第6話 きみと過ごした夏⑤
祭りの灯りから少し離れるだけで、夜は急に静かになる。
屋台の声も、音楽も、笑い声も全部背中側へ置いてくるみたいに遠ざかって、代わりに虫の声と風の音だけが残る。
神社へ続く石段は昔から変わらない。
小さい頃はやたら長く見えて、途中で疲れて休んだ記憶があるのに、中学生になった頃には案外こんなものかと思うようになっていた。
人って、気付かないうちに色々変わる。
身長とか、制服とか、そういう分かりやすいものじゃなくて。
見える景色の大きさとか、歩く速さとか、そういうものも変わっていく。
でも。
変わらないものもある。
その時の私には、それが永遠に続くように思えた。
***
「まだ登るの?」
前を歩く玲奈に聞く。
玲奈は振り返る。
「もうちょっと」
「さっきも聞いた」
「もうちょっとは無限」
「最低」
笑う。
玲奈も笑う。
浴衣なのに、玲奈は歩くのが速い。
裾を踏みそうになって少し慌てている。
慣れてないんだろう。
なのに本人は平気そうな顔をしている。
「美香遅い」
「玲奈が速い」
「運動不足」
「祭りの日に言われたくない」
石段を登る。
途中で立ち止まる。
少し振り返る。
町が見えた。
遠くでまだ祭りの明かりが揺れている。
花火は終わったけど、人の熱だけ少し残っている。
夏って不思議だ。
終わる時だけ綺麗に見える。
始まる前は暑いだけなのに。
***
神社へ着いた。
境内は思っていたより人が少ない。
祭り帰りに寄る人もいるけれど、みんな長居はしない。
少し休んで帰る。
そんな場所だった。
二人で端の石垣へ座る。
夜風が少し涼しい。
「疲れた」
玲奈が言う。
「体力ないね」
「精神が疲れた」
「祭り向いてないじゃん」
玲奈は笑った。
少し黙る。
夜になると会話は不思議とゆっくりになる。
昼間なら適当に流す話も、夜だと少し真面目になる。
なんでだろう。
暗いからか。
静かだからか。
今でも分からない。
「ねぇ美香」
「なに」
「最近変な感じしない?」
少しだけ間があった。
「変?」
「うん」
玲奈は空を見る。
「なんかさ」
少し考える。
「変な視線というか」
「視線?」
「見られてる感じ」
私は少し考える。
「気のせいじゃない?」
「かなぁ」
玲奈は笑った。
「ほら、最近ニュースやってるじゃん」
少しだけ空気が変わる。
ニュース。
行方不明。
見つかった女の子。
私は肩をすくめた。
「考えすぎ」
「かな」
「玲奈そういうの引っ張られるし」
「そうなんだよね」
玲奈はすぐ納得した。
でも。
少しだけ変だった。
玲奈は怖がりじゃない。
心配性でもない。
だから少しだけ覚えている。
その話をした時の顔だけ。
***
少しして。
玲奈が言った。
「そういえば」
「なに」
「前に好きな人いるって言ったじゃん」
止まる。
「あー」
「覚えてた?」
「覚えてる」
「誰だと思う?」
「知らない」
玲奈は笑った。
すぐ答えると思ったのに、少し黙った。
風が吹く。
木が揺れる。
遠くで祭りの声。
「美香」
「なに」
「たぶん美香、分かんないと思う」
「なにそれ」
「そのまま」
「教える気ないじゃん」
玲奈は少し笑った。
でも、次に言った言葉だけ少し違った。
「ずっと一緒にいたい人」
私は少し考えた。
「それ好きな人?」
「違う?」
「分かんない」
玲奈は頷いた。
「私も分かんない」
少し黙る。
夜風が通る。
玲奈は空を見上げる。
「高校も一緒がいい」
唐突だった。
「まだ先」
「でもそういうの決まるの早いじゃん」
「玲奈なら友達いっぱいできるよ」
玲奈は少し考えて。
首を振った。
「美香がいるならいい」
軽い言い方だった。
いつも通りだった。
だから私は流した。
変なこと言うなぁ、くらいにしか思わなかった。
玲奈は笑っていた。
私はその横顔を見ていた。
夜は静かだった。
祭りの終わりが遠く聞こえていた。
時間だけが少しだけ止まったみたいだった。




