第八話、レメイラにようこそ。
粒子雲霊種足るクゥレの秘策、深海石融合作戦により海底神とその取り巻き妖怪は苦しみ悶え暴れ回ることとなった。
ひどい暴れっぷりに心配になったが、クゥレもツィヤも大丈夫だと言う。いつになったら収まるのかと見守っていること数十分。徐々に海底神は大人しくなり、いつの間にか海も凪いで波一つ立たなくなっていた。
「終わった、のかしら」
「終わったんですかね……」
傍で自動翻訳が呟きを拾う。リィムさんが心配そうに神様を見つめていた。
忘れそうになるけど、あの神様と妖怪ってリィムさんにも見えてるんだよね。ビルサイズの頭三つの海蛇とか恐怖でしかないと思うんだけど、よく普通にしてるよ、この人たち。いろんな種族と会って話してるだけのことはある。さすがはリィムさんだ。強くてかっこよくて凛々しくて綺麗で可愛い美人な人。
『リィムさん……』
罪な人だ。ここまで僕に好かれて……。
『ツィヤツィヤ。ジンゴが頭わるそうなかおしてる』
『シー。思考回路が狭まり視野狭窄に陥っているのでしょう。人間にはありがちな状態です』
『だから暴言が直接的過ぎるって……』
クゥレもひどいけど、ツィヤも大概やばい。論理的に僕が阿呆面曝してることを説明してこようとしてくるから結構ダメージが大きい。視野狭窄はね。普通に辛いから。
『はぁ……。それで、海底神はどうなの?動き止まったけどさ』
三つの蛇頭が揃って首を垂れて海上にへにょりと倒れている。妖怪たちもぐでんと力を抜いたままだ。一見死んでいるようだが、一切傷はなく近づけばきちんと呼吸もしていて生きている。
あとどれくらいかかるのか。その程度は知っておきたい。
『んー、もうそろそろだと思うぞ』
『シー。そろそろでしょう』
二人が声を揃え、そろそろ?と問いかけようとした時にそれは起こった。
「きゃっ」
「わきゃっ」
光だ。
視界いっぱいに柔らかな光が広がる。目が見えなくなるくらい明るいのに、痛みはなくむしろ心地よささえ覚える。そんな光が、辺り一帯を包み込んでいる。
リィムさんの可愛い悲鳴に意識を奪われないくらい、今の僕は気分が穏やかになっていた。
徐々に収まる光と、視界に映る景色の変化。
凪いだ海は変わらず、雪空も変わらず、ツィヤとクゥレも、リィムさんもハユレさんも変わらず。海底神と妖怪は――。
【――おお、おおお】
三つ蛇は。
【おおおおおおお!!】
僕らが勝手に海底神と名付けた神様は。
【おおお!】【おおおお!】【おおぉぉ!!】
三つの顔すべてから滂沱の涙をこぼして叫んでいた。
『ぶい!』
隣でドヤ顔を見せるクゥレ。
『はいはい。すごいすごい。クゥレすごいよ』
『んふふー、もっと撫でていいぞー』
なでりこなでりこと頭を撫でておく。雑だけど、実際すごいからね。この子。すごすぎて僕の心が追い付けないよ。
嬉しそうなクゥレを他所に、号泣している妖怪、神様を見やる。
少しずつ泣き止み、何かに気づいたのか僕を見つめてくる。変わらず妖怪は僕ら世界の狭間組を見えないのか、じっと見てくるのは三対の瞳だけ。蛇神様の目がじっと霊体を捉えている。
よく見ればこの神様、身体に通っていた黒い血管が黄金色になっている。妖怪たちも黒の瘴気をなくしてその辺の妖怪みたいになっているし、これが元の姿かと思うと納得がいく。
【人の子……】【否、霊の子】【否定、神の子】
【神の子ではない】【うむ。神ではない】【疑問、誰の子】
【祝福の子では?】【異界の子であろう】【理解、異界の子】
【異界の子ですか】【うむ、異界の子】【感謝、異界の子】
うわー、やばい。
全部思念だー、これ。
『あー、えー、どうもこんにちは。僕は石海甚伍。たぶん、あなたがたの居た世界で生まれました。地球の、日本の、東京の宇美花市出身です』
自己紹介は大事だよね。三蛇から話しかけられて頭の中おかしくなりそうだけど、そこは僕の怪異経験値でどうにかしていこう。なんだよ、怪異経験値って。
【人の子ですか】【人の子と言うか】【理解、吾は深満西ノ海蛇】
『ど、どうもフカミツニシノカイジャ様……深満様とお呼びすれば?』
【おお、おおお……良き人の子よ】【我らが再びそう呼ばれるとはな……】【感謝、石海甚伍、吾感謝】
『えっと……すみません。さすがに三人同時だと僕の頭が追い付かなくて、すみません。お一人ずつでお願いしたいです』
顔を突き合わせてふむりと頷く深満様。のっそり頭を垂れたのは真ん中と右の蛇頭で、左の人が僕と目を合わせてくる。口を開いたりしないので誰が話しているかわからなかったが、今からはたぶん左の人が話をしてくれる。ちなみに三蛇の見分けは付かない。だって違いないし。
【私が話しましょう。石海甚伍】
『ありがとうございます。よろしくお願いします』
【ええ、石海甚伍。改めてあなたがたに感謝を。あなたと……その者たちは】
『そうでした。紹介しないとですね。深満様をこの世界、レメイラと紐づけるために協力してくれたクゥレとツィヤです』
『よろしくー。ふふー、たっぷりかんしゃしていいぞー』
『共星種、情報群体の個体名ツィヤです。無事意識を取り戻したようで何よりです』
おお、なんだろうこの感覚。すごいな。
【お前たちがこの世界の人の子か……どの世でも人の子は変わらぬものか】
「お初にお目にかかります。ここより東に立つレメイラ第十七都市にて異種族との交流を担当しているリィム・シィステラです」
【そうか。レメイラ……あぁ。わかるとも。曲がりなりにも神格を得た身。世界の知らせが我が身に届く】
眼下では人と神様の対話が始まり、隣、目の前では粒子雲霊種、共星種、神様、そして霊体の僕と全員が全員違う種族の対話が始まっている。
地球で、日本で神様と話した時は他に誰もいなかった。守護霊さんがいたにしても、目に見えないから実質ほぼ僕一人みたいなものだった。それが今は異世界で出会った仲間二人と、取り憑いている先の人間とその同僚と一緒で。一切気負わずに話すことができる。
いいな、って思う。
日本でも、僕の生きる世界でもこうあれたらなって。守護霊さんとも、こうして並んで妖怪対話にでも臨めたらいいなって。怪異は嫌だけどね。普通の妖怪ならいくらでも。怪異じゃなければさ。
『フカミツはもうげんきになったか?たりなかったらもっともってくるぞ』
【いいえ、クゥレ。おかげさまで私は万全です。それこそ……ええ。全盛期には及びませんが、ひっそりと暮らす分には支障ないほどです】
『そっかー。ならよかったな。われもがんばったかいがある』
【ありがとうございました。クゥレ】
『興味深いですね。神格はほぼ失ったはずですが、それでも世界の声を耳にすることができるのですね』
【ええ、そのようです。ここは良い世界ですね。海の声が、よく聞こえます】
じーんと遠くどこまでも広がる海を見つめ、神様が呟く。
言葉は返さず、静かに頷いた。
僕はレメイラのことを詳しくは知らない。リィムさんから聞いた話と、ツィヤから聞いた話と。それと、僕自身が見聞きしたことと。知っている範囲なんてきっと、十七都市周辺のことだけだろう。
リィムさんのお父さんのような軍人がいるってことは、争いもあるんだとは思う。異世界と繋がって、全部が全部平和穏健な種族なわけがない。現に今だって空の上で宇宙人同士の争いが起きている。しかもどうやら見た目は人間な異星人っぽいのだ。起源は違えど同じ人間でさえ争いを起こすのに、見た目も文化も生活スタイルも違う異種族相手に争いが起きないわけがない。
そんな世界で、そんな不安定なレメイラという世界ではあるけれど。
それでもきっと、レメイラは平和なのだ。遍く広がる魔法術と、海に浸透した深海石の力。国を制し、海を制し、星を制したレメイラの人たちは、海を尊び海に感謝を忘れず生きている。
自然と共に生きる。科学ではなく、魔法術という超常と共に生きているからこそ、レメイラ人は海を愛しているのだ。
海より出でて人々の信仰に依り生きた深満様にとって、海を愛する人に囲まれた星はきっと、永遠に揺蕩っていたいと思えるほど居心地の良い場所なのだろう。
部外者の僕が言うのはおかしいかもしれないけれど、同郷の者として、レメイラに降り立った先達として言葉を贈ろう。
『深満様』
じっと僕を見つめる人を見つめ返し。
神様ではなく、ただの一種族として生きるこの人に。
『レメイラにようこそ』
柔らかく微笑み、歓迎の一言を贈った。




