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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第六章 放課後、きみは隣にいる

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第5話 きみと過ごした夏④

 夏祭りの日は、少し特別だった。


 今思えば別に珍しい行事でもない。毎年あったし、町の人は普通に集まって、花火を見て、屋台を回って帰る。そういう、どこにでもある夏のイベントだった。


 でも中学生くらいの頃って、少し遅い時間まで外にいるだけで特別な気分になる。


 制服じゃない服を着いて出かけるだけで、普段と違う世界に来たみたいに思える。


 あの日も、そうだった。


***


 待ち合わせは駅前だった。


 夕方六時。


 まだ空は明るい。


 人通りが多い。


 浴衣姿の人がちらほら見える。


 屋台の匂いも、祭囃子も、まだ遠いのに風に混じって届いてくる。


 少しだけ落ち着かない。


 時間より少し早く着いてしまった。


 スマホを見る。


 連絡はない。


 だから待つ。


 そのくらいしかやることがない。


「お待たせー」


 声がした。


 振り返る。


 玲奈だった。


 一瞬だけ分からなかった。


 白地の浴衣だった。柄は青と淡い水色で、遠目だと涼しそうに見える。髪も少しだけまとめていて、いつも制服で見ている時とは雰囲気が違った。


 別人、というほどじゃない。


 でも、少しだけ遠く見える。


 たぶん、知っている人なのに知らない格好をしているからだ。


 玲奈が首を傾げた。


「なに」


「別に」


「似合う?」


「……普通」


 玲奈は笑った。


「美香って褒めるの下手」


「褒めてない」


「今ちょっと考えた」


「考えてない」


 玲奈は満足そうだった。


 なんとなく、こういうやり取りは毎回負ける。


 昔からそうだった。


 玲奈は会話の中で少しだけ先にいる。からかうのも上手いし、反応を見るのも好きだった。


 でも嫌じゃなかった。


 嫌じゃないというより、たぶん安心していた。


 変わらないから。


 浴衣を着て少し大人っぽく見えても、中身はいつもの玲奈だった。


「行こ」


 玲奈が歩き出す。


 少し先。


 振り返る。


「迷子になるよ」


「ならない」


「なる」


 私は追いかける。


***


 祭りは思っていたより人が多かった。


 参道まで続く道に屋台が並んでいて、人の流れもゆっくりだった。


 焼きそば。


 たこ焼き。


 かき氷。


 綿あめ。


 音楽。


 笑い声。


 全部混ざっている。


「まず何食べる?」


 玲奈が聞く。


「別に」


「興味なさすぎない?」


「来たら満足した」


「おじいちゃん?」


 玲奈は少し考えて、


「たこ焼き」


 と言って並び始めた。


 結局買う。


 二人で食べる。


 熱い。


 口を火傷する。


 玲奈が笑う。


「学習しないね」


「玲奈もじゃん」


「仲良し」


「嫌な言い方」


 歩く。


 射的を見る。


 やらない。


 金魚すくいを見る。


 やらない。


 でも見ている。


 そういう時間だった。


 何か目的があるわけじゃない。


 ただ一緒に歩いて、目についたものを見て、話しているだけ。


 でも不思議と退屈しなかった。


 あとになって思う。


 楽しい時間って、案外イベントの中身じゃない。


 誰といたかの方が残る。


 花火の形なんて忘れても、その時笑っていた相手は覚えている。


***


 暗くなってきた。


 人が少し静かになる。


 空を見上げる人が増える。


 花火が始まった。


 音。


 光。


 空が明るくなる。


 歓声。


 私は空を見る。


 玲奈を見る。


 玲奈はちゃんと空を見ていた。


 少し目を細めて。


 笑っていた。


「綺麗」


 小さく言う。


「うん」


 それだけだった。


 そのあと少し黙っていた。


 別に気まずくない。


 花火の音が全部埋めてくれる。


 その沈黙も含めて、たぶん楽しかった。


***


 花火が終わる。


 人が帰り始める。


 祭りが終わる空気というのは少し独特で、急に現実へ戻される感じがする。


 玲奈が空を見上げた。


「終わっちゃった」


「帰る?」


 玲奈は少し考えた。


「……もうちょっと」


「どこ行くの」


 玲奈は少し先を見る。


 祭りの灯りの向こう。


 丘の上。


 神社。


「あそこ」


 私は見る。


 神社だった。


 小さい頃から知っている場所。


 祭りの日だけ夜も人がいる。


 少し登れば、町が見える。


「ちょっとだけ」


 玲奈が言う。


 その言い方が少し子供っぽくて、少しだけ笑った。


「ほんとに少しだけね」


 玲奈は満足そうに頷いた。


 そして先に歩き出した。


 私はその後ろを追いかけた。


 浴衣の裾を少し気にしながら、石段へ向かう玲奈の背中を見ていた。


 その時の記憶は、妙にはっきり残っている。


 景色じゃない。


 花火でもない。


 ただ、星明りに照らされて少し先を歩く玲奈の後ろ姿だけが、なぜだか妙に綺麗だった。振り返ればいつでも声が届く距離にいたはずなのに、その背中だけ少し遠く見えた。


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