第九話、粒子雲霊種への対策。
『ジンゴの力であれば、粒子雲霊種との対話も可能かもしれません』
『……どういうこと?』
『ジンゴの力であれば、天候種との対話も可能かもしれません』
『いや言い換えて欲しいって意味じゃないんだよね』
AIっぽく繰り返されると本当にそれっぽく聞こえてくるから困る。さすが異種族。
しかし、天候種とか粒子雲霊種とかとの対話か。
『シー。そうですか。ところでジンゴは粒子雲霊種をご存知ですか?シィステラ様から盗み聞きしているのなら知っていると思いますが』
急に心外なこと言ってくれるじゃん。盗み聞きじゃないから。……ま、まあ見ようによっては盗み聞きに見えなくもないかもだけど、盗み聞きじゃないからね、うん。
『……えっと、そうだね。知ってるよ。下でしてる会議は――』
言いながら視線を下げる。
「だから言ってるじゃないですか!新しい魔法術を作ればいいって!」
「そんなのできたらこんなことになってないですよ!馬鹿ですか?馬鹿ですねぇ!」
「馬鹿じゃないです!最近だって魔法術作りましたぁ!私は天才ですぅ!」
「結局は水分が多いのだろう?なら一度蒸発させて別の場所で再構成させてみればいいんじゃないか?」
「それだと元の存在と同一と言えますかね。曲がりなりにも知的生命体にその対応は少し……いえかなりよくないかと」
「そうか……。そうだな」
「粒子を取り込むなら徐々に横へ移動させるよう粒子を増やしていったらどうでしょう?時間はかかるでしょうが十七都市上空からはずらせるのではないでしょうか」
「それはただ雲が巨大になるだけでは?」
「……その発想はなかった」
「最初から持っておいてください」
「雨を防ぐか上空で雪に変える魔法術を永続的に使ったらどうでしょう?」
「うーん、燃料の問題はあるけどぉ……環境を変える、っていうのは悪くない手かもしれないわぁ」
「環境?」
「そう。十七都市上空を居心地の良い場所だと思っているから居座っているのでしょう?なら居心地の悪い環境に変えちゃえばいいのよー」
「なるほど……。夏にでもしますか?」
「うふふ、冗談。そんなことしたら作物みーんなだめになっちゃうわぁ」
「ですよね……。季節を変えるのは難しそうですね」
「そうねぇ。作物の問題だけじゃなくて、天候種の人がそれほど大きく取り沙汰されていない今はまだ大きな行動はできないかもしれないわねぇ」
「そう上手くはいきませんね……」
「アタシ、適当にぱぱっと追い出せばいいと思うんですよねー。風でも吹かせてばーんと吹き飛ばせばいいんじゃないですか?所詮粒子生命体ですよね?」
「相手が高位生命体だからといって、そんなことしたら別種族との交流を請負っている私たちが非難されますよ。というか私が責任取らされます。絶対にだめです」
「えーそうですかぁ。考えても答え出ないし、良い案だと思うんですけどねー」
「じゃあハユレさんが責任取ってくださいね」
「絶対無理です」
ものすごくカオスな空間になっていた。
僕が知らない間に会議は紛糾し、結構な勢いで話が飛び交っているように見える。ひとまず何も見なかったことにして、ツィヤに視線を戻す。
『――おおよそは何がどうなっているかわかってると思うよ。たぶんだけど……』
頭の中を整理しながら、リィムさんから聞いたことをツィヤに説明していく。
この会議の議題として、レメイラ上空に漂う雨雲がある。雨を降らせる原因でもあり、実は雨雲はただの雲じゃなくて粒子雲霊種とかいう異世界種族だった。交渉しようにも意思疎通が出来ず、物理的、魔法的手段もだめ。
交渉手段そのものの模索として、眼下の会議は紛糾しているわけだ。
つらつらと聞いてきたことをまとめて伝えると。
『シー。感心です。会話を理解できない割によくそこまで現状を把握できましたね』
『リィムさんがぽろぽろこぼしてくれるからね』
感心したような様子の声が返ってきた。
『言葉を理解できないって言っても……』
話を続けようと思って言ってみて、今さらながらの疑問が浮かび上がった。
『ジンゴ?』
僕の名前を呼ぶツィヤを見つめ尋ねる。
『ツィヤ。君はどうして僕と会話が出来るの?』
そう。そうなのだ。前提としてこれがあった。
話ができることが嬉しくて、情報交換が捗るせいでそれを忘れてしまっていた。
さっきから僕らはずっと日本語で会話をしていた。
リィムさんとのやり取りとは違う。思念として受け取っているわけではない。共星種のツィヤとは憑き憑かれの繋がりがないし、そもそも分裂前のツキさんが僕に話しかけてきた時はレメイラの言語だった。
それが今はずいぶんと流暢な日本語を話すようになっている。
僕から教えたこともなければ、当然日本に訪れたことなんてあるわけがない。
特に不利益があるわけじゃないけれど、日本語による意思疎通が出来るのは今後のためになるような気がしてならない。主にいつかのリィムさんとの会話とか。聞いて損はないはずだ。
『シー。そのことですか。それなら簡単です。わたしたちがジンゴの言葉を解析しました』
『……もしかして、数日前の短い会話で?』
『シー。はい。わたしたちは多くの世界を渡り得た情報を共有内層次元に集積させ独立思想領域へ反映させて……簡単に言うと、集めた情報は共星種全員が共有しているわけです』
『なるほど。ツキさんとツィヤみたいに分かれても、知識っていう面では同じって話かな』
『シー。その通りです。ジンゴの話す言語形態に似たものも共有されています。そのため、言語そのものの解析は比較的容易でした。問題はジンゴが存在する位相――この場への接続をどうするかでした』
難しい話だったけど、僕の頭脳なら理解できた。伊達に本読んでばかりいないさ。
にしても、サクッと言語解析か……やっぱ共星種ってすごいな。
『接続ね。僕のいるストーキング領域ってやっぱりおかしいんだ』
『シー。はい。明確な意識を持った生物が存在していること自体驚嘆に値します。世界の狭間、縦列し上下に外れた階層にあるようなものです』
『……つまり?』
『こんなところにいたら意識が散り散りになって消えるでしょう』
『ええ……』
急に怖いこと言うじゃん。ていうかストーキング領域にツッコミはないのか……。まあそれはいいとして、なんだ、ええと、つまり……?
『……ツィヤ、僕らが今いる場所ってどこなの?僕はリィムさんに見えないだけで幽霊か何かになっていると思ってたんだけど』
『シー、ニー。その解釈は間違っています。そもそも、この場所はレメイラであってレメイラでありません。レメイラに極限まで近く、それでいて決して近づくことのできない世界の狭間。常に揺れ動いている位相になるので、ただの霊体がその身体を保持することはできません』
『……ふむ』
なんだ。要するに?
『……詳しく』
『シー。はい。ジンゴにもわかるように説明します』
ピカピカと点滅して詳しく教えてくれる。
ツィヤ曰く、"世界"というものはそれぞれ幾重もの層により形作られているらしい。まるでそれはミルクレープのように……言い過ぎか。ロールケーキくらいかな。
ロールケーキワールドな世界だけど、宇宙全体が真ん中のクリーム部分として、クリームを包むスポンジが世界膜。外側のクリームが世界の狭間であり、さらに外のスポンジが世界の壁であり他の世界と接する部分でもある。
これらのうち、世界の狭間に当たる部分が僕らのいる場所。
狭間は流動的で安定しないため、内側と外側をあらゆるものから断絶しているとか何とか。その辺は軽く流された。とりあえず僕は普通なら居るだけで千切れて溶けちゃいそうなところで行動しているらしい。
ちなみに僕がこの場にいられる理由は、リィムさんを座標にして思念を固定しているから。ツィヤがここにいられるのは僕を座標にして存在を固定しているから。僕がポルターガイストを使ったから僕の居場所を特定してアクセスできたって流れみたい。あと、ツィヤの場合は世界の狭間でも身体を保てる強度があると聞いた。共星種の技術力が凄まじい。
『色々納得したよ、ありがとう』
『シー。どういたしまして』
ある程度の話を終え、わからなかったこと知らなかったことへの理解が進み満足したところでようやく本題に戻る。本来はこの話を始めるはずだったのに、知りたいことが多すぎて脱線してしまっていた。
『ツィヤ。粒子雲霊種との対話がどうこうって話に戻ろう』
『シー。そうですね。ジンゴ、あなたのポルターガイストはわたしたちのいる位相……世界の狭間から使われています』
『うん。……うん?でもさっき、リィムさんを通じて使っているとか言ってなかった?』
『シー。はい。ですが、あくまでシィステラ様は起点となっているだけです。ポルターガイストそのものは狭間にいるジンゴにより行使されています』
『……つまり?』
『狭間は常に揺れ動いているので、レメイラにて不安定かつ存在位階の異なる休眠中の粒子雲霊種へも影響を与えられるかもしれません』
『ふむ……』
なるほど。なんとなくわかった。
リィムさんのおかげでポルターガイストが使えているとはいえ、僕という個人が力を行使しているのも事実。重要なのは力を使っている場所。世界の狭間なんていうヘンテコな場所からレメイラに念力を届けられるのなら、天候種がいる場所にも念力を届けられるんじゃないかって話。
これはアレだね。日本風にするとわかりやすい。
通常の手段じゃ怪異には触れられないけれど、その怪異に所縁のある物質を通せば接触も出来るようになる。そういうこと。完璧。
『ただし、問題が二つほどあります』
『問題?』
『シー。はい。一つ目はジンゴ、あなたの持つ干渉能力の程度です』
『ふむ……』
『レメイラに干渉できることはわたしも知っていますが、前提としてレメイラ以外の場所――他の位相にも干渉できる必要があります』
『なるほど』
要は世界の狭間だからってレメイラに対してしか念力使えないんじゃ意味ないよって話か。
試したことないからわからないけど、単純に今ここでツィヤに使ってみれば証明になるんじゃないだろうか。僕と同じでツィヤがいる場所はレメイラではなく世界の狭間らしいし。
『ツィヤ。ここで君にポルターガイストを使えたら解決になるかな』
『シー。なります。わたしの肉体はレメイラに存在していませんので』
『わかった。ちょっと試してみる』
返事代わりに一度光るツィヤを前に、いつも通り適度に集中してポルターガイストを使う。今回は何かに纏わせるでもなく直接触れる感覚だ。押し動かすように力を込めれば――。
『――これは』
『どう?僕はできたような気がするんだけど』
感覚的にはいけた。
『シー。興味深いです。本当に。直接触れてわかりましたがこれは不定形のエネルギー……いいえ、むしろ思念の塊とでも言えるものでしょうか。物質的な圧力を伴った思念。念力とはよく名付けたものですね。ジンゴ、素晴らしいです』
『あー、うん。ありがとう』
興奮気味にぶつぶつ呟くツィヤは身に纏った光の衛星を高速回転させていた。目も口もないというのに意外としっかり感情が読み取れる。日本の怖い怪異たちよりもよっぽど友達になれそうだ。
『ツィヤ。一つ目の問題はこれでクリアだよね。二つ目は?』
話を進めるためにも問いかけると、光点の動きも緩やかになってすぐ返事がきた。
『シー。はい。二つ目の問題はジンゴのポルターガイストを利用した対話法をどのようにして会議中の面々へ伝えるかです』
『なるほど。……幽霊がどうとか伝えるのは難しいよね』
『シー。はい。ジンゴの存在を説明するのは難しいでしょう。わたしたち共星種ですらジンゴを発見できたのは偶然に過ぎないのですから。あなたがポルターガイストを使わなければ居所を特定するなど不可能でした』
『そうだよねぇ』
頷き、会議室の円卓を眺める。
僕らがいるのはリィムさんの席の斜め後ろ上空なので、部屋全体を見渡せる。議論は収まる様子もなく続いていた。
ポルターガイストについて説明するのは……何とも難しい。
僕の存在の説明からリィムさんにストーキングしていることも……いやストーキングじゃなくて取り憑きだから……いやいや、むしろそれの方が嫌がる人はいるか。どちらにしろ気軽に言えるものじゃない。
説得力のある言い方ってなると…………。
『……ツィヤ。レメイラの人にとっての超常存在ってどんなのがいるか知ってる?』
『シー。はい。既にレメイラの一般常識ならわたしたちの記録に残っています。宗教観を知りたいのですか?』
『うん。リィムさんたちが信じるものならいけるかなって。神様とか』
『シー。そうですね。歴史書によれば国家統一紛争以前は幅広い宗教もあったそうですが、現代では海そのものが信仰の対象となっているようですね。とはいえそれも海の実りに感謝する、海と共に生きることへの喜びを表したものになるため、"信仰"と呼べるほどの宗教は存在しなくなっています』
『そっか。神様とかいないんだね』
『シー、二―。いいえジンゴ、レメイラにおいて神は実在します。神、精霊、悪霊と幅広く実在が確認されているようです』
『あー、そうなんだ』
そういう感じの文化なのね。おーけー了解。霊体がいるなら幽霊が取り憑いていても……だめか。僕はたぶんその辺感覚麻痺してる。守護霊さんが守護霊過ぎて全部ウェルカムになっちゃってる。それでも悪霊にはお帰り願いたいけど。
『――ジンゴ、驚かないのですね』
『え?何に?』
どうしようか考えていたらツィヤが不思議そうに――雰囲気だけの判断だけど――聞いてきた。
『シー。わたしたちが巡ってきた世界の多くの種族は、神と呼ばれる超常の実在を明確に示すと驚きを見せることが多かったです』
『あー……』
『ジンゴは一般的な人間種に見えます。"日本語"と類似した言語を扱う種族もまた人間種に似ており、彼らも神の存在には大きな感情を持っていました』
『まあ、うん。僕の世界の話は今度するよ。たぶん珍しいと思うから。色々興味あるだろうし』
『シー。はい。そのためにわたしはここにいますので』
興味津々とでも言いたそうにピカピカ光る。
苦笑し、話を戻す。
『神様の実在は置いておいて、精霊や霊体が知られているなら僕をその一種として伝えられないかな』
『シー。悪くない案ですね。しかしレメイラの精霊は意思疎通困難な存在ですよ。もちろん幽霊や悪霊等の霊体もです』
『うあー……どうしよう。そこは共星種の対話能力でどうにかできない?』
『シー。構いませんよ』
『え?そ、そうなんだ。じゃあそれでいこう』
『シー。はい』
思ったより簡単に話は進み、僕とツィヤの会話を共有情報として知ったツキさんが話を切り出す。
「皆様。少々わたしの方で進展があったのでお知らせします」
呼び掛けで静かになった会議室には、ツキさんの声がよく響く。ツィヤよりも声が低いのは生きている年数の差だろうか。それとも生まれから違うのか。興味深い。
僕が理解できないレメイラ語の会話はツィヤが要約して教えてくれた。めちゃくちゃに助かる。本当に助かる。感動しちゃったくらいだ。会話がわかるって……いいね!
「――わたしが接触していたレメイラ固有の精霊の力を借りることで、粒子雲霊種との対話が可能かもしれません。あくまで現段階では可能性の話ですが」
「ツキさんが精霊に接触できたのはわかりますが、精霊にそれほどの知性があるのですか?」
「はい、いいえ。ありません」
「え?それならどのようにして力を借りるのですか?」
「はい。そこでシィステラ様の存在が出てきます」
「……え、私ですか?」
リィムさんがきょとんとした顔をしている。可愛い。
気持ちはわかる。そりゃ急に名指しされたら驚くよね。ごめんなさい。僕が取り憑いているんです。役立つから許して。
「はい。精霊はシィステラ様のことを好いているようです。シィステラ様が困っていると伝えれば役立ちたいと言ってくれました」
「は、はぁ。それはありがたいことですが……ツキさんの言う精霊はどういった存在でしょうか。私の知るものだと巨大な不定形海生生物に似ているのですけれど」
「はい。レメイラの方が使う魔法術、マリテュールに似ています。子供のように無邪気で、好いた相手――ここで言うシィステラ様の言うことにはよく従うでしょう。具体的な願いはなく、基本的にはシィステラ様の傍に居られればそれでいいそうです」
「うわ、リィムさん役立つ召使い手に入れましたね。羨ましいー」
「やめてください。そんな便利には使いませんから……」
……うん。
『いやいや。僕ってそんな扱いなの?マリテュールって子供どころか小動物じゃん』
『シー。これが皆様を一番に説得できると考えた結果です。ジンゴからは許可をもらいました』
『それは……確かにこれでいこうって言ったけど』
(……でも、私だけの精霊か。ふふ、マリテュールみたいってずいぶん可愛い精霊なのね。見えないし触れもしないけど……。悪くないわね)
『――いいよ。マリテュールだろうが何だろうが全部受け入れるさ』
『シー。それは何よりです。はい』
別にマリテュールでも小動物でも精霊でもなんでもいいか。他意はないよ。これくらい別にね。うん。本当に。他意はないから。
誰にともなく言い訳をしながら会議を見守り、気づけば時刻は十時を回っていた。
「それでは、お昼過ぎにシィステラ様含む数名には上空で待機してもらうということでよろしいですね」
「「「はい」」」
長かった会議は終わり、数時間後には異種族との対話が始まる。外交官はレメイラと一切関係ない異世界人の僕。対話の手段は未だ不透明。成功確率も不明。
上手くいくだろう。上手くいくはず。上手くいけば……いいなぁ。




