第七話、少年と夏祭りと影③
神社にて捕らわれの身となり、何かこの怪異への解決策がないかと探っていたところで甚伍から急な発言が飛び出した。話が一足跳び過ぎて追いつけない。
『ごめんね、もう一度言ってもらえる?』
一応もう一度と聞いてみる。
じーっと少年を見つめていると、どこか居心地悪そうに身じろぎして返事が来た。
(だ、だから影たちの正体がわかったって……)
聞き間違えじゃなかった。ちょっぴり恥ずかしがってて可愛い。けど、それよりこの子、もしかして私のこと見えてたりしない?今そんな感じの反応したわよね。ね。
『あなた、私のこと見えてる?』
(え?ううん、見えないけど)
全然違った。完全に私の勘違いだった。……はぁ。
『……ならいいわ。影妖怪の正体がわかったとか言ったわね。どういうこと?時間は――』
(それならきっと大丈夫。神降ろしの儀式はそう簡単にできるものじゃないから)
『そう。なら――ん?』
ちょっと聞き逃せない情報があった。
立って周囲を眺めていた体勢を変えてしゃがみ込む。甚伍と目を合わせて尋ねる。私の姿は見えてないから視線が合うことはないけど気持ちね、気持ち。
『ねえ、神降ろしの儀式って何?』
さっきから急な衝撃情報出してくるのやめない?私、何にもわかってないんだけど。
(あぁ、うん。守護霊さんにもちゃんと説明するよ。順番にいくね。まずあの妖怪について)
『ん、お願い』
少年が影の妖怪たちを眺めるのに続き、私もそちらを見つめる。
夜を感じさせない灯篭の火に照らされ影を作る妖怪たち。神社という神聖な場所にふさわしいのかふさわしくないのか、神降ろしなんて言葉を聞いてしまった私にはもう判断ができない。
でも、少なくとも。子供を攫うような輩が神社にふさわしいだなんて絶対に思いたくない。
(僕たちが捕まって身動きできなくてどうしようかと考えた時、最初に思ったのがあの妖怪の正体についてだったんだ)
『まあ、それは怪異に対していつもしていることだものね』
(うん。でもこれがなかなか難しくて……。正直、見当もつかなかった)
彼の言葉(思念)に頷く。
そう、わからなかった。考えても一切答えが見つからないから困った。
(手足があって人混みを駆け抜けられて、はっきりと目に映ることから霊的存在じゃないとはわかった。それに僕や他の子供、獣人の子に触れていたことから広範囲の物理干渉が可能だともわかった。あと、認識阻害とかも使ってくる系かなって)
感心する。見つけて追いかけ始めた段階でそこまで気づいていただなんて。私なんて空中ふわふわ漂って指示してただけよ?ほんともう……年上の威厳が――あ、私、まだ九歳だったわね。全然年上じゃなかった。……うん。
(何より、この神社だ。神社に入れている時点で悪性なもの。怪異でも攻撃的なのじゃないとはわかった。……だからこそ悩んだんだけど)
『あぁ、それはそうね。世海を塗り替える形の怪異なら神社の風景も変わるはずだし、私もそこは気になったわ。あの影妖怪が本来の神社に入れているのはどうして、って』
私の世海で言う魔法術を使う系統の妖だとは思ってたけど、神社に入れているのはずっと不思議だった。どうにも引っかかって、そこがヒントっぽい気はしたんだけど……。
(うん。そうなんだよ。あの妖怪たち、本来の神社に入れているんだよね。大抵の怪異は入れるわけがなくて、悪性じゃなくても人間の祈りが込められた、清められた空間に普通の化生は入ってこられないはず。じゃああの影たち何?って思って……ずっと眺めていたら一つ気づいたんだ)
じっと影の妖怪を見つめる甚伍の瞳には何が映っているのか。小さく灯篭の明かりが反射して揺れていた。
(守護霊さんはアレを見ていて何か気づかない?)
『気づいていたらこうしてあなたに聞いていないわ』
(あはは、だよね。――あの影たちさ。ずっと明るいところにいるんだよ)
少しだけ口元を緩め、声に出さず話を続ける。
明るいところと聞き、改めて影たちへ目を向ける。
少年の言葉通り、影たちは灯篭近くに集まっていた。と、いうよりも明るいところが少ないくらいに灯篭の光が強く、本来何もないところには火の玉が浮いてさえいた。
思えば甚伍の指示で神社を見て回った時も、影たちは屋内外問わず明るいところにいた。
『そうだったわね。あまり気にしていなかったけど、影たちは明るいところにしかいなかった――いえ、いられなかった?』
(そう。彼らは明るいところにいたんじゃない。明るいところにしかいられなかったんだ)
言われて気づいて、腑に落ちるものがあった。
これだけ神社が明るいのも、至る所に明かりを仕掛けているのも、影妖怪が光源となる火を持って神社の外へ向かったのも。自分たちが明るい場所――影を作れる場所にしかいられなかったと思えば納得がいく。
『影が必要だったのね、あの妖怪たち』
私の言葉に小さく頷き、甚伍が答え合わせをしてくれる。
(そうなんだよ。明るいところ、影を作れる――ううん、影のある場所じゃないと存在できない妖怪。それが一つ目の発見)
"まあこれだとちょっと理由にしては弱いんだけど"、と付け加えて言葉を続ける。
(これに気づいて思ったのは、あの妖怪たちがどうして全員同じ顔をしているのかってことだった)
『あぁ……それは、そういえばそうだったわね』
もう忘れてた。あの影たち、皆同じ顔してるのよ。姿形も、顔の作りも、声も含めて全部同じ。考えてみればおかしいにもほどがある。どうしてそんな完全に同じ存在が何人も活動できているのか。忍術の影分身でもあるまいし、魔法術によるホログラムならともかく、陰陽的な何かはそこまでできるのかと勘ぐってしまう。
(同じ顔、同じ姿ってくるとドッペルゲンガーが思い浮かんだんだけど……)
『あれは乗っ取り型の怪異だったから違うわね。同じ場所に複数集まった時点で喧嘩の始まりよ。ましてや仲良くお話なんてありえないわ』
(……うん。そうだよね)
苦い顔で頷く。
私もドッペルゲンガー事件はよく覚えているのであんまり良い顔はできない。解決したとはいえ、鏡を使った上で最終的に泥塗れになったんだもの。怒られたのは甚伍だけど、外に連れ出した私も悪いことした気分になったわ。
("鏡に映る私"とか"鏡面世界"とか"水鏡欠片"とか、同一存在にかかわる怪異は色々あるんだけど、どれもこれもあんな風に結託したりしている例はないんだ。だからもしかしてあの妖怪たち、元々一人なんじゃないかって思った)
『……なるほど』
一人、一人か。
『それって、分身とかそういう話?』
(ううん。全員で一人分って話だよ)
『……つまり?』
(何人にも見えているけど、実はたった一人の妖怪が身体を分けているって感じかな)
『あー、そういうこと……え、でもそれだと元はすごく大きな妖怪にならない?』
(括りとしては大きい妖怪になるかもしれないけど、サイズはたぶん人型が基本だよ)
『ふむふむ』
影でしか生きられない妖怪で、限界はあるにしても何十人に分裂?できる。甚伍の言い方だと分身ってわけでもなさそうなのよね。今の私と甚伍みたいに繋がりがあって――影の繋がり?
(この仮設を裏付けるのが、僕の手から伸びる影の管だった。これさ、あの妖怪のところまで伸びてるでしょ?)
『え?え、ええ』
考えていたところで話の続きがやってきた。何か答え出そうだったんだけど、まあいいわ。どうせすぐ甚伍から教えてもらえるんだし。
影の管の話ね。得体のしれない吸血とか危険極まりないんだけど、もう刺さっちゃったものはしょうがないから無視。妖怪曰く、殺すつもりはないって話だったもの。たぶん大丈夫よ。たぶん。
(管が伸びて、妖怪の足元の影に沈んでいるの見えるよね?これ、たぶん他の影に繋がっていると思うんだ。妖怪たちが集まっている場所で見なかった?地面に何かしているとか)
『あ』
ぱ、っと先ほど見た景色が脳裏に過る。
三か所に集まった影妖怪たちが地面に向けて陣のようなものを敷いている姿。あれはもしかすれば、影から影へ渡った甚伍たちの霊力と血を利用して描いていたのかもしれない。
『……してた。すっごくしてた。自分たちの影を見ながら儀式の準備っぽいことしてたわよ』
(やっぱりか)
呟いて、まとめるかのように思念を飛ばしてくる。
(明るいところ、影のある場所にしかいられない。数は多く、人型。影同士は繋がっていて、おそらく元は同一存在……。ここで最初の疑問に戻った)
『……神社のお話?』
答えの欠片が散らばって、一つずつ集まっていくような感覚。
妖怪の名前はともかく、正体云々については私にもなんとなくわかってきた。
(そう。どうして妖怪が神聖な場所に踏み入れられるのかって。悪性があれば神社で儀式どころか踏み入ることすらできないはず。でも現実は出来ている。つまり、あの妖怪そのものに悪性はない。むしろ神社や神様に縁のある存在のはずなんだ)
『そうね』
神官とか、巫女とか。妖怪の原点については全然知らないけれど、そういったものが元になって生まれた妖怪も多いはず。
(神社も人が作り上げたものなら、人の祈念や想念から生まれたものも理屈では縁を持っていると言える。……人の言葉って、不思議なものでさ。言霊って言うんだけど、そう簡単に切り捨てられるものじゃないんだよね)
言霊ね。私の世海にもあるわよ。厳密に言えば違うけど、魔法術だって似たようなものだし。それに、怪異にかかわるようになって"名前"がひどく重要なことだっていうのはよくわかってるから。
『わかってるわ。言葉も名前も、些細なものがすごく大事な意味を持っているのでしょう?』
私の言葉を聞いて、甚伍は口元だけで微笑んで小さく頷く。
(うん。例え元に大きな意味がなかったとしても、当てはめられた漢字を多くの人が使い、人々によって知られた名前として存在しているなら、それはもう妖怪の原型にもなる。一切神様に纏わるものがなくても、名前だけで十分神社に入れるようにもなってしまう。名は体を表すって、本当に言葉通りだよ)
しみじみと話し、言葉を続けた。
(神社に入れる人型の妖怪。影に纏わるもので、目的は神降ろし。それも縁結びの神様だ。なんで妖怪が縁結びの神様を?それこそが妖怪そのもの正体に繋がる)
そこで一度言葉を止め、じっと神社の拝殿を見つめる。何を思ったのか、真剣な表情で視線を影の妖怪たちに戻し続けた。
(――妖怪の名は影法師。縁結びの神の悪神としての側面、縁切りの神としての部分を降ろして自分同士の縁を切ることが目的だ)
言い切る甚伍の瞳には確信が宿っていた。
宇美花神社の、わざわざ縁結びの神様を選んだ理由がここに来て大きく表れた。
私は静かに天を仰ぐ。
もっと小さな怪異かと思いたかったけれど、どうにもこれは本当に、妖怪が本気で神降ろしを行おうとする大規模な案件らしい。
いろんな意味で規模が大きすぎて、私は久しぶりに。本当に久しぶりにこの夢の世海から見慣れた故郷に帰りたくなった。




