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オカルト科学"界"の僕と多次元魔法"海"の私  作者: 坂水 雨木
第二章(地球)、私と少年と秋の怪異。(前編)
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第二話、"夕枯れ"と少年と私。

 夕方、または夕日。

 日本という国特有……ではないわね。私の世海でも全然あるし。とりあえず夕方、もしくは夕日がある。夕方は時刻として、夕日は現象そのものとして知られている。


 時間帯はおおよそ十六時から十八時にかけて。季節によって変わるのでそこは詳しく言えない。今は夏終わり、秋口と考えたら十七時頃を夕方と言ってもよさそう。


 夕日そのものは簡潔に、太陽が沈んで見えなくなる直前の現象、太陽の色と空の色を言う。空の色は夕焼け空とかも言うけど、現状同じと捉えていいと思う。


 問題は、その夕日がなくなっていること。太陽は惑星の回転に従って少しずつ遠くに見えなくなるのだから、朝、お昼と太陽が普通に見えている時点で夕日がなくなるなんてことはありえない。


 人の目なんてものは見える色だけを捉えていて、だからこそ空の色が青から橙色に移り変わっていくのがわかる。


 だと言うのに、どうしてか夕日がなくなっている。夕方がなくなっている。夕焼けがなくなっている。

 意味が分からない。何がどうなって夕方だけなくなって場面を切り替えたみたいに一瞬で夜になるのか。太陽の沈む速度が速くなったとかそういう話なのか。頭が混乱してきちゃう――というのはもう通り過ぎた。


 既にそんな謎現象を目の当たりにして数日が経過している。

 普通の人が気づかないのはいつも通りとして、私と甚伍が初日気づかなかったのも仕方ないとして、気づいてから観察して夕日消滅現象を発見して対処法が一切思いつかなくて困っているのが今。


 こんな怪異初めてで……出会う怪異はどんなものだっていつも初めてだったわね。


 考えを止め、ノートに現状の情報をまとめていた甚伍へ意識を戻す。

 書かれているのは日本語なので私には読めない。こればかりは最初から諦めているからいいとして。


『ね、何書いたの?』

(うん?えーっとね……)


 どうせ読めないので紙を覗き込むことはなく、彼の近くで窓際に腰かけておいた。足をぷらぷらさせるのは気分的なやつ。幽霊生活、気分は大事よ、気分は。


 甚伍が言うところによるとノートにまとめたことは。


 一、夕方がなくなった。

 二、他の人には見えていないらしい。(妖怪関係者は除く)

 三、今のところ他に問題は起きていない。

 四、原因不明、調査中。宇美花の妖怪から情報待ち。


 とのことだった。

 ざっくり教えてもらったけど、原因調査に関しては宇美花神社の妖怪に任せたのと並行して私たちの方でも行っている。結果は……まあ、うん。これもいつも通りな感じ。


 夕日が消えたのが今から三日前として――それ以前は違和感すらなかったけど、もしかしたらもっと前からかもしれない――妖怪たちには昨日のうちに話しておいた。私たちとしてはインターネットで調べたり実際に夕日を観察したりとしたけれど……全然だめね。情報無し。


 明日から学校始まるし、不思議探究部の部室で文献でもあればと期待してはいる。あと図書館行ったりも。あとあと甚伍が書いたように妖怪からの情報も。危険度は低そうでも異常事態は異常事態だから、出来る限り早めに解決したいところではある。


 何が起こるかわからなくて怖いもの。


(――何はともあれ、明日になってからだね。桔葉(きつば)君とも月曜日くらいに一度報告会しようって話してるし)

『あぁ、そうだったわね』


 そういえばそんな話を聞いたような記憶があるようなないような。

 桔葉さんは神社の巫女(男の子)だし、宇美花様事件で結構仲良くなった。私はともかく、甚伍の良いお友達になってくれて守護霊冥利に尽きる。妖怪仲間も増えて、意見交換できるってだけでなかなかに感慨深いものがある。


『明日ね、明日。……それじゃあ、お茶飲んでお手洗い行って、ご飯食べる前にもうひと踏ん張りだけする?』

「う……」


 話を切り替える意味も込めて言ってみれば、少年らしくない渋い顔で渋苦い声を漏らした。まだまだ全然可愛いのに表情はすっごくお爺ちゃんみたいで面白い。可愛面白い。


(……はぁ、そうする。もうちょっとだけね。夕枯(ゆうが)れのことは忘れて勉強するよ。ちょっとお茶飲んでくる)

『私も行くわ』

(はいはい、知ってる。勝手に付いてきてくださいな)

『ふふ、勝手に憑いて行くわよー』


 言葉のニュアンスが違う気がするのはきっと気のせいじゃない。私、幽霊だもの。


 一階に下りて母親と話をしながらお茶(水)を飲む少年を見守る。一息つき、目を覚ますためか、意識を切り替えるためか顔を洗っている。


 私はふよふよ宙を漂いながら、そういえばと別のことを思う。


 "夕枯(ゆうが)れ現象"。略称夕枯れ。

 夕方、夕日がなくなる現象をそれっぽく言っただけであって深い意味はない。最初、甚伍が"黄昏(たそが)れ現象"とかかっこよく言い始めたけど、意味的にちょっとということで夕枯れにさせてもらった。夕方全般と夕暮れだけじゃ全然意味違ってくるもの。


 お手洗いに行く少年から離れ、先に彼の部屋まで戻っておく。

 ドアをすり抜け、暗い部屋の中いつもの定位置へ。部屋の主が普段使いする椅子の斜め左後ろ上空。窓の外がよく見えて甚伍にも話しかけやすい場所。視界が暗くて上手く見えなくてもちゃんと定位置には行ける、それくらい慣れ親しんでしまった。


 近所の家の明かりがこぼれる夜の景色を眺め、改めて夕枯れ現象について考えてみる。

 思考を意識的に速め、甚伍が戻ってくるまでの時間を伸ばす。


 時計の針がゆっくりと流れるのをちらりと確認し、目を閉じてさっきの情報と私の持つ知識を照らし合わせてみる。


 夕枯れ現象をごく単純に言い換えれば、夕日が消滅する、という一言になる。

 もし私がこれを起こすとして、可能か不可能かを最初に判断しようと思う。


 結論、可能。

 たぶん可能。できると思う。もちろんこちらの世海にいる私じゃ無理だし、レメイラにいて万全に魔法術を使える私にだってできない。一人じゃ絶対に無理。夕日……つまるところの太陽を消滅させるなんてことそう簡単にできるわけがない。


 ただ、レメイラなら。レメイラの持つ技術を結集し、別の世海から得た技術も存分に使って魔法術を行使すれば、恒星の一つや二つ消し飛ばすことはできるはず。……うん。我が世海のことながら凄まじ過ぎる。絶対やらない、ていうか協力する人なんているはずないから起きたりするわけもないんだけど。可能不可能だけ問われたら、可能と言える。言えちゃう。それくらいにはレメイラの魔法術とか異世海の技術はすごいから。


 まず前提がこれとして、規模を小さくして考えてみようかな。

 夕枯れ現象そのものまで落として、夕日を無くす、夕方を無くす。言い方を変えれば夕日を見えなくする。


 そう、夕日を見えなくする。これが結構なヒントっぽい気がしないこともない。

 狭い範囲ならいくらでもできちゃうし、人の目に干渉するような魔法術なら広範囲でもできちゃいそう。幻覚とか幻術とか、そういう類の術なら簡単に使えちゃうから。


 例えば夕枯れ現象が幻覚だったとして、普通の人には普通の夕方のように見えるようにしているとしたら納得がいく。テレビのニュースでも全然夕枯れのこと出てこないし、ネットでも話題になってないって甚伍が言ってたからそこは合ってそう。


 妖怪側の人に夕枯れが認識できているのは幻覚が効きにくいから、とかになってくるけど……夕枯れそのものを隠す幻覚(普通の人向け)と、偽の現実を見せる幻覚(妖怪関係者向け)と、片方効いて片方効かない理由がわからなくなっちゃう。困った。


『……はぁ』


 溜め息を一つ。

 夕枯れ現象が幻覚とかいう妄想はだめね。そもそも神様くらいしか認識できない私に効果ある幻覚とかありえないのよ。ありえたとしたら……まあ、さすがにお手上げかしら。それだけはないと考えておきましょう。神様レベルは考えても意味ないもの。私にも甚伍にもできることなんて何にもなくなっちゃうし。


 夕枯れが幻覚じゃない本物の光景だったとしたら、どうやってアレを起こしているのか。

 どうして夕方だけなのか、夕方という場面を切り取っているのか。時間を切り取るなら私たちが認識できているのもおかしいし…………。


「――ただいまー、守護霊さんいるー?」

『……ん、おかえりなさい。ちゃんと手洗った?あと日本語微妙にわかんないから心で喋ってちょうだい』

(あ、やっぱりいた。手は洗ったよ。日本語のことも了解)


 意識が引き戻される。部屋の電気が点けられ、急に明るくなった部屋に目を細める。海色の瞳をきらめかせる甚伍が美し過ぎて見惚れてしまった。これが世界の至宝よ。


(よし、しょうがないけど勉強もうちょっと頑張りますかー)

『ふふ、応援はいる?』

(うん、お願いします)

『はいはーい。ふれっふれっ甚伍っ。がんばれー!お勉強頑張れー!』

(……いつもながら照れるな、これ。でもありがとう。頑張る)


 頬を薄く朱色に染めて机に向かう少年へ微笑みかけ、さっきまで考えていたことを全部頭のどこかへと放り投げた。

 考えても仕方ないことは考えない。今は目の前の男の子がお勉強に集中するところを見守ってあげなくちゃね。私、甚伍の守護霊だもの。


 少年の背中をぽんぽんと優しく撫で、そっと離れて定位置で身体を自由にする。今日が終わり、明日がやってくる。休日の終わりの、平日の始まり。


 紙をめくり、紙に書き込む音だけを耳に収めて目を閉じる。

 甚伍が勉強を終えるまでしばらく、静かな時間はずいぶんと心地良いものだった。

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