第二十六話、天狐ちゃんとマリーゴールドと霊術。
「石海君は世話が焼けるなぁ」
「すみません、ありがとうございます」
「ふふふー、ええよええよ。わてと君の仲やもん。気軽に頼ってなぁ」
「僕と天狐さんの仲……?」
「……そこで疑問に思われるとわても困るわ」
「冗談ですよ冗談」
「……わかりにくいから急に言うのやめてな」
「ふふ、はいっ」
”困ったご主人様やなぁ”と、鞄に身体を収めて顔と丸い上半身だけを外に出した鳥へ、純白赤目な小狐が話しかける。話しかけられた鳥――ミドリは眠たげに目を細めて……そのまま閉じちゃった。この子、寝てばっかりだけど大丈夫かしら。
霊体の手で小鳥の羽毛を撫でてあげて、甚伍にも撫でるついでに霊力を与えてあげるようお願いしておく。伝えてすぐ、男の子の手がやわやわと動く。ミドリに変化はない。けど、心持ち雰囲気が柔らかくなった気がする。
『……うん』
一つ頷き、しゃがんだ体勢から身を起こして立ち上がった。
動物との触れ合いはさておいて、そろそろ始めた方がいいかもしれない。
『甚伍』
(……うん。そうだね)
細かい言葉はいらない。というか、私たち天狐ちゃんに言われたことやっただけでそれ以上は聞いていないし知らないから。さっきお話してきた霊術師三人も天狐ちゃんに合わせるって言っていたし、今回の怪異は今のところ本当に天狐ちゃんにお任せになっている。
「天狐さん。そろそろお願いします」
「そやね。けど石海君。もう服乾いた?寒あらへん?」
「あ、あはは。大丈夫です。ありがとうございます」
場所はハロウィンフラワーガーデンの入口近くにある門。
この場所に避難してきた妖怪や人は多く、全員が私たちよりも後ろに、それこそ庭園入口すぐのところにいる。もちろん自動ドアが動くわけはなく、それでも悪霊から一番離れた場所だから安心するのかもしれない。
遠巻きに私たち――というより天狐ちゃんを見ているような気がするのはきっと気のせいじゃない。でも気にしない。そういうこともあるわね。天狐ちゃんは天狐ちゃんだもの。
甚伍は(ミドリも)先ほど大雨に降られびしょびしょになってしまったので、天狐ちゃんの操る火で暖を取らせてもらっていた。あと乾燥も。
尻尾の先から出した火の玉が空中低位置に留まり、そこから暖かい空気が吹き付けてきている。風の強さや流れだけでなく、暖かさも自由自在に変えられるらしく髪だけでなく服を着たまま簡単に乾燥できた。甚伍があったかさにほんわかした顔見せてたのも可愛かったけど、ミドリが羽毛膨らませてふわふわに乾燥させられているのがまたすっごく可愛かった。
時間にして一分程度の乾燥が終わり、天狐ちゃんも霊術の行使に移る。
(守護霊さん、天狐さんが意味深によく見ておいてって言ってきたんだけど)
『そんなの私に言われても……』
急に変なことを言われたので、ちらりと小狐を見る。
普通に霊力の高まりが感じられるだけでそれ以上は何もなかった。ていうか私、見たところで霊術のことなんて全然わからないし。
『見ておけばいいんじゃない?私も見ておくわよ』
(そっか……。うん、そうする)
こくりと頷く甚伍に頷き返し、二人で天狐ちゃんを見守る。
どんな霊術なのか。幻惑、悪霊から霊力を隠す幻惑の術を使うとだけ聞いている。術の行使に合わせて前方で激しく燃えたり雨降ったり光ったりしている術も止めるとの話だったので、これで少しは状況が動くと思う。
『あ、そういえば甚伍時間は?』
(え、今聞かれても……ええっと――)
「――これでどうやん?」
『あ……』
(うわもう二十二時過ぎてる――え?な、なに?もしかして見逃した?)
甚伍ごめんね。あなた見逃したかも。
『ごめんね。あなたが携帯見ている間にちょうど幻術発動したみたい』
(ええー……。まあいいけどさ。どうなったの?)
『わからないわ』
(……どういうこと?)
『私が聞きた……ん、何あれ?』
幻惑の術が使われ、何が起きたかって全然わからなくて。ただ前の方での霊力の動きがなくなったことは霊感でわかったけれど、本当にそれだけだった。
だけど、天狐ちゃんの術はそれだけで終わりじゃなかったみたい。
何も変化がなかったように見えた景色が、徐々に徐々にと変わっていく。
(光ってる……?)
ぽしょりと小さな声が横から聞こえてくる。疑問混じりなのは、きっとそれが本当かどうかわからないから。
甚伍には肯定の思念を投げ、光量を増すマリーゴールドたちを眺める。
満開に咲き誇るマリーゴールドたちは、確かに最初から光ってはいた。きらきらと輝いて、びっくりするほど綺麗で見惚れちゃった。けれど、今はその光がどんどんと強くなっている。見てわかるくらいに輝きを増している。
庭園に咲いているマリーゴールドすべてなのかどうかはわからないけれど、そんなの関係ないくらいにマリーゴールドは至るところに数え切れないほど咲いていたから。まるで庭園全体が光に包まれたかのように眩しくなってきて、あまりの光量に顔を逸らして目をつむらなくちゃいけなくなった。
『甚伍、目大丈夫?』
(大丈夫じゃないよー。めっちゃ眩しくて手で目隠しちゃった。真っ暗でなんにも見えない)
『ふふ、そりゃ隠したらそうなるわよ』
私の甚伍がいつも通り可愛くてよかった。
と、軽くじゃれ合っているうちに、ぶわりと強い風が吹いた。
草花を揺らし、ざわざわ、さあああっと自然の音が聞こえてくる。同時、瞼越しに見えていた圧倒的な光量が減っていくのを感じる。光が弱まり、今さらながら花……おそらくマリーゴールドに集中していた霊力が霧散してくのも感じる。
いったい何をしたのか。おそるおそる目を開け、視界が慣れるのを待って少し。
『……これは』
絨毯ができていた。
黄色と、金色と、橙色と。
明るい花が色褪せることなく地面に広がり、通路を埋め尽くしていた。
(守護霊さん?もう目開けていい?)
声を聞いて我に返り、横を見て、ついつい頬を緩める。
『ふふっ』
甚伍が両の手でそれぞれの目を覆うように手のひらを広げていた。そして鞄にいたミドリも、羽毛の中に顔を埋めて完全に顔が見えなくなっていた。どちらも可愛くて、驚きに固まっていた心が解けていく。
(もう、笑ってないでよ。どう?目開けていいの?)
『ええ、ふふっ、開けても大丈夫よ』
くすりと笑いながら伝え、もう一度前を見る。
広がる花の絨毯。輝きは咲いていた時と変わらない。けれど、もうそれは先の短い命でしかない。ちょっぴりの寂しさと、よく考えたら最初から本物のお花かどうかもわからないんだし、という微妙な想いで胸がいっぱいになる。
(……マリーゴールドが、散ってる)
先の私と同じかそれ以上に衝撃を受けた様子の甚伍が呟いた。
そう、マリーゴールドが、ハロウィンフラワーガーデンの象徴とも言えるようなマリーゴールドが完全に散ってしまっていた。




