてが、この狭い路地の先に枝のように絡み合って続いていた。


 ルミナリスは迷うことなく、一歩を踏み出した。


 その瞬間、足元の石畳が微かに鳴る。


 歓迎ではない。

 拒絶でもない。

 ただ確かに、重みを計るような音だった。


 オルクスが静かに言う。


「ここから先は、目で見た道を信じるな。枝の香りを追え。風に逆らうな。振り返るな」


 ルルリアが乾いた唇を舐める。


「……いよいよね」


 誰に言うでもないその呟きに、答える者はいなかった。

 ただ王樹の枝だけが、なおも熱を増し、強い香りを光とともに放ち続けている。


次回、異界の中に取り込まれたルミナリスたちを描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非、ご一読ください。

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