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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第六章 放課後、きみは隣にいる

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第13話 あの夜のつづき

 その日の夜、眠れなかった。


 電気を消してから、もう一時間くらい経っている。


 ベッドに横になって目を閉じても、北浜さんの言葉ばかり浮かんできた。


『想いを再現する力』


 私が願ったから。


 玲奈に会いたいと願ったから。


 いなくならないでほしいと願ったから。


 だから、玲奈はここにいる。


 もし本当にそうなら。


 私は二年間、誰と一緒にいたんだろう。


「……美香」


 暗闇の中から声がした。


「起きてる?」


「寝てる」


「寝てる人は返事しないよ」


「今寝た」


「じゃあ、おやすみ」


「おやすみ」


 少し間が空いた。


「……玲奈」


「なに?」


「やっぱ起きる」


「知ってた」


 枕元のライトを点けた。


 玲奈は床に座って、ベッドに背中を預けていた。さっきまで読んでいた漫画が膝の上にある。


「ねえ」


「ん?」


「今日の話」


「うん」


「玲奈はどう思った?」


 玲奈はすぐには答えなかった。


「分かんない」


「……そっか」


「でも」


 膝の上の漫画を閉じる。


「怖いよ」


 玲奈がそんなことを言うのは珍しかった。


「何が?」


「私が私じゃなかったら」


 胸が痛んだ。


「玲奈は玲奈だよ」


「美香はそう言ってくれるけど」


「言ってくれるとかじゃなくて」


「うん」


 玲奈は笑った。


「ありがと」


「……」


「でもさ。私が美香の記憶からできてるなら、そう言ってほしいって美香が思ってるから、私が言ってるだけかもしれないじゃん」


 何も言えなかった。


 それは私も考えてしまったことだった。


「こういう時に笑うのも。美香って呼ぶのも。漫画読むのも。美香にくだらないこと言うのも」


「やめて」


「うん」


 玲奈は黙った。


 静かな部屋だった。


 時計の針の音だけが聞こえる。


「北浜さんに、もう一回聞こう」


 私が言った。


「明日」


「何を?」


「全部」


「全部って?」


「分かるまで」


「北浜さん、困ると思う」


「困らせればいい」


「ひどい」


「こんなこと言い出した責任」


 玲奈が少し笑った。


 今度は私も笑った。


***


 翌日の放課後。


 私たちはまた、あの準備室にいた。


 三日連続だ。


「ここ、もう私たちの部室みたいだね」


「何部?」


「幽霊部」


「嫌」


「即答」


「水城さん」


「はい」


「今日はちょっと静かにして」


「北浜さんまで冷たくなってきた」


「大事なことするから」


 北浜さんの顔は真剣だった。


 机の上には、小さな紙が何枚か置かれている。そこに見たことのない文字や模様が書かれていた。


「それ何?」


「家で使ってるもの」


「北浜さんの家って何なの?」


「それも今度」


「ずっと今度だね」


「今日は二人の方が先」


 北浜さんは紙を一枚手に取った。


「昨日、家に帰ってから考えたの」


「何を?」


「水城さんのこと」


 玲奈が自分を指差す。


「私?」


「うん。どうしても変だから」


「もう慣れてきた、その評価」


「永井さんから力が流れて、水城さんの形を保ってる。それはたぶん間違いない」


 昨日聞いたことなのに、胸がざわつく。


「でも、それだけじゃ説明できないことがある」


「……なに?」


「向き」


「向き?」


 北浜さんが私と玲奈の間を指差した。


「昨日は永井さんから水城さんへ流れる力ばかり見てた。でも、よく見ると逆もある」


「玲奈から私?」


「うん」


「それって普通じゃないの?」


「普通の人と霊なら、縁が残ってることはある。でもこれは……」


 北浜さんは言葉を探した。


「生きてる」


「え?」


「切れてない」


 私は玲奈を見る。


「玲奈、死んでるけど」


「そういう意味じゃない」


「じゃあどういう意味?」


「水城さん自身の想いが、まだ永井さんへ向いてる」


 玲奈が黙った。


「私の?」


「うん」


「でも私が美香からできてるなら、それも美香の想いなんじゃないの?」


「そこがおかしい」


 北浜さんは、はっきり言った。


「同じものじゃない」


 胸が鳴った。


「分かるの?」


「完全には。でも、違う」


 北浜さんが玲奈を見る。


「永井さんからあなたへ流れているものと、あなたから永井さんへ向いているものは、同じところから出てない」


「……」


「だから昨日の結論だけじゃ足りない」


 北浜さんが紙を置いた。


「水城さん。亡くなった日のこと、覚えてる?」


 空気が変わった。


「……少し」


「どこまで?」


「神社から帰って……男の人がいて」


 玲奈の声が小さくなる。


「美香が危ないって思って」


「玲奈」


「大丈夫」


 玲奈は私を見てから続けた。


「美香を引っ張った。美香が階段から落ちて……」


 そこで止まる。


「その後は?」


 北浜さんが聞いた。


「……分からない」


「本当に?」


「たぶん。そこだけ、ずっとぼんやりしてて」


 玲奈が眉を寄せた。


「でも……なんか、ある気はする」


「無理に思い出さなくていい」


「でも」


「玲奈」


「美香は知りたくない?」


 聞かれてしまった。


「……知りたい」


 怖い。


 それでも。


「玲奈のことなら、知りたい」


 玲奈は小さく頷いた。


 目を閉じる。


「美香が落ちて」


 ゆっくり話し始める。


「動かなくなって」


 私は黙って聞いた。


「私……怖かった」


 玲奈の指が震えた。


「自分のことより、美香が」


 北浜さんは何も言わない。


「このままだと、美香までって思った」


 玲奈が胸元を押さえた。


「それで……」


 長い沈黙。


「助けなきゃって」


 玲奈が目を開けた。


「ずっと、それだけ考えてた」


 その瞬間。


 胸の奥が大きく揺れた。


 知らない景色が見えたわけじゃない。


 でも、玲奈の言葉だけで分かった。


「私……」


 玲奈が呟く。


「死んだ後も、美香のところにいた」


 息が止まった。


「え?」


「覚えてる」


 玲奈の顔から血の気が引いたように見えた。


「美香が倒れてて。あの人が近づこうとして」


 そこで玲奈は言葉を詰まらせた。


「来ないでって思った」


 それ以上は必要なかった。


「必死だった。美香に近づかせたくなくて。どうやったか分からない。でも、邪魔した。何度も」


「……玲奈」


「それから人が来て」


 玲奈の声が震える。


「美香が運ばれて」


 目を見開く。


「私、ついていった」


「どこに?」


「病院」


 白い部屋。


 あの日の景色が蘇った。


「待って」


 私は立ち上がった。


「じゃあ玲奈は」


「いた」


 玲奈が私を見る。


「あの部屋にいた」


「でも私、最初は玲奈が見えなかった」


「うん」


「目が覚めた時、お母さんに玲奈のこと聞いて。それから思い出して……」


 玲奈が頷く。


「私、美香のそばにいた」


「ずっと?」


「たぶん」


 北浜さんが息を呑んだ。


「そういうこと……?」


「北浜さん?」


 北浜さんは私たちの間の空間を見ていた。


「永井さんが作ったんじゃない」


「え?」


「少なくとも、全部は」


 心臓が大きく鳴った。


「水城さんは先にいた」


 北浜さんが言う。


「亡くなった後も、あなた自身の意思で」


 玲奈が私を見る。


「じゃあ……私」


「まだ待って」


 北浜さんは考えながら続ける。


「たぶん順番が逆」


「順番?」


「永井さんが水城さんを再現して、その中に何かが生まれたんじゃない」


 北浜さんが私を見る。


「あの日、すでに水城さんの霊は永井さんのそばにいた」


「……うん」


「そこへ永井さんの力が動いた」


 白い病室。


 会いたい。


 いなくならないで。


 ずっと隣にいて。


「永井さんの想いと記憶が、水城さんをもう一度形にした」


 そして北浜さんは、玲奈を見る。


「その形の中に、水城さん自身が入った」


 誰も喋らなかった。


 理解するまで時間がかかった。


「じゃあ」


 私は聞いた。


「今の玲奈は?」


 北浜さんはすぐには答えなかった。


「私には断定できない」


「……」


「でも」


 玲奈を見る。


「永井さんの記憶だけでできてるとは思えない」


 涙が出そうになった。


 でも、まだ怖かった。


「証拠は?」


「美香?」


「だって」


 玲奈を見る。


「私が忘れてるだけかもしれない。玲奈から聞いたことを忘れて、それが残ってるだけかもしれない」


「それは……」


「何かないの?」


 玲奈が黙る。


「私が絶対知らないこと」


 玲奈の顔が変わった。


 何かに気づいた。


「……ある」


「なに?」


「一個ある」


 その言い方で、私も思い出した。


「まさか」


「うん」


 玲奈が少し笑った。


 夏祭り。


 神社。


 帰り道。


『美香が自分で気付くまで』


「玲奈」


「なに?」


「好きな人って」


「うん」


「あの時の」


「うん」


「誰だったの?」


 今度は逃げなかった。


 玲奈は私を見ていた。


 少し困ったような。


 少し恥ずかしそうな。


 昔と同じ顔で。


「美香」


 私は何も言えなかった。


「……え?」


「美香だった」


「……」


「ずっと一緒にいたい人」


 玲奈は笑った。


「だから、言えなかった」


 頭の中を必死に探した。


 小学校。


 中学校。


 夏祭り。


 神社。


 あの夜。


 どこにもない。


 玲奈がそれを私に教えた記憶は。


 一度も。


「……それ」


 声が震えた。


「私、知らない」


「うん」


「聞いてない」


「言ってないもん」


「じゃあ……」


 涙が落ちた。


「なんで玲奈は知ってるの」


 玲奈の目にも涙が浮かんだ。


「私のことだからじゃない?」


 それは。


 たぶん。


 世界で一番簡単な答えだった。


 私は玲奈へ手を伸ばした。


「玲奈」


「うん」


「玲奈なんだ」


「うん」


「本当に?」


 玲奈が泣きながら笑った。


「たぶんね」


「そこは絶対って言ってよ」


「だって難しい話いっぱいされたし」


「もう」


「でも」


 玲奈が私の手を握る。


「私は、美香と会う前のことも覚えてる」


「うん」


「美香に言わなかったことも」


「うん」


「美香が知らない私も」


「……うん」


「ちゃんと覚えてる」


 握った手に力が入る。


 北浜さんは何も言わなかった。


 ただ、私たちを見ていた。


 二年前。


 玲奈は死んだ。


 それでも私を守ろうとして、私のそばに残った。


 そして私は。


 玲奈を失いたくなくて、玲奈をもう一度形にした。


 私だけでも。


 玲奈だけでも。


 今の玲奈にはならなかった。


「ねえ、玲奈」


「なに?」


「帰ろ」


「うん」


 北浜さんに向けて小さく頭を下げ、準備室を二人で出る。ちらりと見えた北浜さんの顔は、少し悲しそうに見えた。


「美香」


「なに」


「今日コンビニ」


「行かない」


「えー」


「昨日行った」


「昨日は昨日」


「今日は今日?」


「そう」


「それ私の台詞」


 玲奈が笑う。


 私も笑った。


 隣を歩いている玲奈を見る。


 姿も。


 声も。


 私の記憶が形にしたものなのかもしれない。


 でも。


 その中で笑っているのは。


 私の知らないことまで抱えて、私の知らない夜の続きを覚えているのは。


 水城玲奈だった。


 放課後。


 いつもの廊下を、二人で歩く。


 今度はもう。


 隣にいるきみが誰なのか、疑わなくてよかった。


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