第十一話、粒子雲霊種との対話②
『行こうか』
『シー。はい』
足に力を込め、気合を入れて雲の中に入り込む。
視界が悪い。薄い煙で包まれているかのようだ。かろうじて近くのツィヤの青白い光は見える。
風の音は変わらずうるさく、微かに弱まったような気がしないこともない。雲の中と外、あまり違いはなさそうだ。視界不良は些事である。道先はツィヤが教えてくれるし、僕らが濡れることはないから会話にも一切の支障がない。
ゆっくりと進む途上で少し念力を試してみる。
指先に念力を纏わせ、雲を――水蒸気を切り裂くように指を振るう。
『……』
変化はなし。
やはり常識に囚われているのがよくないのかもしれない。
雲の主成分が水であることは地球科学から見ても明らかだ。それはきっとこちらの世界でも変わらない。地理を考えれば十七都市上空の雲は日本のものより綺麗と言える。塵も灰もなく、科学技術による汚染物質もない。
ここまでは僕も知っている普通の雲と大差ない。
問題はここからだ。
粒子雲霊種。あらゆる粒子を取り込み自らの身体の一部にする。
原理は不明、手段も不明、粒子の判断基準も不明。存在そのものが謎に包まれている高次元生物だ。
彼ら、もしくは彼女らを構成している粒子は既に元の物と異なっている。雪雲が元にあったとしても、取り込まれ同化した段階で雨雲に変わっている。その雨雲だって他の雨雲とは違うだろう。常時雨を降らせ続けることが可能な雲であり、粒子雲霊種の身体の一部でもある。
粒子は粒子であっても、根本的に既存の粒子とは異なるものだと判断した方が良いはずだ。
例えばそう……。
『……位相転移粒子とか』
考案、僕。命名、僕。
けど、意外と悪くない説なんじゃないかと思ってる。常にいろんな位相を行ったり来たりしているのなら簡単に捉えられないのも納得がいく。
そこにあるけど、ない。ないけど、ある。そういった文字通り雲を掴むような代物なら何とか理解できる。
『ジンゴ、この辺りです』
『わかった。ありがとう』
『シー。あとはお任せします』
『うん。任せて』
雲中で止まる。景色に変わったところはないが、ツィヤが言うのならばこの辺りに粒子雲霊種の意識核のようなものがあるのだろう。
『やるか』
呟き、考えておいたことを実行に移す。
作戦その一、通常念力。
手に纏わせてぶんぶんと振り回し、何かに当たったりしないかと探る。当然失敗。続いて近場の雲に念力を使ってかき混ぜてみる。風を起こし、圧を加え、掴み取る。
結果、失敗。
作戦その二、雑念力。
気分は適当。集中力は放棄して緊張感皆無に念力を使う。周辺にぽわぽわと微風を吹かせた感覚があり、吹いて止んでを繰り返す。強弱も意識せず勝手に起きてくれと制御を放り投げた。
結果、失敗。
作戦その三、超強力念力。
フルパワーを使う念力であり、使うと動けなくなる代物。
そもそも使えなかった。失敗。
作戦その四、本命。全身念動力。
指先に纏った念力をゆっくりと引き伸ばすように広げていく。腕、肩、頭、胸、腹、足。
全身を念力で包み込み、その状態を維持する。使う力は最低限。全身を覆うほどとなると気を付けなければすぐガス欠になってしまう。
全身念力を発動した状態で雲の中を漂い、身体に触れるものすべてに干渉していく。僕自身の身体が世界の狭間にあると言うのなら、纏った念力もまた世界の狭間にあることになる。けれど実態はどうだ。レメイラにも干渉でき、同じく世界の狭間にいるはずのツィヤにも干渉できた。
つまりそれは、僕の存在自体があやふやで干渉先も不確定なものになっているということ。
すべてに干渉せず、すべてに干渉する。
自然体で指向性なく全身に念力を纏った僕はそういう状態だった。
リスクはただでさえ不安定な僕がより曖昧な状態に近づいて消滅する……かもしれないこと。でもそれをするだけの価値はあった。だってほら。
【……かゆい】
『――ジンゴ』
『成功だ』
雲の中にいると言うのに物質的な感触があった。念力越しなため感触というより感覚と言った方が正しいが、それはいい。大事なのはその後の声だ。頭の中に直接言葉の意味を叩き込まれるような、声とも音とも取れる不思議な言霊。
『シー。ジンゴ、今の時点で言葉は通じるはずです。会話を』
『え、うん。――こんにちは、粒子雲霊種の人』
言われるがままに声をかける。居場所はわからないのでなんとなく声を張って広く届くようにした。
【……うるさい】
『え、ご、ごめんなさい?』
【べつにいい。それよりおまえ、なに?】
『何って、石海甚伍ですけど』
【イワミジンゴ……へんなやつ】
普通に会話ができて驚きだ。
姿は見えないけど声はよく聞こえる。僕の耳がおかしいだけかもしれないが、粒子雲霊種の人の声から性別年齢を感じる。女性的で子供っぽい、つまるところのお子様(女)だ。
【イワミジンゴ……ながい。おまえ、もっとみじかくしろ】
『短くって名前をですか?』
【うん】
やっぱり幼いな。これ、寝起きだからかな。そうじゃなかったら僕より精神年齢幼いぞ、この人。
『いいですけど。甚伍でいいですよ。甚伍で』
【ジンゴ……うん。ちょうどいい。おまえ、なにしにきた?】
もっと硬い雰囲気の会話になると思っていたから、これはなかなかに気が抜ける。
でもまあ、これならこれでいい。普通に会話出来て普通に場所変えてもらえるならそれが一番だから。
『実はこの空の下にたくさんの人が住んでいてですね。ずっと雨が降っていると食べ物が取れなかったりで大変なんですよ。場所移ってくれないかなと思いまして』
【やだ】
『え、やだ?』
【うん。やだ】
『そこを何とか?』
【やだ】
『もう一声で?』
【やーだー。われ、ここすき。われのばしょここ】
すっごい我儘な子供じゃん。予想外だよ、これ。
高位生物って聞いてたから神様に近いものがあるかと思っていたのに、話してみたらただの子供だった。どうしよう。交渉難しいぞ。
『シー。粒子雲霊種よ。わたしは共星種のツィヤ。ジンゴと共にあなたとの交渉に来た者です』
【だれがきてもやだから】
『シー。はい。わかりました。ですがあなたにとってより居心地の良い場所があればどうでしょう?下の街に住む人々があなたに提供できるかもしれません。それまで眠るのは控えてもらえますか?』
【……うん。わかった。われ起きてる。おまえたちのせいでねむくなくなったし、しょうがないから起きておいてやる】
『シー。ありがとうございます』
『ありがとうございます。ちょっと待っててくださいね』
【うん。まってる】
ツィヤの先導に付いて雲を出る。視界不良の空間から出れば太陽光はなくとも気持ちすっきりした。肌に纏わりついていた(ような気がする)水蒸気もなくなり爽快感さえある(錯覚だけど)。
雨雲の近くにはリィムさんたちがいたので、手を振りながら近づいていく。無論返事はない。
「精霊から連絡がありました。粒子雲霊種との対話に成功したそうです」
「「「おおー!」」」
「しかし場所を移動して欲しいという願いは断られたそうです」
「「「おお……」」」
「より住みやすい場所を提供すると話し、休眠状態に入るのを待ってもらっているので、わたしたちで案を出さなければなりません」
リィムさんの傍上空という定位置で現地の話し声を聞く。
僕らの仕事の成否と課題をツキさんに話してもらったようだ。翻訳はツィヤ。完璧な仕事だった。
この場にいる人はツキさん、リィムさん、知らないお兄さん、知らないお姉さんの四人。お兄さんは青の短髪を切り揃え、お姉さんは金の長髪を緩く巻いていた。瞳の色は濃淡あれどどちらも青色。髪も目も一番綺麗なのはリィムさんだった。ちなみに僕は除く。
知らない二人は会議室で見た記憶があるので、その中から選抜されたメンバーなのだろう。たぶん立ち位置はリィムさんと同じようにそこそこ上の人間。皆難しい顔で話をしている。
リィムさんの傍に来たら雨風の音が聞こえなくなったので、何か魔法術を使っているのだと思われる。さすが魔法。すっごく便利。
『そういえばツィヤ。共星種か知識を共有しているなら僕たちここまで戻ってこなくてもよかったんじゃない?雲の中で君が僕に教えてくれればいいわけでしょ?』
『シー。はい。確かにそうです。ですが粒子雲霊種に声が届く環境で内緒話ができましたか?』
『……難しいね』
『シー。そうです。ですのでこちらに戻ってきました。ジンゴもシィステラ様の近くにいた方が安心するでしょう』
『うん。それはそうだ。ありがとう』
僕らが軽い話をしている間にリィムさんたちの方でも話は進んでいた。
「そもそも粒子雲霊種の方の住み心地良い場所ってどんな環境なのでしょうか?」
「うーん、どうなのかしらぁ。私だったらー……うふふ、日光浴のできるところかなぁ」
「ミィルクさん。我々の基準で考えるのは間違っています。粒子雲霊種の住みやすさを考えるには彼らの立場となることが第一に必要でしょう。粒子を取り込む生態系が確立されているのならば、やはり粒子の多いところが良いと考えられます。私ならば種類問わず雲の多いところを目指しますが……。そうすると、何故十七都市上空を選んだのか疑問が浮かびますね」
「相変わらずソベ君はたくさんお喋りするわねぇ。うふふ、十七都市のお空を選んだのは、ここがよかったからでしょうー?私だってここのお空大好きよぉ?」
「ふむ……好きだから、ですか。好みの問題となると、なかなか難しいですね。粒子雲霊種の方にとって十七都市以上に好みな場所を見つけてもらう、もしくは作るというのは難題です」
「……私たちがいる場所の何を気に入って"住みやすい"と思ったのか知りたいですね。好き嫌いの基準を教えてもらいたいところです」
「そうねぇ……ねえツキさん?精霊さんに聞いてもらうことはできるかしらぁ?」
「はい。少々お待ちください」
リィムさんたちの会話とツィヤの高速翻訳に耳を傾けていたら、急に僕に話が飛んできてびっくりした。役目は終わってもう完全に観戦モードに入っていたんだけど……。もしかしなくてもまだお役目続きそう?
『ジンゴ、聞いていてわかったと思いますが、再び粒子雲霊種のところへ行きます』
『うん、知ってた。おーけーわかった。行くけどさ。ここから粒子雲霊種の人に言葉って届かないの?』
『シー。届きませんよ。粒子雲霊種は思念による会話を行っていますが、届く距離が限られています。またわたしたちの声も彼らに届く距離は限られています』
『要は近くで話さないと声届かないしこっちにも聞こえないってことだね』
『シー。はい、その通りです』
『わかった。行くよ』
しょうがないので一度行き来した道を再び辿る。道筋なんてものは覚えていないし、何なら景色が見えないので今回もツィヤに先導してもらった。
分割②。




