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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第六章 放課後、きみは隣にいる

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第11話 きみがここにいる理由

 北浜さんと話してから、三日が経った。


 コンビニで一度見かけてはいたけれど、あの時は名前も知らなかったし、言葉も交わしていない。ただ玲奈の方を見ていた、少し変わった店員。それだけだった。


 だから私の中では、あの日が北浜さんと初めて会った日になっている。


『その子、普通の幽霊じゃないよ』


 あれから、その言葉がずっと頭に残っていた。


「美香」


「なに」


「また考えてる」


「考えてない」


「考えてる人ってだいたいそう言うよね」


「玲奈は考えてなさそう」


「失礼」


 放課後の教室。


 ほとんどの生徒はもう帰っていて、残っているのは私と玲奈だけだった。


 玲奈は前の席に座っている。


 二年間、そんなことを考えたことはなかった。


 なのに、北浜さんと会ってから変なことばかり考える。


「玲奈」


「ん?」


「自分が幽霊だって感じする?」


「何その質問」


「いいから」


「うーん……」


 玲奈は自分の手を見る。


 握って、開く。


「しない」


「だよね」


「でも幽霊って、自分が幽霊だって感じするものなの?」


「知らない」


「美香、見えるんでしょ」


「見えるだけ。話したことなんてほとんどないし」


「役に立たない霊能力」


「うるさい」


 玲奈が笑った。


 いつもの笑い方だった。


 それだけで少し安心する。


 玲奈は玲奈だ。


 北浜さんが何と言おうと、二年間一緒にいた。


 小学生の頃からなら、もっと長い。


 私が知らない玲奈なんて、ほとんどない。


「……ほとんど?」


「なに?」


「なんでもない」


「今、絶対なんか考えた」


「考えてない」


「またそれ」


 その時、教室の扉が開いた。


「いた」


 噂をすれば、というやつだと思う。


「北浜さん」


「こんにちは」


「……なんでここに?」


「永井さんを探してた」


「どうやって?」


「一年生で永井美香って聞いたら分かった」


「そういう意味じゃなくて」


「?」


「いや、もういい」


 北浜さんは時々、会話の噛み合わせが微妙に悪い。


 玲奈が笑っている。


「この子ちょっと面白いね」


「聞こえてるよ水城さん」


「おお」


「聞こえるって知ってるでしょ」


「そうだった」


 玲奈は妙に嬉しそうだった。


 二年間、私以外と話せなかったのだから、当然なのかもしれない。


 そのことに気づいて、少し胸が痛くなった。


「それで?」


 私は聞いた。


「何か分かったの?」


「少し」


 北浜さんの表情が変わった。


「ここだと話しにくいから、場所変えていい?」


***


 連れていかれたのは、放課後はほとんど使われていない小さな準備室だった。


「勝手に入っていいの?」


「たぶん」


「たぶん?」


「鍵開いてたから」


「それを入っていいとは言わないと思う」


「細かいこと気にするね」


「普通」


 玲奈が笑った。


「美香、北浜さんと相性いいんじゃない?」


「どこが」


「会話が面白い」


「玲奈は黙ってて」


「はい」


「水城さん」


「はい?」


「そこに立って」


「え?」


 北浜さんが部屋の中央を指差した。


「なんで?」


「見たいから」


「言い方怖いなぁ」


「何もしないよ」


「ほんと?」


「たぶん」


「美香。この子信用していい?」


「私に聞かないで」


 文句を言いながらも、玲奈は言われた場所へ移動した。


 北浜さんは少し離れたところから玲奈を見る。


 それから私を見る。


 また玲奈。


 また私。


「……やっぱり」


「なに?」


「永井さん、少し離れてみて」


「私?」


「うん」


 言われるまま、部屋の端まで移動する。


「もっと」


「もう壁だけど」


「あ、じゃあいい」


 何なんだろう。


 北浜さんは玲奈をじっと見ていた。


「玲奈、なんかされてる?」


「なんにも」


「変な感じは?」


「全然」


「北浜さん」


「もうちょっと」


 しばらくして、北浜さんが玲奈へ近づいた。


 手を伸ばす。


 触れる直前で止める。


「……やっぱり変」


「またそれ?」


「うん」


「具体的に言って」


「今考えてる」


 北浜さんは目を閉じた。


 部屋が静かになる。


 窓の外から、運動部の声が微かに聞こえていた。


 私は玲奈を見る。


 玲奈も私を見た。


 少し不安そうだった。


 たぶん私も同じ顔をしていた。


「永井さん」


 北浜さんが目を開けた。


「なに?」


「水城さんの近くに来て」


 玲奈の隣へ戻る。


 その瞬間だった。


 北浜さんの目が大きくなった。


「……あ」


「なに?」


「分かったかも」


「何が?」


 北浜さんは答えず、私と玲奈の間を見ている。


 そこには何もない。


 少なくとも私には。


「北浜さん?」


「繋がってる」


「え?」


「二人」


 北浜さんが指を向けた。


 私ではない。


 玲奈でもない。


 私たちの間。


「ずっと?」


「たぶん」


「何で?」


「分からない。でも、すごく強い」


 北浜さんは困ったように眉を寄せた。


「普通の霊と人間にも繋がりはある。家族だったり、友達だったり、強い未練があったり。でもこれは、そういうのと違う」


「どう違うの?」


「太すぎる」


「太い?」


「それに……流れ方がおかしい」


 嫌な言葉だった。


「流れ方?」


「普通なら、霊は霊としてそこにいる。その人自身の想いとか、残った力とか、そういうものが中心になって存在してる」


 北浜さんが玲奈を見る。


「でも水城さんは違う」


「……私?」


「うん」


 そして。


 北浜さんは私を見た。


「永井さんから流れてる」


「何が?」


「力」


 意味が分からなかった。


「私から?」


「うん」


「玲奈に?」


「そう」


 玲奈が私を見る。


「美香、なんかしてる?」


「してない」


「だよね」


「当たり前でしょ」


「じゃあ何だろ」


 玲奈はいつも通りだった。


 でも私は、さっきまでと同じようには受け取れなかった。


「その力がなくなったら?」


 気づけば聞いていた。


「え?」


「私から玲奈に流れてるもの。それがなくなったらどうなるの?」


 北浜さんは答えなかった。


「北浜さん」


「……分からない」


「また?」


「本当に分からない。でも」


 少し迷ってから言った。


「水城さんが今の形でいられるのは、その力が関係してると思う」


 胸の奥が冷たくなった。


「どういう意味?」


「まだ決めつけられない」


「じゃあ言わないで」


「美香」


「玲奈は玲奈だよ」


 自分でも驚くくらい強い声が出た。


 玲奈が黙る。


「二年間ずっと一緒にいた。喋って、笑って、喧嘩して。私が知らないことだって玲奈は知ってる。だから」


 何を言おうとしているのか、自分でも分からなかった。


 北浜さんは何も言っていない。


 玲奈が偽物だなんて、一言も。


 なのに私は、それを言われたような気がした。


「……ごめん」


 北浜さんが言った。


「そういう意味じゃない」


「じゃあどういう意味?」


「分からないから調べてる」


「……」


「私にも、水城さんはちゃんと水城さんに見えるよ」


 その言葉で少しだけ力が抜けた。


「ただ」


 まだ続きがあった。


「水城さんがここにいる理由は、水城さんだけにはない」


「……どういうこと?」


 北浜さんは私を見る。


「永井さん」


「なに」


「二年前、水城さんが亡くなった時に何か起きなかった?」


 白い天井が頭に浮かんだ。


 病室。


 玲奈の最後の姿。


 思い出したくない記憶。


 そして。


 あの感覚。


 胸の奥で、何かが弾けたような。


「……分からない」


「本当に?」


「はっきり覚えてない」


 嘘ではなかった。


 あの日のことは、今でもところどころ曖昧だ。


 ただ。


 一つだけ覚えている。


 玲奈に会いたかった。


 いなくならないでほしかった。


 それだけを、何度も願った。


「美香」


 玲奈が呼んだ。


「なに」


「私ってさ」


 玲奈が自分の手を見る。


 さっきまで笑っていた顔から、笑顔が消えていた。


「もしかして、美香がいるからいるの?」


「……何言ってるの」


「だって北浜さんの話だと」


「違う」


「でも」


「違うって」


 玲奈が黙った。


 私は玲奈の手を掴んだ。


「ここにいるでしょ」


「うん」


「だったら玲奈だから」


「……すごい理屈」


「うるさい」


 玲奈が少し笑った。


 でも、その笑顔はいつものものとは少し違った。


 北浜さんは私たちを見ていた。


 何か言いたそうだった。


 でも、何も言わなかった。


 その日の帰り道。


 玲奈はいつも通り私の隣を歩いていた。


 くだらない話をして。


 途中でコンビニに寄るかどうかで揉めた。


 結局寄って、玲奈が食べられもしない新商品のアイスを見ながら、勝手に味を想像していた。


 何も変わらない放課後だった。


 それなのに私は何度も、隣を歩く玲奈を見てしまった。


 玲奈は玲奈だ。


 そう思うたび。


 今まで一度も考えたことのなかった疑問が、頭の奥から離れなくなった。


 じゃあ。


 どうして玲奈は、ここにいるんだろう。


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