第3話 きみと過ごした夏②
小学五年生。
春。
転校生の水城玲奈がやって来てから、一週間ほどが過ぎていた。
結論から言うと。
玲奈は変な子だった。
「美香ー」
休み時間。
美香が本を読んでいると、玲奈がやってくる。
「なに?」
「暇」
「友達と遊べばいいじゃん」
「美香いるし」
「理由になってない」
玲奈は勝手に隣の席へ座った。
そして。
本を覗き込む。
「面白い?」
「面白いよ」
「どんな話?」
「冒険もの」
「へー」
興味があるのかないのか分からない返事だった。
それでも玲奈は離れない。
しばらく黙っていたかと思うと。
「ねぇ」
「なに?」
「お腹空いた」
「知らないよ」
「給食まだ?」
「あと二時間」
「長い」
「我慢して」
「無理」
「無理じゃない」
玲奈は机に突っ伏した。
美香は本へ視線を戻す。
けれど。
少しだけ口元が緩む。
玲奈はうるさい。
騒がしい。
落ち着きがない。
それなのに。
一緒にいて嫌ではなかった。
むしろ。
休み時間になると、『今日は何を言い出すんだろう』と考えている自分がいた。
***
その日の放課後。
二人は並んで帰っていた。
いつの間にか、それが当たり前になっていた。
「ねぇ美香」
「なに?」
「好きな食べ物は?」
「急だね」
「大事」
「そうかな」
「大事」
玲奈は真面目な顔だった。
「ハンバーグ」
「おお」
「玲奈は?」
「オムライス」
「普通だね」
「失礼な」
「なんかもっと変なの言うかと思った」
「変なのってなに」
「イナゴとか」
「食べないよ!」
玲奈が抗議する。
美香は笑った。
「今笑った」
「笑ってない」
「笑った」
「気のせい」
玲奈が頬を膨らませる。
子供みたいだった。
玲奈はすぐに感情が顔に出る子だった。
嬉しい時は嬉しそうに。
怒る時は分かりやすく。
悲しい時はすぐ黙る。
隠し事が苦手だった。
だからこそ。
一緒にいて安心できたのかもしれない。
***
六月。
梅雨の季節。
その日、学校帰りに二人は公園へ寄った。
雨上がりだった。
遊具には水滴が残っている。
「あ」
玲奈が声を上げた。
ブランコの近く。
小さな段ボール箱が置かれていた。
中から。
弱々しい鳴き声が聞こえる。
「猫だ」
二人は駆け寄った。
箱の中には子猫がいた。
白と茶色の混じった小さな猫。
まだ生まれて間もないようだった。
「かわいい……」
美香が呟く。
玲奈はしゃがみ込んだ。
「捨て猫かな」
「たぶん」
「どうしよう」
「どうしようって……」
二人は顔を見合わせた。
連れて帰る?
でも飼えない。
置いていく?
それも嫌だった。
「うーん……」
玲奈が悩む。
珍しく真剣だった。
やがて。
玲奈は立ち上がった。
「よし」
「なに?」
「飼ってくれる人探そう」
「そんな簡単に?」
「やる前から諦めるのはよくない」
玲奈はそう言った。
そして本当に。
近所中を歩き回った。
商店街。
公園。
住宅街。
知り合いの家。
夕方になるまで。
諦めずに。
結局。
商店街の花屋のおばさんが引き取ってくれた。
帰り道。
「疲れた……」
美香はへとへとだった。
玲奈は笑う。
「でも良かったじゃん」
「まぁ」
「猫も助かったし」
夕焼けが二人を照らしていた。
その時。
美香は思った。
玲奈は馬鹿だ。
お人好しだ。
面倒事に自分から突っ込んでいく。
でも。
そういうところが好きだった。
***
ある日の昼休み。
校庭で遊んでいた玲奈が盛大に転んだ。
何もない場所で。
本当に何もない場所で。
派手に。
「うわぁ!」
砂煙が舞う。
周囲が静まる。
一秒後。
爆笑が起きた。
「玲奈!」
「大丈夫!?」
「今の何!?」
玲奈は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「笑うなー!」
その姿がおかしくて。
美香まで笑ってしまった。
玲奈が振り向く。
「美香!」
「ご、ごめん……」
「笑った!」
「だって……」
「裏切り者!」
玲奈は本気で怒っていた。
けれど。
五分後には一緒に笑っていた。
そんな子だった。
***
季節は少しずつ流れていく。
春が終わり。
夏が近づく。
気付けば。
二人は毎日一緒にいた。
学校でも。
帰り道でも。
休みの日でも。
それが当たり前になっていた。
あの日。
転校してきたばかりの玲奈が、『親友になるから』と言った時。
美香は変なことを言う子だと思った。
けれど。
今なら分かる。
玲奈は最初から本気だったのだ。
人との距離を測るのが苦手で。
思ったことをそのまま口にして。
勝手に隣へやって来る。
そんな玲奈だったから。
気付けば。
私の隣にいるのが当たり前になっていた。
そして。
まだ知らない。
私たちには、これからたくさんの時間が待っていると思っていた。
ずっと。
ずっと先まで。
一緒にいられるのだと。
そう信じていた。




