第二十九話、ハロウィンと悪霊と後日談。
――その後の流れ、というか怪異解決後のお話。
怪異、ハロウィンの悪霊による空間隔離が終わって、現実の東京スカイフラワーガーデンに戻った私たち。
周囲には倒れた人たち。すぐに目を覚ますだろうとのことで、霊術師たちの人が協力して簡単な幻惑をかけることになった。
幸いにしてその時の時刻は十八時少し前。異空間でのおかしな時間経過はなかったことにされていた。それでも過ごした時間分は現実の時間分として換算され、現実でも大体一時間が経過していた。
気絶していた人たちには揃って白昼夢でも見たことにしてもらい、異常がないことを確認して自然な流れで意識を誘導し家に帰ってもらった。
霊術師や妖怪が集まると便利ねーと、甚伍と二人感心していた。
甚伍はカボチャマントの仮装したままだったけど、ハロウィンだし落ち着くまでそのままでと竹林さんに言われそのままの姿でいた。私には子供にしか見えなくても他の人には大人に見えているので、写真撮影を頼まれたり頼まれなかったり。家の子が意外に乗り気だったことは予想外――でもないわね。うん。
状況も落ち着き、仮装もやめていつもの甚伍に戻って少し。
軽く庭園内を見て回ればあれだけ盛んに咲いていたマリーゴールドの数がわかりやすく減っていて、咲いていたところには普通のお花が咲いていたりバラがあったりした。それでも点々とマリーゴールドの明るい色は園内に見られ、私はひっそり微笑んでいたりした。まあ甚伍にはすぐばれちゃったけどね。ちょっぴり笑い声漏れちゃってたし。
現実世海に戻ってもまだ普段とは比べものにならないほど、それこそ異様な霊力を持っていた甚伍も時間経過で元に戻っていった。あれはあの場所、あの空間だけの特別なものだったから。副作用もなく、いつも通りに戻った……と言い切れればよかったのだけど、ちょっぴり霊感みたいなものが強まったみたい。私のいる位置がわかりやすくなったよ!とか言い始めて少しドキってしちゃった。本当に少しよ。
霊力も抜け切り、そろそろ帰ろうと話して霊術師の人数人(竹林さん、日村さん、水道さん)と連絡先を交換して、庭園を出てから天狐ちゃんの瞬間移動で帰宅した。
時刻は十九時前。
甚伍の両親には先に部活行くとか自習するとかそれっぽい言い訳を並べていたので心配をかけずに済んだ。時間もそんな遅くならなかったのもあるかもしれない。
家に帰ってご飯を食べて、歯磨きをしてお風呂に入って。
先に部屋に戻ってベッドを占拠していたミドリと天狐ちゃんに苦笑しながら椅子に座る。私は甚伍の傍後ろ上空に位置取り、いつもの場所でほっと息を吐く。ゆったりとした気分で気が抜けてきたところで。
(――守護霊さん)
私と同じくぽやぽやしていた様子の甚伍からお声がかかった。
『なにー?』
緩く返事をする。
今日はもうゆるゆるモードよ。私、疲れちゃったし。
(結局、今回の怪異は何だったのかな)
ちらと少年を見て、彼特製の怪異調べノートを開いているのを確認する。
どうにも、今回の怪異の原因と解決方法を書きたいらしい。私もノート作るのには賛成なんだけど……。
『……ハロウィンの悪霊じゃなくて?』
ごめんね、こんな答えしかできなくて。今ちょっと頭回らないのよ。
(それはそうなんだけどさ……。色々ありすぎて頭の中まとまらなくて。一緒に整理しようよ)
『んー……しょうがないわねー』
疲れていても、私はこの子と違って精神的な疲労だけだから。
お願い!なんて上目遣いされたら応えてあげたくもなっちゃうわ。私、甚伍の守護霊だもの。
『順番にいきましょう?今回の怪異、名前は……”ハロウィンの悪霊”でいい?』
(うん)
『じゃあハロウィンの悪霊が、名前の通り悪霊っていうのは大前提ね?』
(そうだね)
『天狐ちゃんの話だと、悪霊は悪霊でも二つの側面を持っている悪霊、って話だったわね』
(うん。それが普遍的な悪霊とハロウィン――転じて死者の日の悪霊の二つだよね)
『ええ。でも……ねえ甚伍?死者の日とマリーゴールドって別物でしょう?』
(うん、別物。ハロウィンの翌日が死者の日ではあるけど、そもそも成り立ちとか発祥の国とか違うはずだから、文化的に別物だよ)
『ならなんでハロウィンの悪霊なの?実際の死者の日、十一月一日と二日に現れた方がそれっぽいじゃない』
マリーゴールドの道だって、当日の方がしっかりと縁ができて形になっていたはず。
ハロウィンじゃ色々と中途半端で結局浄化されちゃったし。死者の日そのものなら日を跨ぐまで待ったりしなくてもよかったんじゃないかしら。
考えながら尋ねると、少しだけ悩んだ顔を見せてすぐ答えをくれる。
(いくつか理由は考えられるよ。ハロウィンの方が日本で一般的だとか、東京スカイフラワーガーデンがハロウィンの催しを開いて、そこに霊力持ちが集まるイベントもあって目印にしやすかったとか)
『……なるほど』
(その中でもきっと一番の理由は、あの悪霊が”ハロウィンの悪霊”だったから、かな)
『ハロウィンの悪霊だったから?』
(うん。ハロウィンだったからこそ生まれた存在で、そもそもからしてハロウィンの悪霊っていう概念だったんだよ。たまたま死者の日が日付的に近くて、マリーゴールドがお花の庭園で咲いてて利用できて、本当にその辺はただ利用できたから利用した、きっとそれだけだと思う)
『……そっかー。怪異だものね』
(うん。怪異だもん)
理屈よりも直感的に。
誰かが仕組んだように見えてもただの偶然で。
怪異だから。
そういうものだからと受け入れるしかない。そうじゃなきゃ怪異なんて呼ばないし、呼ばれない。
『ハロウィンの悪霊がちゃんと怪異らしかったっていうのはいいとして……次は何をしたかったのか、ってお話』
(うーん……里帰り?)
『言い方言い方。里帰りっていうか、現実帰りでしょ』
(そうとも言うね)
『現実に出て、その後は?』
(どうだろう?外に出ることが目的だったと思うから……人の身体乗っ取るだけ乗っ取って普通に暮らしてたかも)
『……それはそれで嫌ね』
(ね。……守護霊さんは僕の身体乗っ取ったりしないの?)
『できないからしないわ。例えできたとしても……乗っ取って何するの?』
(え?それは……えっちなこととか?)
『ふふっ、うふふ。お子様みたいなこと言うわね。ふふっ』
(ぬぅ……何も思いつかなかったんだもん。しょうがないじゃん)
拗ねる甚伍をなだめながら、こみあげる笑いを押し殺す。これ以上笑っちゃうのは可哀想だもの。
気を取り直して、悪霊の目的が終わったから次は手段についてよ。
『それ、で。手段は?』
(外に出るための?)
『ううん。乗っ取るための』
(あー……今だから言えるけど、条件はおそらく一定以上の霊力と時間の経過だと思う)
『ふむふむ。理由は?』
なんとなく私にも想像付くけど、一応聞いておく。
(霊力に関してはカボチャから生命エネルギー?とか奪って、あとたぶんあの結界内に閉じ込められて時間経過で僕らも霊力奪われていたと思うからその二つ。時間の経過に関しては今言ったのと、やっぱりハロウィン当日から死者の日に移り変わる瞬間が現世に移動するのにちょうどよかったからっていうのの二つ)
『じゃああのまま結界内部で翌日迎えてたら、私たち全員大変なことになってた感じ?』
(守護霊さんは大丈夫じゃない?たぶん存在する空間が違いそうだし)
『私を除いて?』
(うん。天狐さんもいたからねぇ。霊力の収奪には最高の環境だったのかも。霊術師の人もすごい霊力持ってたっぽいしさ)
『……よかったわね、なんとかできて』
(本当だよ。よかった、なんとかできて)
改めてほっと一息。
(守護霊さん。存在、目的、手段と来てあとは解決方法だけど……)
『……正直そこが一番よくわかってないのよ、私。仮装して直接戦ったあなたの方がわかってたりしない?』
(いやそれが曖昧でさ。もちろん記憶には残ってるよ?けど、こう、説明が難しい。なんていうのかな。……守護霊さんはカボチャエネルギーの原理がわからない感じ?)
カボチャエネルギーかー。
それこそ謎だらけの部分よね。収穫祭だとか自然の産物だとか、植物としての生命力だとか、意味合いとして理解はできるのよ。でも、それが何をどうやったらあれだけ大きな霊力に変換されて、利用可能なものになったのか。あと、甚伍がカボチャエネルギーを利用し返したのもやっぱり意味わかんない。
『そのカボチャエネルギーって何なのよ』
(え?うーん……僕も使ったからわかるけど、力の形としては霊力だったんだよね。でも、大元はカボチャが持つ生命エネルギー、つまるところの龍脈から得たものだと思うんだ)
『……りゅうみゃく?』
どこかで聞いたような聞いてないような?
(龍脈はあれだね。天狐さんも言ってたけど、大地の下を巡る霊力の通り道、みたいな?)
『あー、あれねあれ。龍脈。うん。なんとなく聞き覚えある』
天狐ちゃんが言ってたで思い出した。
要は星脈みたいなものでしょう?それならわかるわ。
(龍脈からあふれるエネルギー自体には正も負もないんだけど、ほら、カボチャって植物じゃん?)
『そうね。お野菜ね』
(うん。地上で生命として循環する一種なわけで、当然持ち得るエネルギーも正に傾くんだよ)
なるほどなるほど。大体わかった。
『悪霊は負のエネルギーで動いていたから、カボチャから取り込むエネルギーは効率が悪かったってことね』
(うん。逆に僕は仮装して正のエネルギーのまま効率よくカボチャを利用して、ついでに悪霊が利用していたエネルギーパスも奪い取ったからどんどんこっちが強くなったって感じ)
『ふーん。その奪い取るのはどうやったの?』
(……それがよくわからないんだ。攻撃したら勝手にこっちに流れが来たから)
『そ。わかったわ。とにかくそれで悪霊討滅完了したのね』
(うん。長いハロウィンだった)
そう言ってペンを置き、椅子に座ったまま大きく伸びをする。
くぅぅ、と小さく声が漏れていた。
ひとしきり甚伍が身体を楽にしたところで、最後に一つだけと聞かせてもらう。
『ねえ甚伍。結局、ハロウィンフラワーガーデンって何だったの?』
”ハロウィンの悪霊”の目的から浄化まで全部お話してきたけれど、私たちの訪れた東京スカイフラワーガーデン、の裏世海にあるハロウィンフラワーガーデンがいったい何だったのかは聞いていなかった。
霊術師が集まっているとか、妖怪が集まっているとか。天狐ちゃんに連れられて行ったけど、これに関しては最後までなんにもお話がなかった。
(えー……うーん)
私の疑問を聞き、ずいぶんと悩ましげな顔をして唸る。
ちらりとベッドの天狐ちゃんを見て、再度難しい顔をする。
この子、天狐ちゃんのこと起こすの躊躇ったわね。まあ、うん。別に私もそこまで細かく知りたいってわけでもないから。
『ん、いいわよ。わからないままでも』
(あー、いいの?)
『ええ。そういう世海があってもおかしくないもの。妖怪関係なら、下手したら私たちより桔葉さんの方が詳しいかもしれないし』
(それも、そうだね……うん)
可愛い小狐ちゃんを起こすのは忍びないので、ここでひとまずハロウィン事件についてのお話は終わりとさせてもらった。
ハロウィンフラワーガーデンに関しては、きっと霊術師の組織とか妖怪の団体とか、そういう私や甚伍の知らない何かが関わっているんだと思う。いつか知ることになるとしても、それはきっと今じゃない。そういうことがあってもいいはず。
『……ふぅ』
先の甚伍同様、私も少し身体を楽にし、気持ちも楽にする。
少年から目を逸らしベッドを見ると、変わらず一匹と一羽はすやすやとしていた。のんびり平和で羨ましいこと。
ぼんやり考えつつも、寝る準備を整える部屋の主を見守る。
お手洗いとか、寝巻きとか、お水とか。
色々済ませてのそのそとベッドに潜り、リラックスした様子でほんわかした笑顔を見せる。可愛い。子供らしい表情は結構珍しいので見ていてこっちもほんわかする。
ちなみにベッドにいた小狐と小鳥は揃って枕元に場所を移されていた。
天狐ちゃんは当然のようにお布団に入り込んで、ミドリはそのままの体勢でまた眠り始める。一人と一匹と一羽の平穏な光景に頬が緩む。
電気が消され、聞こえてくる"おやすみなさい"の声に同じ言葉を返し、私もそっと目を閉じた。
長かったハロウィンが終わる。十月が終わり、十一月がやってくる。
夕枯れの終わりか、冬の足音か。今後を見据えると、もう少しだけ波乱が起きそうで安心し切ることはできず。それでも今だけは、十二分に落ち着いて心穏やかでいられた。




