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オカルト科学"界"の僕と多次元魔法"海"の私  作者: 坂水 雨木
第一章(地球)、私と少年と夏の怪異。
28/101

第九話、妖怪と私たちと儀式。

「あー、っと……桔葉君。腕に違和感とかない?」

「え?べ、別にない、けど……。へ、変かな?」

「いや、ないならいいんだ。ないなら」

「う、うん」


 所変わらず、場所は宇美花神社のまま。未だ神降ろしの儀式が進行する様子はなく、甚伍と桔葉さんの二人は探り探りの会話を続けていた。私はいつも通り蚊帳の外。


「……桔葉君、例えばね。例えばだけど」

「うん」

「もしもここに子供以外の人がいたら?ほら、幽霊とかそういうの」

「ゆ、幽霊って…………え、もしかしているの?」

「……冷静に考えてみてよ。どうして夏祭りの日に神社に子供だけがいるのかって。どうして夏祭りの喧騒が一切聞こえないのかって」

「そういえばっ……じゃ、じゃあ石海君はその、み、見えるの?」

「……まあ、うん」


 暇になってしまったので、仕方なく宙を飛んで周囲を見回る。近くにいようが遠くにいようが甚伍との意思疎通に変化はないので、儀式の進行具合を確かめに行く。


 竹藪の裏に回り、拝殿の先を巡り、建物の中を通り抜ける。

 三か所すべて見ても、あまり大きな変化はなかった。地面に敷かれた陣がぼんやり光っていた程度。おそらくあれが霊力の明かりなのだろう。血の色は見られなかったので、甚伍が血抜きされているというのは勘違いか、もしくは血液は目立たないだけで霊力の下に染み込まされているのかもしれない。


 影法師の配置は結構変わっていて、それぞれの陣を作っている場所で六人ずつ、甚伍たちの見張りとして一人、少し離れた場所に三人となっていた。ここの、神社拝殿近くの影法師たちがずいぶんと減っている。


 子供組は起きているのが甚伍と桔葉さんの二人、寝ている子供が二人、寝ている獣耳が三人という状況。獣耳の子たちは頻繁に耳を動かしているから、起きている可能性もある。


 誰も彼も手足をしっかりと縛られているので、そう簡単に身動きは取れない。


 甚伍の下へ戻り、今の状況を伝えた。


(ありがとう。こっちも桔葉君に粗方の説明はできたよ。とりあえずはわかってくれたから、あとは神降ろしをどうにかして止めるだけだ)

『そう』


 ちら、と桔葉さんを見ると、何やら考え込んだ顔をしていた。よく見ればこの子は手を縛られていない。足は影で縛られているけれど、手は自由だった。うちの甚伍がしっかり縛られているというのに……勝手に進入してきたからよね。そういうこともあるわ。


『それで?どうやって神降ろしを止めるつもり?』

(それなんだけど、まずはこの影の縄を解かないといけないんだよね)

『ふむ……桔葉さんの手は自由だから解いてもらうの?』

(ううん。あの人は影の縄自体見えてないみたい。足はただ純粋に重くて金縛りされてるみたいだ、って言ってた)

『そうなのね……』

(だから影の弱点を突くことにした)


 ……?

 最近、甚伍が急に賢くなって私の知らない展開に持っていくんだけど。


『ねえ、影の弱点ってどういうこと?明かり全部消すとかそういうの?』


 私にはこれしか思いつかなかったんだけど、どうなのかな。


(それでもいいんだけど、そのための手段は思いつかないし、明かりなくなったら僕らも見えなくなっちゃうからね。何より、明かり消そうとしたら影法師たちが止めに来るだろうから無理だ。だからさ、守護霊さん。お願いを聞いてほしいんだ)


 お願いと言われ、これは聞くしかないと思った。

 私は守護霊よ。守護霊。守り人なんて呼ばれていた頃もほんの僅かにあったけど、どう考えても私には守護霊の方が似合っている。

 守護霊の私に任せておきなさい。完璧にやり遂げてみせるわ!



「儀式の進行はどうだ?」

「さっきからしつこいな。もう九割まで来てると言っているだろう」

「陣が霊力で満ちる残時間はどうなんだ?」

「どこも同じ要領で進めているのだから、同時刻、五分前には溜まり切るはずだ」

「陣同士の接続はどうなっている」

「我らの影と人血を溶かしたものを通し終えてある。霊力の通りも十分だろう」

「依代は?」

「ただの人間よ。神と縁深きだけの人間だ。陣が完成し次第中央に連れてこよう」


 等々、集まってよくわからない会話をしている妖怪たちのすぐ傍で、私は盗み聞きをしていた。


 これが私へのお願い。楽しくない。守護霊の役割も何も、ただの翻訳機代わりだった。

 神妙な顔で言ってくるから張り切ったのに、これじゃあ私が一人で盛り上がって熱意燃やして空回りした人みたいじゃないの。


 ただまあ、こうして私が盗み聞きしている間にも甚伍の方では色々と進めているらしい。


 少しだけ距離のある子供組を眺める。

 少年二人と、獣耳三人で内緒話。厳密に言えば甚伍一人が気絶したフリをしている獣耳三人に話しかけているだけになる。


 詳しい話は聞かずに盗み聞きしに来ちゃったからわからないけれど、あの子は何か神降ろしに対する策を用意しているみたい。神降ろしそのものを止めるのはもう無理な雰囲気があるから、私予想だと儀式を失敗させるとかなんだけど……。全然思いつかない。どうなのかしら。気になるわ。


「――霊力が満ちた」

「ならば依代を連れてこよう」

『っ、甚伍!!』


 ぼんやり話を聞き流していたら、急に妖怪側で動きがあった。影法師が歩き、甚伍たちの見張りをしていた一人が子供たちへ近づく。同時に私も宙を飛び、取り憑き相手のすぐ傍まで行く。


(守護霊さん!手短に説明するから聞いてね!?)

『え、う、うん』


 ちょっと心の準備が。そんないきなり言われても――。


(もう神降ろしは止められなさそうだから、悪神の側面じゃなくて善神を降ろすことにしたんだ。祈祷者は僕と守護霊さん。条件は全部揃ってるからあとは僕らが拝殿でしっかりお参りして縁結びを願うだけ。お願いね!!)

『わ、わかったわ!』


 つまり甚伍と一緒にお参りするってことね!でもお願いって……。


『ところでお願いって何をお願いするの!?』

(僕と守護霊さんがもっと会話できるように!他の妖怪にすら認識されない守護霊さんはきっと特別だから、だからきっと何とかなる!たぶん)

『……了解したわ。ええ、お祈りね。任せなさい』


 たぶん、か。しょうがないわね。行き当たりばったりなんて怪異だとよくあることだし、今の状況を覆してどうにかするにはそれくらいしかないでしょう。何にも思いつかなかった私が何かを言えるわけないもの。いつも通り、甚伍を信じてやり遂げましょう。


 と、決意を新たにしている間にも影法師は近づいてきていた。というか子供を捕まえていた。


「うわぁ!か、身体が宙に浮い……て…………」

「桔葉君に何をしたんですか!?」

「黙れ、依代にすらならぬ間抜けな侵入者が」

「ぐっ……」


 影法師に捕まり持ち上げられ、強制的に気絶させられた桔葉さん。甚伍は何も言い返せずに悔しそうな顔をしていた。微妙にわざとらしい表情。

 そこは言い返してほしかったわね。でも侵入者なのは正しいから私も言い返せない。のこのこ神社入って捕まったのも本当だから、間抜けにも言い返せない。……もしかして甚伍、わざとじゃなくてちゃんと悔しがってる?


『ねえ甚伍、何か言い返さないの?』

(ここでこれ以上注意を引く意味はないんだ。悔しいけど……口論じゃ完敗だ)

『口論も何も一言ずつしか話してないけどね』

(切り替えていこう。とりあえずこの段階での(・・・・・・)依代は僕じゃなかったね。誰かわからなかったし桔葉君には悪いけど、そこは運がよかった)

『ええ……。その部分も運任せだったの?』

(もちろん)


 この子、なかなか豪胆になったわね。

 感心と苦笑を混ぜながらも、連れていかれる桔葉さんを尻目に甚伍と話を続ける。


『この後はどういう予定?』

(神降ろしにかかる時間にもよるけど、手縄を解いて獣耳の子供たちに投げ飛ばされて拝殿の前で着地してそのままお参りする)

『それ無理があるでしょ』

(たぶん何とかなるよ。獣耳の子供たちは三人で順々に投げれば届くって言ってたし)

『……着地できる?』

(…………頑張る)

『……ん、じゃあ私も付き合うわ』

(ありがとう、守護霊さん)


 お礼には軽い肯定の思念を投げて、儀式の進行を見守る。

 連れていかれた桔葉さんは丁寧に地面に寝かされ、胸の前で手を重ねるように整えさせられている。ふわりと浮かび、高い位置から見下ろすと三角形を描くように作られた三つの陣が光っていた。淡く輝く線が陣同士を繋ぎ、三角形の中心に桔葉さんが横たわっている。


 徐々に圧力のようなものが強まってくる。何度か強大な怪異にも遭遇してきたから、なんとなくそろそろだと察せる。


『甚伍、そろそろよ』

(だね。こっちもやろう)


 軽く告げたにしては行動は一瞬で。

 甚伍が素早く両手を上に持ち上げたかと思うと、甚伍含め獣耳たちが一斉に身体を回転させ地面にうつ伏せになった。何をしたのかと思って見ていたら手と手を結び縛っていた影の縄が消えてなくなっていた。


 闇に覆うことで影を消す。私の推測でもあったけど、こうも簡単に消えるとは思わなかった。理由は――どうでもいいか。今は儀式の方が大事。


 消えた縄を確認し、視線を交わす四人。甚伍は地面に手をつき、トンっと跳ねるように起き上がって地を蹴る。向かう先は一人の獣耳。跳んだ小柄な少年を、より小柄な子供が受け止めた。体躯に見合わぬ動きで軽々と受け止めた獣耳は甚伍と共に立ったまま回転し、投げ飛ばす。


 二度目の飛翔をし、別の獣耳に受け止められまた投げられ。さらにもう一度これを繰り返し、甚伍は拝殿の目の前まで投げ出される。地面に着地し転がった瞬間、ぐへぇと嫌な音と可哀想な声が聞こえたけど聞かなかったことにした。


 私は甚伍より早くお賽銭箱の前に立ち、彼が上がってくるのを待つ。

 遠くで影法師たちの声が聞こえてくるも、神降ろしの儀式は止められず中途半端に場所も動けず、こちらに向かってくる者はいなかった。いつの間にか甚伍から霊力を吸い取っていた影の管は消えていた。


『甚伍!』

「うん!」


 立ち上がり、とんとんとん、と立ち兎跳びの要領で段を上ってくる。彼の手を掴み――たいと思うだけで手を伸ばし()めた。私の手はこの子には届かない。


『お賽銭は?』

「あるよ!」


 自力で石段を上がり、私の言葉にポケットから五円玉を二枚取り出す。小さく笑って、"さあやろうか"と伝えてくる。


『ええ。やりましょう』


 言葉を返し、彼が五円玉を持つ手に自分のそれを重ねる。

 投げるように、置くように。お賽銭箱に五円玉を入れる。二人同時に入れられたような、入れられなかったような。何とも言えない感覚だった。当然私に触覚はないので気持ちだけ。それでも十分だった。


 甚伍は左から、私は右から鐘を掴み、ゆらりゆらりと揺さぶる。

 からんからんと鳴る音からも神聖さを感じるのは今の状況が思わせているだけだろうか。私にはわからない。わからないけど、さっき甚伍が言っていた"願い"のことはわかってきた。


 真正面に向き直り。


『神様――』

「神様――」


 小さく呟いて、想いを乗せて神霊への祈りを込める。

 もう甚伍の方は見ずに、頭を深く下げて。もう一度と上げた頭を深く下げる。


 顔を上げ、両手を合わせる。右手の指先を少し下にずらし、二度柏手(かしわで)を打った。


 大きく響き渡るような軽くも力強い音が聞こえる。


 目を閉じ、願いを込める。



 ――どうか、私と甚伍の縁を強く、強く。世海の壁を乗り越えられるくらいに強くしてください。


 ――どうか、僕とこの人との縁を強く。種族も、言語も。ありとあらゆる壁を越えて共に居られるように強くしてください。



 願いが、聞こえた気がした。

 私の願いに重なるように、甚伍の声が私の心を揺らした。


 真摯な言葉で、心の底からの願いが胸の奥を明るく照らす。それほどまでに私のことを想ってくれていたんだと実感して、ちょっぴり涙が出そうになってしまう。


 祈りを込めて、深く頭を下げた後。

 隣の少年に向き直り呼びかける。


『ねえ甚伍――』

「――僕に降りて来てない」


 私の言葉を遮ったのは、呆然としたような音色の声だった。

 甚伍の顔色は青褪め、視線は一か所で留められ、身体そのものもぴしりと固められたようだった。


 彼の向く方、視線の先を見る。

 

『神、降ろし……』


 そこには、光輝く桔葉さんの身体があった。灯篭の明るさも、陣の明るさも。比べ物にならないほどに眩しく輝く子供の姿があった。

 それだけでなく、伝わってくる力の波動も尋常じゃないものがあった。出会ってきた怪異すべてを足しても届かないほど圧倒的で、それこそ"神威"と、そう呼べるような。呼べてしまうような力が感じられた。


 私たちに出来ることはもうない。

 甚伍がどうしてそんなに驚いているのかわからないけれど、もう成ってしまったものは仕方ない。あとはただ、待つだけ。私たちの結果を。甚伍の行動の結果を。


 視線の先では、宙に浮かび、姿勢を正す神を宿した子供の姿があった。

 ゆっくりと、誰もが声を出せないままに。今、輝く瞳が開かれる。

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