第二十五話、少年と私と霊術師。
「あの、すみません。今いいですか?」
「あぁ……やぁ、君は妖狐の傍にいた男の子だね……。危ないよ。こんなところまでどうしたんだい」
「実はですね――」
悪霊から霊力を隠すため、三人の霊術師に協力を求めることにした。
一人目は一番近く、私たちを守ってくれていた植物お化け使いの男の人。
つらつらと甚伍が経緯を説明する。
ぼんやりした目で話を聞き、同時に悪霊たちへの対処も続けていた男の人からはあっさりと同意をもらえた。
妖狐の術の発動に合わせるよとか何とか。思ったよりふんわりしてて拍子抜けしちゃったけど、とりあえず一人目は大丈夫そうだったので次に向かった。
二人目は庭園左側で燃えている人。
(おー、本当に暑くない)
植物お化け使いの竹林さんから離れ、少し後ろに下がる。
門付近まで戻り、人や妖怪の間を縫って横道に入った。
火の人はミニガーデン4の上空にいるので、竹林さんよりもっと近づかないと声が届かない。
どこを通るか考え、人が少ないミニガーデン3の中を通っていくことにした。マリーゴールドの輝きが強い花畑は背の高い草花が多く、それでも意外に見通しは悪くなかった。裏の世海に来ても庭園のお手入れ状況は変わっていないらしい。
先に進めば進むほど炎が増えるミニガーデン内を進み、すんなりと抜け出すことができた。当然すれ違う人は一人もいない。
見渡せば骸骨や髑髏が燃え上がり、ちろちらと地面を舐める炎がぱちぱちと音を鳴らしていた。弾けた火の粉が光の粉のようで、眩しさにすっと目を細める。
(うん。こっちも熱くない)
わざわざ私に伝えてくるので、ちらと甚伍の方を見て――。
『――何してるのよおばか』
(何って火触ってみただけだよ)
『火傷したらどうするつもりだったの?』
(……どうしようか?)
『考えてなかったのね……もう、ほんとにおばか。私は治してあげられないんだからね。気をつけなさい』
(うん。心配してくれてありがとう)
『別に、普通よ普通。あなたの守護霊なんだもの』
はぁ、と。ほ、っと息を吐く。
全然焦った様子のない甚伍に私が焦らされて、ちょっぴり叱っても余裕たっぷりでむしろお礼言われちゃって。私の頬が熱いのはきっと気のせい。外が火でいっぱいだから熱いの。そういうこともある。
気を取り直して。
……あんまり取り直せてないけど、ひとまず火は避けて空に浮かんでいる人の真下付近まで近づいていく。
次々に浄化され次々に現れる骸骨髑髏が炎に包まれて落ちてくることはない。最初から地面を歩いているのはともかく、空の悪霊はちゃんと上空で燃え尽きて消滅している。こちらに飛び火してこないからそこは気にしなくて済む。
「すみませーん!」
ミニガーデン4の中心辺りまでやってきて、結構な高さで浮いている男の人に声をかけた。靡くマントで顔がよく見えない。
「は!ははは!――ああ!?なんだァ?ガキか。オレに何の用だよ」
甚伍の呼びかけに応えてわざわざ上空から下りてきてくれた。
ふわっと音もなく私たちの前で止まり、ぎらぎらと燃え盛る火の色をした瞳でこちら(甚伍)を見てくる。
竹林さんは灰色の瞳でぼんやりとしていて、その辺にいそうな特徴のない顔立ち髪型をしていたけれど、この人は違う。
瞳の色だけじゃなくて、髪形もなんていうか……ばーんって。それこそ火みたいに逆立ってる。それどうなってるのって聞きたい。
「ええと、実はですね――」
先ほどと同じ手順で説明していく。
この人の名前は日村さん。髪型の理由は霊術を使うとこうなるからだって。普段はもっと大人しいらしい。オールバックフレアって言ってた。というか甚伍の翻訳で聞いた。意味がわからない。でもうん。ちょこっと気になっただけなのに聞いてくれてありがとうね。
日村さんは甚伍みたいな子供の言うこと全然聞いてくれない――って思ったらそうでもなかった。この場所にいる時点で普通じゃないとかで、意外にあっさり信じてもらえた。タイミングはやっぱり天狐ちゃんの霊術に任せるって。……この人たち、そんな簡単に霊術合わせられるものなのかしら。そもそも霊術って…………。
(守護霊さん?)
『……ん、なに?』
(考え事してた?)
『してた。ちょっぴりね』
(ふふ、そっか。何考えてたの?)
『霊術って何なの?ってお話』
(あーそういうね。……ハロウィン終わったら天狐さんに聞いてみる?)
『それもいいかもしれないわね。今は……そうね。次行きましょうか』
(うん)
よそ見厳禁。
ということで最後の一人、水濡れ雨濡れの人のところへ向かう。
別に日村さんと話し終えたからといって火の勢いが弱まることはなく、悪霊が減ることももちろんない。しょうがないので再びミニガーデンの中を通り、門の近くを通って進んでいく。
『甚伍、ミニガーデン1は入り組んでるから迂回していきましょう?』
(そうだね。僕も同じこと考えてた)
表の世海で入ったミニガーデン1だけど、そこは結構な迷路具合だったから避けさせてもらった。遠回りし、庭園の外壁に沿って歩いていく。ちらほらいる人や妖怪に道を譲ってもらい、マリーゴールドのアーチがかかったところまで来てしょんぼりしている甚伍に気づいた。
『どうかしたの?大丈夫?』
(あ……守護霊さん。うん。大丈夫)
大丈夫と言うにしては結構な気落ち具合だったけど……。と考えたところで、少年の変化に気づいた。
私が影響を受けないから気づいていなかった。この子、水の人の降らせてる雨のせいでびちゃびちゃになっちゃってた。
『濡れてしょんぼりしてたのね……。ごめんね、傘もさしてあげられなくて』
(う、ううん。いいよいいよ。気にしないで。あとで天狐さんに乾かしてもらうから。……それより行こう?)
『ん、わかったわ。行きましょ』
雨濡れで可哀相な少年に付き添い、ミニガーデン2に入る。
ところどころに水溜まりができ、初めて見た時とは打って変わって雨音響く花の庭園に様変わりしていた。こんな状況じゃなければ、雨に濡れながら咲き誇るバラやマリーゴールドをしっかり堪能したかったところ。
日村さんと同じように空に浮かんでいる人に向け、甚伍が声をかける。
「す、すみませーんっ!」
さっきより声が震えているのは雨で濡れて寒いから。
今、十月三十一日だものね。異空間の中だからって気温は変わってないのよ。私にはわかんないけど、たぶん変わってない。雨で体感寒くなって、濡れて実際に寒くなって。そうしたら声も震えるというもの。
気持ち甚伍の傍に寄り、守護霊パワー的な何かであっためてあげるフリをした。フリは大事よ。気持ちはいつか通じるものだもん。
「雨雨水水雨雨――――子供……子供、ですか」
ぶつぶつ独り言を漏らし続けていた人が空から下りてくる
竹林さん、日村さんと会ってきて、またなかなかに見た目から濃い人だった。
長い黒髪がだらーんと伸びて、雨でしっとり濡れているせいか重そうに見える。瞳の色は曇った青色。それこそ曇り空に水の色を垂らしたような、雨水とでも言えそうな色をしていた。
他の二人もそうだったけれど、この人もまた背が高い。私より全然高いかな。当然甚伍より高くて、ほっそりしてるのに背筋が伸びてるからちょっぴり威圧感がある。
「初めまして、ワタシは水道天次と言います。君は?」
「え、はい。石海甚伍です。よろしくお願いします」
「ええはい。よろしくお願いします。石海君」
……え、なに?この人めちゃくちゃ礼儀正しいんだけど。さっきまで狂ったようにぼそぼそ言ってた人とは思えないんだけど……。子供に優しいだけ?いやでも……ま、まあいいわね。お話しやすいに越したことはないもの。
「して、石海君はワタシに何か用事があったのでしょう?」
「あ、はい。実は――」
三度目ともなれば話すのにも慣れ、すらすらと状況を伝えていく。お願いもしっかり伝え、返答も変わらず。
「――そうですか。構いませんよ。タイミングは竹林さんや日村同様、ワタシもそちらの妖狐の霊術に合わせましょう」
「ありがとうございます」
「ですが一つ、石海君にワタシからもお願いがあります」
……そうきちゃったかー。
「は、はい。なんでしょうか?」
「いつか石海君が大きな雨に出会った時、出会いそうな時。ワタシを呼んでください。君からはとても――そうとても良い雨の匂いがする。素敵な出逢いがあるはずです」
「は、はぁ……。えっと、わかりました。天狐さんに少し聞いてみます」
「ええ。あの妖狐――そうですか。天狐でしたか。なるほどなるほど。納得しました。それではよろしくお願いします。石海君、楽しみですね」
「はい……。あの、霊力の件、よろしくお願いします」
「あぁ、そちらもですね。もちろんです。任されました。ふふ、ふふふ……」
笑いながら空へ昇っていく水道さんを見送り、一瞬ぶるりと身を震わせた甚伍を急かしてその場を離れる。
距離を取れば少しずつ雨は弱まり、ミニガーデン1横道の半ばまで戻れば雨そのものはほとんど届かなくなっていた。
(守護霊さん守護霊さん守護霊さん!)
『はいはいはい!なに?』
(何じゃないよ!誰あの人!?)
『水道さんでしょ?』
(そうだけど、そうじゃないよ……)
『……悪い人じゃあ、ないと思うわよ?』
ただの勘だけど。
(……はぁ。変に怖かった。雨の匂いって、どう考えてもいつかどこかで出会う怪異のことじゃん)
『そうでしょうね』
(またよくわからない怪異に遭遇するフラグ立っちゃったじゃん)
『……なるようにしかならないわ。今は忘れましょ?ほら、早く天狐ちゃんに乾かしてもらわなくっちゃ。風邪ひいちゃうわよ』
「くしゅん……」
『ほら?ね?』
(……うん。そうするー)
くしゃみをして自分の現状を思い出したのか、もう一度溜め息を吐いてから足早に門のところまで戻っていく。
色々言いたいこと考えたいこと話したいことはあるものの、それら全部どこかに放って前を見る。マリーゴールドがきらきらと輝く門近くで、見覚えのある小狐がぴょんぴょんと小さく跳ねているのが目に映った。
なんとなくほんわかして、甚伍とあったかくなった思念を緩く交わす。
「くしゅん」
二度目のくしゃみをした少年を急かし背を押して(雰囲気だけ)、ひとまずはと、急ぎ髪の毛服身体を乾かしてもらうべく天狐ちゃんの下へ向かうことにした。




