第12話 きみをつくったもの
次の日、北浜さんから呼び出された。
放課後。
昨日と同じ準備室。
私と玲奈が入ると、北浜さんは窓際に立っていた。
「来た」
「呼んだの北浜さんでしょ」
「そうだった」
「大丈夫、この人?」
玲奈が私を見る。
「たぶん」
「美香までそれ言うようになった」
「影響された」
「嫌な影響」
「聞こえてるよ」
北浜さんが言った。
「聞こえるように言った」
「玲奈」
「はい」
いつもの会話だった。
でも、昨日までとは違う。
私も。
たぶん玲奈も。
ここへ来た理由が分かっている。
「それで」
私は鞄を机に置いた。
「何か分かった?」
「うん」
北浜さんの返事は早かった。
その一言だけで、胸の奥がざわついた。
「昨日よりは」
「……なに?」
「永井さんのこと」
「私?」
「そう」
北浜さんが近づいてくる。
私を見る。
玲奈ではなく。
今度は最初から、私を。
「永井さん、自分に霊感があるのは知ってるよね」
「それは……まあ」
「いつから?」
「小さい頃から。たまに変なのが見えたりしてた」
「水城さんが亡くなる前から?」
「うん」
「何かしたことは?」
「何かって?」
「見える以外。触ったとか、消したとか、呼んだとか」
「ない」
少し考える。
「たぶん」
「たぶん?」
「見えたって、なるべく見ないようにしてたから。関わりたくなかったし」
「普通そうだよね」
「北浜さんは違うの?」
「うちはちょっと特殊だから」
「特殊?」
「それは今度」
またそれだ。
「で?」
「永井さんは、たぶん今まで自分の力を使ってなかった」
「力?」
「うん」
「霊が見えることじゃなくて?」
「霊が見えること自体は、たぶん素質の方」
北浜さんが私を見る。
「素質?」
「うん。永井さんの力は、それとは別にある」
玲奈が少し身を乗り出した。
「美香、なんか格好いい」
「茶化さないで」
「だって本当の力とか言われたら」
「水城さん」
「はい」
「結構大事な話してる」
「すみません」
玲奈が素直に引き下がった。
北浜さんは少し考えてから続けた。
「昨日、二人を見てて気づいたの。永井さんから水城さんへ流れてるものって、ただの霊力じゃない」
「じゃあ何?」
「想い」
「……想い?」
「正確には、想いに力が乗ってる感じ」
よく分からない。
「それって違うの?」
「全然違う」
北浜さんは言った。
「普通、霊力は霊力。それを使って何かをする。でも永井さんの場合、気持ちそのものが形になってる」
「形?」
「例えば」
北浜さんが机の上に置かれていた古い鉛筆を手に取った。
「これをずっと大切にしてた人がいたとする」
「うん」
「その人が、この鉛筆にものすごく強い思い出を残していたら」
鉛筆を机へ戻す。
「永井さんは、その想いから何かを引き出せるかもしれない」
「何かって?」
「分からない」
「また?」
「まだ試してないから」
「試さなくていい」
「うん。私もそう思う」
即答だった。
「……なんで?」
「何が起きるか分からないから」
さらっと怖いことを言う。
玲奈が私を見る。
「美香、危険人物?」
「知らない」
「私に聞かないでよ」
「聞いてない」
「二人とも」
北浜さんが小さく息を吐いた。
「話戻すよ」
「はい」
「水城さん」
「私?」
「たぶんあなたが、一番分かりやすい例」
玲奈の表情が止まった。
私も黙った。
「どういう意味?」
「水城さんが亡くなった時」
あの日。
白い病室。
頭の中に浮かぶ。
「永井さん、何を思った?」
「……」
「覚えてる?」
「玲奈に……」
言葉が出ない。
玲奈が私を見ている。
「会いたかった」
ようやく言った。
「うん」
「いなくならないでほしかった」
北浜さんは黙って聞いている。
「ずっと一緒だったから。次の日も、その次の日もいると思ってた。高校も一緒に行くって言ってたし、大人になっても……」
声が少し震えた。
「だから、そんなのおかしいって思った」
「何が?」
「玲奈がいないこと」
あの時の感覚が蘇る。
世界の方が間違っていると思った。
玲奈がいないなんてあり得ない。
玲奈はいる。
いるはずだ。
ずっと私の隣に。
「それだと思う」
北浜さんが言った。
「……なにが?」
「永井さんの力が初めて動いた瞬間」
玲奈を見る。
「水城さんが生まれた瞬間」
空気が止まった。
「……生まれた?」
玲奈が聞いた。
北浜さんは答えなかった。
「ちょっと待って」
私が言った。
「玲奈は生まれてない」
「美香」
「玲奈は玲奈だから」
「うん」
「小学校の時からいた。私と会う前だって生きてた。家もあった。学校にも通ってた。だから」
「永井さん」
「私が玲奈を作ったみたいに言わないで」
北浜さんはしばらく黙っていた。
「ごめん」
「……」
「言い方が悪かった」
「じゃあどういう意味?」
北浜さんは玲奈を見る。
「再現」
「え?」
「たぶん、永井さんの力は何かをゼロから作る力じゃない」
ゆっくり言葉を選んでいる。
「そこに残っている想いとか、自分の中に残っている記憶とか、そういうものを使って、失われたものをもう一度形にする」
「もう一度……」
「うん」
北浜さんが私を見る。
「想いを再現する力」
その言葉だけが、妙にはっきり聞こえた。
「じゃあ」
玲奈が言った。
「私は?」
北浜さんは黙った。
「私って、美香が再現したの?」
「……可能性は高いと思う」
「玲奈」
「大丈夫」
玲奈は笑った。
「別にショックじゃないから」
嘘だった。
分かる。
何年一緒にいると思ってるんだ。
「じゃあ私の記憶って?」
「玲奈」
「小学校のこととか。美香と会った日のこととか。猫拾ったこととか。夏祭りとか」
「水城さん」
「全部、美香が覚えてるから私も覚えてるってこと?」
「まだ分からない」
「私が好きなものも?」
「玲奈、やめて」
「性格も?」
「やめてって」
「私が美香に言ってることも?」
「玲奈!」
声が響いた。
玲奈が黙る。
「……ごめん」
「なんで玲奈が謝るの」
「美香怒ったから」
「怒ってない」
「怒ってる」
「……怒ってるけど」
誰に怒っているのか分からなかった。
北浜さんなのか。
玲奈なのか。
自分なのか。
「私は玲奈を作ってない」
それだけは言った。
「絶対」
玲奈が私を見る。
「うん」
「玲奈は玲奈だから」
「うん」
「だから変なこと言わないで」
「分かった」
玲奈は笑った。
でも。
その笑顔を見た瞬間、嫌なことを考えてしまった。
この笑い方も。
私が知っている玲奈だから?
そう思った自分が嫌だった。
***
帰り道。
私たちはほとんど喋らなかった。
北浜さんとは校門で別れた。
玲奈はいつもの場所。
私の左側を歩いている。
「……ねえ」
玲奈が言った。
「なに」
「一個聞いていい?」
「なに?」
「私たちが初めて会った日のこと、覚えてる?」
「覚えてるよ」
「私が転校してきた日」
「うん」
「じゃあ、その前の日」
足が止まった。
「え?」
「美香と会う前」
「……知らない」
「だよね」
玲奈も止まった。
「私、覚えてる」
風が吹いた。
「何を?」
「前の学校」
「……」
「教室とか。担任の先生とか。最後の日にクラスの子から色紙もらったこととか」
玲奈は自分の手を見る。
「美香に話したっけ?」
頭の中を探す。
「……知らない」
「私は話してないと思う」
「忘れてるだけかも」
「そうかも」
「絶対そう」
「うん」
玲奈は頷いた。
歩き出す。
私も歩く。
でも。
さっきまでとは違う。
「あとね」
玲奈が言った。
「まだある」
「……なに?」
「美香が知らないこと」
聞きたくなかった。
でも聞いた。
「なに?」
玲奈は少し考えた。
それから、いつものように笑った。
「秘密」
「……なにそれ」
「今はまだ」
「玲奈」
「そのうちね」
「またそれ?」
「うん」
昔も同じことを言われた気がした。
夏祭りの夜。
神社からの帰り道。
『美香が自分で気付くまで』
私は玲奈を見る。
「……好きな人」
玲奈の足が止まった。
「え?」
「あの時の」
「……」
「結局、誰だったの?」
玲奈は答えなかった。
ただ私を見ていた。
その顔を見た瞬間。
なぜだろう。
答えを聞くのが少し怖くなった。
「……やっぱいい」
「美香」
「今度でいい」
「うん」
また歩き出す。
玲奈も隣に並ぶ。
私は北浜さんの言葉を思い出していた。
想いを再現する力。
もし本当にそうなら。
今、隣を歩いている玲奈は。
私の記憶なのか。
私の願いなのか。
それとも。
本当に玲奈なのか。
答えはまだ、どこにもなかった。




