第4話 きみと過ごした夏③
気付けば、小学校は終わっていた。
卒業式の日のことは不思議と細かく覚えている。体育館のワックスの匂いとか、椅子を引く音とか、校長先生の話が思ったより長かったこととか、そんな別に大事でもないことばかり記憶に残っている。
卒業する実感は、実はその時はあまりなかった。
中学も同じ町だし、会えなくなるわけじゃない。
別れという感じもしないし寂しくもなかった。
だから、泣いている子たちを少し不思議に見ていた。
私も玲奈も、その輪の外にいた。
「美香」
式が終わったあと、玲奈が校庭の端から歩いてくる。
卒業証書の筒を肩に担いでいた。
「写真撮った?」
「撮ってない」
「撮ろう」
「なんで」
「卒業だから」
「さっきまで興味なさそうだったじゃん」
玲奈は少し考えてから言った。
「終わると急に寂しくなる」
変なことを言う。
でも、その言い方は少しだけ覚えている。
玲奈は案外そういうところがあった。始まる前は平気そうなのに、終わる瞬間になると急に立ち止まる。運動会のあとも、遠足のあとも、夏休みの最終日もそうだった。
過ぎていく時間を惜しむ癖がある。
その頃の私は、そういうのがよく分からなかった。
終わるものは終わるし、次がある。
そんなふうに思っていた。
「中学も一緒だし」
私が言う。
玲奈が笑う。
「それもそう」
結局、写真は撮った。
変な顔だった。
あとで見返したら、私だけ少し嫌そうな顔をしていて、玲奈だけやたら笑っていた。
あの写真は今も残っている。
***
中学一年。
春。
クラス分けの日。
昇降口の前に人が集まっている。
紙が貼られていて、みんな騒いでいる。
「美香!」
声がする。
見る。
玲奈だった。
「見た?」
「まだ」
「一組!」
「玲奈?」
「うん」
紙を見る。
私も一組だった。
「おー」
「おーじゃない」
「そんな嬉しい?」
「嬉しい」
即答だった。
玲奈はそういうところがある。
嬉しい時に変に隠さない。
だからこっちも少し照れる。
「同じクラス三年連続」
「すごいね」
「運命」
「軽い」
「失礼」
笑う。
別に奇跡じゃない。
同じ地域の学校なんだから、そういうこともある。
でも、その時は少し嬉しかった。
教室に知っている人がいる安心感じゃなくて。
明日もたぶん同じように話すんだろうな、という安心感だった。
***
中学は思っていたより普通だった。
制服になった。
教科が増えた。
部活が始まった。
でも生活はそんなに変わらない。
休み時間になれば玲奈が来る。
帰り道は一緒。
休日もなんとなく遊ぶ。
「美香」
「なに」
「購買」
「嫌」
「まだ何も言ってない」
「どうせ買いに行こうって話でしょ」
「正解」
「行かない」
玲奈は黙る。
少し考える。
「焼きそばパン半分」
「行く」
「よし」
交渉成立だった。
そんな話ばかりしていた。
思い返すと中身がない。
でも、その中身のない時間がすごく大きかった。
友達って、案外そういうものだったのかもしれない。
悩みを相談したとか、感動する話をしたとかじゃなくて、何でもない会話を山ほどした相手の方が、あとから思い出す。
***
夏。
窓が開いている。
教室は暑い。
授業中なのに誰かが寝ている。
蝉がうるさい。
そんな日だった。
「ねぇ美香」
「なに」
「好きな人いる?」
急だった。
ノートから顔を上げる。
「いない」
「ほんと?」
「玲奈は?」
玲奈は少し考える。
「いる」
「え?」
「いる」
「誰」
「秘密」
笑っている。
嘘か本当か分からない。
「なんで聞いたの」
「なんとなく」
「最低」
玲奈は机に突っ伏した。
「美香は分かりやすい」
「なにが」
「今ちょっと焦った」
「焦ってない」
「焦った」
笑う。
教室の外を見る。
空が白い。
暑い。
時間だけがゆっくり流れている。
あの頃の夏は長かった。
まだ一年生だからだろうか。
一週間も、一か月も、夏休みも、全部ずっと続く気がしていた。
だから、何も急いでいなかった。
来年も同じだと思っていた。
その先も。
別に疑いもしなかった。
***
中学二年の春。
私たちは少し背が伸びて、少しだけ話すことが変わった。
でも結局。
隣にいる人は変わらなかった。
玲奈が言った。
「夏祭り行こう」
「まだ先だけど」
「約束」
「予約みたいに言うね」
「じゃ約束」
その時は、別に何も思わなかった。
毎年行っている祭りだった。
花火があって、屋台があって、帰りが少し遅くなる。
それだけ。
だから私は、
「いいよ」
と答えた。
玲奈は満足そうに笑っていた。
その笑顔だけ、なぜか今でもよく覚えている。




