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オカルト科学"界"の僕と多次元魔法"海"の私  作者: 坂水 雨木
第一章(蒼海星)、雪の季節と海上同棲生活の変化。
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第十話、粒子雲霊種との対話①

 粒子雲霊種。またの名を天候種。

 共星種であるツィヤから詳しく聞いたところによると、大枠として天候種があり、その内に粒子雲霊種が存在しているそう。彼ら自身に生態の分類などなく、共星種があらゆる世界を巡りながら位置付けたと言う。


 天候種そのものの絶対数が少なく、名前の通り天候を変えるほどの生態、生活体系を持っている種族を天候種と名付けたとか。現在、レメイラ第十七都市上空に広がる雨雲は件の天候種によるもの。粒子雲霊種が天候種の一種であることの証左でしかなかった。


『……十七都市、ねぇ』


 ぽつりと呟き眼下に広がる街を見つめる。

 楕円形に近い丸形の島。どう見ても自然物じゃない人工の産物。島の成り立ちは知らないが、外周からして明らかに設計されたものを感じる。


 中心にドームがあり、他はあまり統一性がない。住居があり、総合スーパーがあり、図書館があり。大きな建物が密集していることもなく、それぞれの道路は広く作られている。特にドームから四方に伸びる道は幅広で、ここからでも目立って見える。


 十七都市。

 レメイラにて十七都市と呼ばれる街――島の上空遥か高くに僕はいた。


 轟々と風の音だけが響く世界。薄暗く、見上げればのっぺりとした灰色が広がっている。街を覆い、海岸からある程度先まで薄闇は続いていた。太陽が遮られ、代わりとばかりに雨粒が降り注いできている。


 吹き荒れる風に揉まれた雨粒は上から下へと流れ落ちていく。向かう先は十七都市。空から見れば小さな街だ。


 見慣れていたようで本当に知っていたのはほんの一部の道だけ。空から見えるこの小さな街ですら全容を把握し切れていなかった。

 通ったことのない道、訪れたことのない建物。そして名前すら知らなかった街。


 情報を得る手段が乏しかったとはいえ、もう少し積極的に街の中を動き回ってみればよかったと後悔する。


 十七という番号が振られているのだから、きっと他にも似たような人口島がたくさんあるのだろう。

 本当に僕は、知らないことだらけだ。


『――ジンゴ』


 耳の側でうるさく騒ぎ立てる風の音をすり抜け、生物的で非生物的な声が届く。


 下に向けていた目を持ち上げすぐ隣を見る。僕と同じ場所、足場のない宙空にいたのは共星種のツィヤだった。


『もうすぐシィステラ様たちが上がってきます。念力の準備を』

『うん』


 頷き、気持ちを切り替える。

 今は過去を振り返る時間ではない。感傷に浸る時間でも、後悔に酔う時間でも、現実逃避をする時間でもない。


 空の空を見上げ、視界いっぱいを覆う灰色の雨雲を視線で貫く。雲を貫き空が晴れ渡ることはない。一瞬の期待を投げ捨て、改めてと身体を上に向けて動かした。


 雨雲にゆっくりと近づきながら、ちらりと下を見る。晴れだろうが曇りだろうが雨だろうが変わらない白金色が煌めき躍っている。リィムさんがいた。

 視線ごと身体が吸い寄せられそうになるのをぐっと堪え、ツィヤと一緒に上に向かう。空の上、雲の中。粒子雲霊種がいる場所だ。


『……結局、考えても良い案は出なかったね』

『シー。はい。何せ初の試みですから』


 高所の強風など物ともせずに僕らは上へ進み会話を熟す。

 霊体に風の影響はなく、会話も本物の音を使っているわけではない。きっと思念波的な何かが動いてなんやかんやあって会話が成立しているのだろう。そこはツィヤもよくわからないと言っていた。


 上に向かいながら、最終確認とばかりに念力について思考を巡らせる。


 僕が粒子雲霊種との対話を任されてから早数時間。お昼休憩を挟んで即行動となった。僕自身はお昼ご飯を食べることはない(食べられない)ので、ツィヤと二人で念力の使い方について色々と話し合っていた。


 レメイラと世界の狭間への干渉ができて、じゃあ他の次元、他の位相にはどうやって干渉するのか。粒子雲霊種自体がレメイラとはずれた位相に存在するので、そこをどうにか頑張らないと上手くいかない。


 理論上僕の念力ならできるはず、というのがツィヤ含め共星種の出した結論だった。僕も話を聞いてできるはずだと思った。でも今のところできていない。というか、他の位相とか他の次元って何だよ、というところで止まっている。


 言葉の意味はわかる。話は理解できる。

 X軸だけで一次元、Y軸を足して二次元、Z軸を足して三次元。ここまでが地球だ。これに他の要素を足すことで四次元になる。例えば時間の流れ。例えば空間の広がり。


 日本における怪異が生み出す異空間も外界から見れば四次元と言えるような代物のはずだ。

 だから理屈はわかる。他次元とか他位相とか。ファンタジーやSFものを読んできた僕にはわかるのだ。パラレルワールドだとか異空領域だとか、亜空間フィールドだとか。


 ただ、それがわかったからといって"じゃあ干渉できるね"とはならない。


 存在の知覚すらできないものにどうやって干渉しろと言うのか。別の位相ってどこだよ。教えてくれ。


 結果、僕は何の策もなく粒子雲霊種がいるであろう雲を目指し空を飛んでいる。


『…………ツィヤ。ちょっとリィムさんのところ行ってきていいかな』

『シー。構いませんよ。わたしも行きましょうか?』

『そうだね。翻訳してほしいからお願い』

『シー。わかりました。ですがジンゴは無邪気な精霊という設定ですので、あまりシィステラ様と会話はできませんよ』

『うん。わかってる。いやわかってないけど大丈夫』


 納得したくないだけだから。

 相変わらずピカピカと弱く点滅する共星種と並んで高度を下げていく。真下の先の方に見える白金色を目印に近づいていく。リィムさんたちレメイラ一行と共星種のツキさんだ。


「――シィステラ様。あなたの精霊が不安がっているようです」

「ええ……。急にそんなことを言われても困るのですが。何に不安を?」

「はい。どうやら粒子雲霊種との対話方法がわからないようです」

「……今になって、ですか」

「はい。今になってです」

「そうです、か」


 リィムさんがしょんぼりしている。

 普段ならしょんぼりの原因もわからず適当に応援して終わりだけど、今日の僕は違う。


 ツィヤの話を聞くと、リィムさんは精霊()が粒子雲霊種との対話方法をわからず不安になっていると聞いたから沈んでいるらしい。なんだ、僕のせいじゃないか。つら。


(……そうなるのもおかしくないか。私たちの知らない技術体系を持っているとしても、精霊は子供……それも小さな子みたいなものなのよね。マリテュールと同じって、本当に無邪気で無垢な生き物と同じ。わからないことを不安がるのも当然だわ)


 なんだ、リィムさん女神じゃないか。


「ツキさん。ひとまず無理なく出来る範囲でいいからと伝えてくれませんか?お礼もお願いします」

「はい。わかりました」

『ジンゴ、シィステラ様から伝言です。無理せずやってほしいと、そしてありがとうと言っていました』

『――そっか』


 最速で翻訳してくれたツィヤにお礼を述べ、リィムさんの傍に漂う。いつもの定位置。いつもの場所。


 空の上だというのに、気分はいつもと変わらなかった。家で食事をしている時、ドームで仕事をしている時、帰り道を歩いている時。寝る前にぼんやりしている時。


 一年以上積み重ねてきた時間は、やっぱり安心できるもので。

 リィムさんの傍にいるだけで、僕は頑張れる気がしてくる。


 難しい顔で考え込んでいる美人さんの顔を見つめ、髪を、瞳をもう一度目に焼き付ける。綺麗な髪だ。綺麗な瞳だ。いつまでも見ていたくなる。いつまでも傍に居たくなる。


『本当に、リィムさんは綺麗だ』


 見た目の綺麗さだけじゃない。心の綺麗さが、性格の綺麗さが、在り方の綺麗さが彼女には備わっていた。


 かっこよくて、優しくて、気丈で、可愛くて。

 頑張り屋で、寂しがり屋で、我慢ばかりしていて、文句一つ言わない。実直に仕事に取り組み、本気でいろんな世界のいろんな種族の人のためと考えて生きていた。


 もっと我儘を言ってもいいと思うのに、もっと人に甘えてもいいと思うのに。


 僕はずっと、この人の助けになりたいと思っていた。

 リィムさんが肩を預けられるような、少しくらい重荷を分けられるような。寄りかかって、支え木にでもできるような。ほんのちょっとだけでも、この人に信頼され甘えられるような。そんな存在になりたかった。


 一生機会はないと思っていたけれど、思ったよりもこちらの世界は僕に優しかったらしい。

 リィムさんを助ける機会は、今ここに、この瞬間にやってきている。


 "ありがとう"と言われてしまった。無理しなくてもいいと言われてしまった。けれど、そんなの、無理しないわけがないじゃないか。


『ツィヤ。僕、一通り試してみるよ』

『シー。やるのですね。何が起こるかは未知数であり、危険が伴うと伝えましたが』

『うん。僕がやりたいんだ』

『シー。ならば手伝います。場所の指示は任せてください。粒子雲霊種の存在格に近い位置はわたしたちも予測を立てましたので』

『助かるよ。さすがは共星種だ』

『シー。はい。ありがとうございます』


 リィムさんにはただ"頑張る"とだけ伝えてもらい、僕はツィヤと二人で先に空へ向かう。取り憑き相手がかなり上空まで来ているから、僕ももっと上まで行ける。今なら雲の中に突入することすら可能だろう。


 異なる位相の位置がわからなくても、試せることはいくつか考えてあった。

 確かな理論なく実行に移すだけのことだ。怪異への対処を思えば容易い。いつもと同じ。慣れたものでしかない。それに、今はいつも以上に心に火が灯っている。


 リィムさんのためになることをする。あの人の役に立てる。手助けしたいと思った相手を助けられる。これがどんなに嬉しいことか。僕以外の誰にもわからない、僕だけの気持ちだ。


『――その感情は尊敬と思慕の念が混じったものと推測されます。自らが好ましいと感じた存在から頼られたことで得られる精神の充足。(つが)いの関係にある二人がこうした精神の充足を得られず別れることも多い話です』

『今はそんな話いいから。僕の感情は僕の物。リィムさんへの気持ちも僕の物。そこは変わらないからいいの』

『シー。そうですね。ジンゴとシィステラ様が過ごした時間は唯一無二です』


 無粋な話を始めようとするツィヤを止め、切りよく会話を終わらせる。

 僕らの目の前には深く暗い霧のような雨雲が立ち込めていた。

さすがに長すぎたので分割①。

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