第七話、キノコとお昼寝とヒクイドリ。
紅葉通りを抜け、飛び出た先でくるりと振り返れば見えたのはイベント会場。
すぐ傍の石柱に貼り付けられた地図を見れば、現在地が"イベント会場"と書かれた地名と重なっていた。もちろん私は日本語が読めないので名称は甚伍情報になる。
『イベント会場って、ここで何かやるのかしら』
(掲示板見てみる?)
『ええ。見てみましょう?』
土の地面を離れ、コンクリートの地面を踏む。感触はない。
冷静に考えるとコンクリートって何よってなるんだけど、甚伍とお喋りしながら過ごしていたら慣れちゃった。詳しい意味を知らなくても単語だけで納得できちゃうことって多いわよね。
いつか私もコンクリートの感触味わってみた――くはないかな。別に。普通に固そうだもの。
『甚伍、何て書いてあるの?』
イベント会場手前、設置された薄赤の掲示板を眺める。日本語解読能力が一切ない私の目にはペラペラの紙が何枚も映っているだけ。意外に写真や絵が載せられているからなんとなく理解できないこともない。部分的にだけどね。
(ええっと――)
甚伍がすらすらと読んでいった紙によると、書かれていたのはほとんどがイベント会場で行われるイベントについてだった。音楽演奏があるよ、演劇があるよ、練習会があるよ、紅葉鑑賞があるよ、天体観測があるよ、観光案内があるよ他色々。期間としては長く、今月来月再来月と、今年いっぱいまでの予定が掲示板を埋め尽くすのように貼られていた。
どれもこれも興味深かったけれど、私的に一番興味惹かれたのは。
『――カエンタケ?』
(うん。カエンタケが発生しているんだってさ)
ぴっと掲示板の貼り紙一枚を指差して言う。貼り紙には写真が載せられていて、写っているのは赤い色のキノコだった。
『……』
あまり嬉しくないニュースだった。そう、これこそまさにニュース。私が甚伍のお家で見ているテレビのニュースと同じ。……ふざけるのはやめにして、真面目に大変なことかもしれない。
『ねえ甚伍、そのカエンタケって危ないものなの?』
(え?うん。食べたら食中毒で死んじゃうこともあるって。触るだけで肌腫れるみたいだよ)
『……そう』
思った以上に危険なキノコだった。普通に毒キノコじゃないの、それ。
(……実はさ、守護霊さん)
『うん、なに?』
(僕、さっきからカエンタケ何度も見てるんだよね)
言われてキノコに向けていた意識を少年の方へと割く。顔を見ればちょうど額から冷や汗をたらりと流しているところだった。
なーんだ。私だけじゃなかったのね。よかったー。……と言えればよかったんだけどね、本当に。
『私とお揃いね。私もさっきから何度も見ているわよ』
びくっと肩を跳ねさせて私のいる方向を見てくる。何よ、そんな顔してもどうせ見えてないんでしょ?もう騙されないわ。
(じゃあさっきから見てきたカエンタケって本物じゃん。え、やばいよね、それ)
『やばいわね。公園の人に伝えた方が――いえ、甚伍、待ちなさい』
(な、なに?急いだ方がいいと思うんだけど……)
焦った様子の少年が善良さに満ちていて守護霊としてとても嬉しい。
けど、それはそれとして今は説明をしてあげないと。
『いい?甚伍。カエンタケが見えていると言っているのは私とあなた。どちらも霊感を持って怪異を目にすることのできる存在なのよ?』
(……そういえばそうだった)
一歩前に踏み出していた足が止まる。
『まずは他の人にカエンタケが見つかったのか聞いてみましょう?公園の管理をしている人なら知っているはずよ』
(そうだね。ちょっと聞いてみる)
こくりと頷く少年を見守る。
私から言っておいてなんだけど、この子誰に聞くのかしらね。さっき通り過ぎてきた建物まで戻るならすごく時間かかるわよ?動物園に行くにしてもまだまだ時間かかるし……。
「あの、すみません」
「おや、どうしたんだい」
「この貼り紙にあるカエンタケって、中央公園のどこかで見かけたりしましたか?」
「いんやぁ、見てないねぇ。探してるのかい?けどカエンタケなんて危ないもん見つけても触っちゃいかんよ?」
「いえいえ、あったら怖いなぁって思っただけです。へへ、ありがとうございます」
「いいよお、別に」
びっくりした。
誰に聞くのかと思ったら通りすがりのお爺さんに話しかけちゃった。ぜんっぜんお話内容わからなかったけど、お爺さんがひらひら手を振って歩いて行ったところを見るに、ちゃんとカエンタケについては聞けたみたい。
『甚伍――』
「すみません、ちょっと聞きたいんですけど――」
……話しかけようと思ったらまた別の人に話しかけて。
結局五人くらいの人に話しかけてカエンタケについて聞いていた(たぶん)。
中学生とはとても思えない行動力と逞しさにびっくりしちゃった。
私、人見知りだからあんまり知らない人にすぐ声かけたりとかできないのよ。お仕事モードの時は別よ?仕事は仕事として割り切れるからいいの。私生活で他人にほいほい話しかけるのは……いえ、もしかしたら甚伍にとって今も仕事みたいなものなのかも。
甚伍が好きなことって部屋でうだうだごろごろしてゲームして寝てることだし。怪異のせいで強制的に外出たり体力付けさせられたりしてるけど、今だって義務で公園に来てるのよね。義務散歩よ、義務散歩。まあ私はお喋りしながら知らないところ歩けて嬉しいからいいけど。
「ふぅ」
会話を終え、小さく息をつく少年に話しかける。
『お話終わった?』
(うん。終わった。誰もカエンタケなんて見かけたことないってさ)
『そう。じゃあ私の推測が当たったってことね』
(だね。さすが守護霊さんだ)
純真できらきらとした眼差しと褒め言葉が嬉しい。照れる。
口元をもにょりと緩め、"そうでしょうそうでしょう?"と言っておいた。表情が見られなくてよかった。定期的にほっぺたゆるゆるしちゃうから、こういう顔はお姉さん的に見せたくない。
『こほん、それで?カエンタケが偽物だとわかったけどどうするの?』
(……どうしようか)
困った顔を見せる少年に私も困った顔を見せる。
どうしましょうか。
『そもそもカエンタケなんて生えてたら危ないわよって話が始まりでしょう?』
(うん。……でもそれが偽物で普通の人じゃ触るどころか見えないなら危ないも何もないかなって)
『問題はどうしてそんな変なもの……仮称偽カエンタケとして、偽カエンタケが生えているのかってことよね』
(……夕枯れ現象に関係あると思う?)
ちょっぴり不安の滲んだ顔。
私もそれは考えてた。考えてたんだけど……。
『……難しいわね』
あるとも言えるし、ないとも言える。
『私たちが今日中央公園に来た理由が、まずヒクイドリの在否を確認するためなのよ。そこで偶然カエンタケなんてものが見つかって――見つかったのは偽カエンタケだったけれど、ヒクイドリですら夕枯れに関係しているか曖昧なところがあるんだもの。ましてや偽カエンタケだなんて不明瞭にもほどがあるわ』
(そう、だよね……)
しょんぼり甚伍。
私もしょんぼりよ。今回の怪異はわからないことだらけで本当に困っちゃう。しょんぼりもしちゃうわ。
(とりあえず、カエンタケは後回しにしてヒクイドリ探そうか)
『そうね。それが妥当かも』
当初の目的通りに行きましょう。ここで立ち止まっていても時間だけ過ぎて無駄になっちゃうもの。ちゃちゃっと探し回って動物園行きましょう。ちっちゃくてもいいから早く日本の動物園見てみたいわ。
微妙にしょんぼりした甚伍と、しょんぼりしつつも動物園見学でちょっぴりウキウキな私と。
一人と一霊並んで掲示板を離れ、イベント会場から先を見て回っていく。
『ふーん……』
緩く鼻を鳴らし、会場を見渡す。
会場というより、やはり広場といった印象の方が強い。
地面がタイル状のコンクリートで作られた円形の広場に、半円状で座席が作られている。座席……みたいな石段だけど。
広さはそこそこ。石段は浅く、幅広の階段が七つほど。地続きの座席は当然コンクリート製なので固く、枯葉が転がり風に吹かれて揺れている。
石段の上はなだらかな芝生となっていて、整備された芝が秋を迎えて色を薄めていた。
石段よりも芝生の方が座席に向いているように感じるのは私だけかもしれない。甚伍に聞いてみたら、僕も芝の方が良いと言っていたので私だけじゃなかった。
振り返ると見えるイベント会場の全景。
やはり広さはそこそこ。緩い芝の丘を登ったおかげで少しだけ遠くまで見える。真っ青な空が綺麗だった。
『変わらないわね……』
ぽつりとこぼす。
蒼天一色。私の世海と同じ色。空の色はどこの世海にいてもとびっきりに綺麗で目を惹かれるものがある。
(守護霊さん?何が変わらないの?)
『ふふっ、なんでもないわ。独り言よ』
聞いてくる少年に首を振って伝えた。そっか、と呟き"守護霊さんも独り言なんて言うんだ"とかおかしなことを言う彼に笑って、私を何だと思ってるのよと言い返す。そうしたら。
(守護霊さんは守護霊さんでしょ?)
とほんわか笑顔で言われてしまった。納得。確かにその通りだった。
空気も和やかに、イベント会場を抜けて草原広場に入る。訂正、地図上だと芝生広場だった。これも甚伍情報による。
芝生の範囲は広大で、すぐ近くに深緑色の木が高く伸びている。等間隔の木の近くには枯れ葉一つなく、公園管理のお手入れがちゃんとされていると窺える。
木の下にはいくつかの木製ベンチもあり、どうにもここから最初に草原広場にやってきた場所まで休憩スペースが続いているらしい。
芝生広場と草原広場を区切るように花壇が置かれ、犬は草原広場に入っちゃいけないようにされていた。だからさっき犬の吠え声が遠くからしか聞こえなかったのかもしれない。
『んー、さすがにこの辺には何にもないわねー』
(そうだね。戻ろうか?)
『そうね。まだ行ってないところを先に行きましょう』
同じところを見回ってもね、ということで今来た道を戻る。
芝生を歩き、芝生で寝転がり、ゆったり時間を使い、うとうとと――――。
『――甚伍?いつまで寝ているつもり?』
「はっ!?」
私が囁きかけると、ぴくりと肩を跳ねさせて跳び起きた。ほっぺたちょっと赤くなってる。可愛い。
『おはよ。お寝坊さん?』
(……寝坊って言うほど寝てないよね?)
『そうかしら?』
(そうです――)
「――よっと……はぁ、日光浴っていいな」
『なんて?』
(日光浴気持ちいいなって)
『あぁなるほど。やっぱりお昼寝してた?』
(……誘導尋問だよ!)
『ふふっ、別に責めてるわけじゃないわよ。ほら、服に芝付いちゃってるから落としなさいな』
「う、ほんとだ……」
せかせかと衣服や鞄に付いた芝を落としていく。ほんのり頬に差した赤みが甚伍の心情を表していて可愛い。
実際私が意識失ってないからこの子がうとうとしてただけっていうのはわかるんだけどね。可愛いから内緒よ。
今の時間は……私にわかるわけないわね。
少年が服装を整えるのを待って声をかける。
『甚伍、今って何時?』
(えっと、待ってね……うん、十一時過ぎだ)
『ふんふん、十一時か。わかったわ、ありがとう』
公園に来てもう一時間以上ね。まあのんびり見ていればこんなものかしら。
『どう?お腹空いてる?』
(え?うーん……まだそんなに?)
『ふふ、なら散策に戻りましょうか?』
「うん」
緑の布団の上で休憩をして、眠気はありつつも元気そうな甚伍と二人歩き出す。
イベント会場を後にし、木々に囲まれた道を落ち葉歩きして進んでいく。枝葉の隙間から横を見れば、下方に大きな建物が見えた。白い建築物が水の通路に囲まれている。地図情報によれば確かあれは温室だったはず。
『ね、これからどっちの道進むの?』
(うーん、守護霊さんはどっちがいい?)
『動物園のある方』
(あはは、じゃあそっち先に行こうか)
『うん』
私の意見で温室方面は後回しにさせてもらうことにした。
落ち葉通りを抜けると、開けたコンクリートの通路が続きその先に上り階段があった。イベント会場の石段とは違う、ちゃんとした階段。
てくてくと上っていく少年と違い、私はふよふよと浮かび付き添っていく。
階段途中で振り返れば、階段の先にさらに階段があり、下までいけば温室付近といった光景が目に映る。そこから先は温室に遮られて見えない。
階段を上り切ると、タイル状のコンクリート地面が続き幅の広い橋となって先へ伸びていた。
橋の欄干に近寄ってみると、下には道路が見えた。車はあまり見当たらないので、そこまで車通りのある道ではないのかもしれない。
橋を過ぎ、辿り着いたのは小さな時計塔広場。花に囲まれた時計塔は可愛らしく、こちらは色とりどりの花で飾られている。生えている偽カエンタケは見なかったことにした。
東西南北どこからでも見えるように時計が中心に置かれ、周囲に緑や花壇が設置されている。円形に配置された花壇を後ろにする形で曲がった長椅子が用意され、椅子自体はコンクリートではなくちゃんとした石で作られているように見える。
芸術品のような淡い水色の柱が長椅子同士の間に建てられ、まるで花びらの形を描くかのように長椅子が時計塔を縁取っていた。
椅子に座って本を読んでいる人もいれば、日光浴でうとうとしている人もいる。
時計塔の周囲は広くもなく狭くもなく、イベント会場とは比にならないほど小さい。けど、公園の中なだけあってしっかりゆったりと過ごせるスペースはある。円形の広場の端っこには別でベンチも置かれているし、風通しも良くて居心地は良さそう。
近くに地図が置かれていたので、甚伍を呼んで現在地を確認する。
(ここ、花時計って言うんだ)
『みたいね』
(そっちが売店で、あっちが動物園か)
『っぽいわね』
(色々あるけど、まずはぱぱっと動物園まで行こう)
『ん、了解』
花時計広場を離れ、上ってきたのとは逆位置にある階段を下りていく。
階段下すぐそこには木造の橋があり、渡った先は一本道となっている。真っ直ぐ進めば動物園、という地図表記だった。甚伍翻訳は完璧。
霊体らしくのんびり少年に憑いて進みながら、橋から横を覗いて下道を見てみる。さっきと違い、今度は舗装された道が見えた。左右を花壇に囲まれた花道通り。
季節柄か咲いている花の数は少ないように見える。これが春だったら、と思わないこともない。
橋を越え、道を進み、動物園手前までやってきた。甚伍情報によると、正式名称は"宇美花中央動物園"らしい。思ったよりちゃんとした名前の割にはこぢんまりとしている。
入口から屋根付きのちょっとしたドームに入り、お金を払うこともなく素通りして先に進んでいく。ドームの中では小動物が飼育されていたけれど、飼育員の人が掃除をしていて全然見られなかった。悲しい。
ぼちぼちと見回り、奥へ奥へと進み、色々と見回り餌やりをしてきゃあきゃあしたり(主に私が)して――――。
『――いなかったわね』
(全然いなかったねー)
結局、ヒクイドリは見つけられなかった。
普通に動物園見て楽しんじゃった。さすがにレメイラにいる動物とは名前が全然違って面白かった。これなら大きな動物園も楽しめそうで、いつか行ってみたくなっちゃった。
ヒクイドリに関しては一切期待していなかったわけじゃないから、やっぱり少しショックは受ける。
とはいえ沈んでいても仕方ないので、そそくさと来た道を辿って花時計広場まで戻る。次は温室方面よ。
(そういえば守護霊さん)
『なに?』
(動物園で何が一番よかった?)
『ポニーよ。仔馬……じゃないわね。あの可愛い馬。すっごく可愛かった。私も撫でたかったわ』
(あはは、だと思ったよ。餌やり出来てよかったね。僕もやったことなかったから結構楽しかったんだ)
『そうなの?ならよかったわ。甚伍はどの動物が一番よかった?』
(僕は、そうだなぁ……。牛かな)
『……あなた、牛みたいにのぼーって過ごしたいだけじゃない?』
(あはっ、ばれてたか)
『あなたの守護霊だもの。それくらいわかるわ』
(さすが僕の守護霊さん)
軽く笑い合いながら階段を上り、花時計広場に戻る。そこまで時間は経っていないため景色が変わることもなく、しいて言うなら遠くの雲が流れて移り変わったくらい――――。
『――ものすっごくヒクイドリいるじゃない!!?』
「――超目立つところにいるじゃん!!?」
日本語はわからないけど、甚伍が私と同じようなこと言ったってことだけはわかる!もう"何か?"みたいな感じですっごく堂々としたヒクイドリがいた!写真の通りね!!どうなってるのよもうっ!!!




