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オカルト科学"界"の僕と多次元魔法"海"の私  作者: 坂水 雨木
第一章(地球)、私と少年と夏の怪異。
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第六話、少年と夏祭りと影②

 宇美花様、と呼ばれる神様を祀る神社がある。

 神様の権能としては縁結びがあり、縁を切ったり結んだりできるらしい。基本的には善神としての側面が大きく、悪神としては知られていない。


(――神社ってさ、他にも色々あるんだよね。なんとか大社とかなんとか神宮(じんぐう)とか)

『へー』

(簡単に言うと、大社はすごい神様を祀る大きい場所で、神宮は神様というより皇族とか天皇とか歴史の偉人とか、有名な人を祀る場所って感じなんだ)

『ふむふむ』

(僕らが今いる宇美花神社みたいに、個別の名前があるのはそれぞれ違った神様を祀っているのも多いんだって。正に八百万の神様だね)


 甚伍が賢しげに語るのは日本の神様事情について。奇跡的に向こうから心で話しかけてくれているおかげで会話が成立している。普段からこれでお願いしたい。


(……ていうかこれ、ちゃんと聞こえてるのかな)

『聞こえてるわよ』

「あ、ならよかった」


 あぁおばか!声に出しちゃだめよ!


「おい人間、うるさいぞ黙れ!」

「すみません」


 縮こまって小さく頭を下げる甚伍。そんな姿を見て溜飲を下げたのか、それとも子供を虐める趣味はないのかすぐに立ち去っていった。


『もう絶対普通に声出さないこと。いいわね』


 無言でこくりと頷く。

 この状況に怯えはなく、怪異慣れの片鱗が見えている取り憑き相手に安心を覚える。とはいえさすがに今のは肝が冷えた。気の緩め過ぎもよくない。適度に緊張感を持ってもらわないと困る。


『……それで。これからどうするの?』

(……どうしようか)


 困った、と呟く甚伍に私も同じ言葉を返した。本当に困った。


 現在地、宇美花神社の境内、開けた場所。辺りは木々の壁で囲われ、地面はコンクリートとは違う石畳っぽいもので出来ている。あと綺麗な砂利が多い。近くには神社の建物があり、お賽銭箱が階段の上に見える。夜だから真っ暗かと思いきや、意外に灯篭の明かりが多くて見通しは良い。人の姿もはっきり見える。


 状況、妖怪に捕まった。以上、終わり。


『……どうしようかしら』


 何が起きたって、別に特別なことはないのよ。

 獣耳の生えた子供を連れ去った怪しい影を追いかけて神社までやってきて、敷地内に踏み入れた瞬間景色が切り替わって影の集団に取り囲まれた。囲まれたら抵抗も何もないから、甚伍は普通に捕まっちゃった。子供は甚伍の近くで袋に入れられたまま転がされてる。もぞもぞしてるけど助けてはあげられない。甚伍だって両手両足を黒い影の縄で縛られているんだもの。


 この怪異、何なのかしら。


 世海侵食型、とはまた違うのよね。どちらかと言えば結界系。私の世海の魔法術に近いわよ、これ。神社の位相をずらして異空間に跳ばしているってわけでもなさそうだから、単純に人避け人払いの結界かしら。神社内の景色は前見た時と変わらないから、たぶんその程度の軽い術。これくらい私なら楽に抜け出せる……と言いたいところなのだけど。


 この結界に捕らわれているのって私じゃなくて甚伍なのよ。魔法術も使えない普通の中学三年生。怪異遭遇経験はそれなり。度胸は慣れのおかげでそこそこ。体力もそれなり。知識もそこそこ。でも特殊な力は使えない。


(――守護霊さん、僕、どうすればいいかな)

『少し待ちなさい。私も考えているから。あなたも周囲を観察して、気づいたことがあればなんでも私に言ってね』


 足を伸ばし座り込んだ状態で、小さく首を縦に振った甚伍を見届ける。宙に浮かび、辺りを見回してもう一度状況の確認を行う。


 私たち(厳密には甚伍)を捕縛した影連中は表に出ている数で十五人。神社の建物内に入っているのはいないと考えればこれで終わりだろう。

 捕まっているのは甚伍と気絶している人間の子供が数人と、もぞもぞしている袋が三つほど。中はおそらく全員獣耳の子で、合わせて七人が一塊に集められていた。


 影の見た目は灰色の頭に灰色の身体、目は二つで人と同じ。ただし瞳は白目も含めて黒と灰を混ぜた煤のような色合いをしている。口は唇のない一本線で、先ほど喋った時に見えた口の中は灰色だった。全身灰色に大きな黒のマントを被っている。何とも不気味な格好だった。


 十五人もいて皆が同じような見た目をしているから、私には区別が付かない。これもまた不気味さを助長している。


 神社への入口は現在地の建物脇から遠く、影たちのいる灯篭の側を越えて進まなければならない。現実的にそちらへ逃げるのは不可能だと思う。そもそも私たちを見張っている影も数人いるから、その時点で逃亡は難しい。


 どうするべきか。


(守護霊さん)

『なに?』

(これ、やっぱりいつもと同じだよ)

『……どういうこと?』


 意味がわからない。

 周囲の観察を止め甚伍の傍に戻る。彼の瞳を見れば海色の奥に真剣さが満ちていた。本気も本気で言っている。


(だってほら、規模がちょっと大きいだけで、やることは変わらない(・・・・・・・・・・)でしょ?)


『――……そう、ね』


 確かに、そうかもしれない。甚伍の言う通りだった。

 もしもこれが生贄の儀式だとか霊魂の呼び出しだとか、そういった魔法術的な側面を持っていたとしても、命懸けなのはいつもと変わらない。下手を打てば大怪我なんてこれまで何度もあった。なら、やることは変わらない。


『甚伍、ヒント探しをするわよ』

(うん)


 頷き合い、行動に移す。


 あの影妖怪たちが何を目的としているか。私たちを捕らえている理由は何なのか。細かい部分を考えるのは甚伍に任せるとして、私は私にできることをしないと。


 宙を飛び、灯篭の並びに沿って黒影が集まっているところへ向かう。もう何を言うまでもなく誰一人私には気づかず、普通に話を続けていた。


「むむ、攪乱の方はどうなっている」

「――どうにも善神主義者共に勘付き始めた者がいるようだぞ」

「ちっ、向こうにもう少し送るべきか?」

「だろうな。俺が行こう。他にも分かれて行けばいい」

「あぁ。降ろしの方はどうだ?」

「まだ時間はかかりそうだが、そろそろ霊力の収奪は始めた方が良さそうだな」

「そうか。そうするか。依代の選定はどうなっている?」


 全然わかんない!だから日本語やめてって言ってるでしょ!もう!……落ち着きなさい、私。わかんないから何?私が理解できなくても甚伍ならわかるのよ。ええそう、あの子ならこの会話も理解できるはず。


 私と甚伍は幽霊と人間。精神的な繋がりはきっと普通の幽霊なんかとは比じゃないはず。

 それなら精神の繋がりを利用して心から心へ、耳から耳へ声を届けることもできるはずでしょう?全部可能性の話だけど、できたっておかしくない。いいえ、できないとおかしいのよ。


 ――甚伍、聞こえるわね?


 集中し、本気で精神干渉を行う。ただし今までのような干渉の仕方じゃない。私と少年の間を太い線で繋ぐ感覚。声が通る道を作り上げる。


(聞こえるよ。何が――え、聞こえる。なにこれ気持ち悪い!)

『ん、よしっ。大丈夫そうね。ちゃんと聞き取りなさいよ?これ、影たちの会話だから』

(うえ……声が反響してる、けど……うん、わかった。……)


 とりあえず成功、かな。パスが安定すれば精神干渉の意識しないで普通に話しても届くみたい。予想通りでよかった。でも、確かに変な感じはする。


 胸の奥と耳の奥がむずむずするというか、身体の内側に直接音を、声の波を流されているみたい。慣れるとは思うけどね。


「――霊力は足りるのか?」

「あぁ。我らの後を付いてきたおかしな人間のおかげでな」

「あの人の子か。何やらおかしな気配を持っているように感じたが……気のせいか?」

「気のせいだろう。私は何も感じないぞ。お前たちはどうだ?」

「私も何も感じない」

「俺もだ」

「そう、か。気のせいか。なら良い」


 相変わらず会話の内容は意味不明だけど、甚伍が意訳してくれるおかげでおおよその話が掴めるようになった。どうやら甚伍は"おかしな人の子"扱いされているらしい。不憫で可哀想だけど可愛い。


 一瞬私の気配を?と思ったけどたぶん違う。いろんな怪異に遭っているせいで甚伍の気配もおかしなことになってるんだと思う。もしくは何か祝福でも呪いでも受けているか。どれもありそうで困る。


 盗み聞きしている間に影たちに動きがあり、謎の火の玉を持った数人が神社を出ていく。他の影のうち一人は甚伍たちの側へ向かい、獣耳の子供が入った袋を開けていった。中には予想通り子供の姿が。


「うぅ……」


 憔悴している子供は呻き声を上げて袋から転がり出た。地面に倒れ、即座に手足を影で拘束される。そのまま何をするのかと見ていると、影を鋭く伸ばして腕に突き刺した。小さく悲鳴を上げた子供を無視し、次々と影を腕に刺していく。


『甚伍!子供たちは無事!?』


 私のいる場所からじゃ遠くて細かく見えない。会話を聞くために離れるわけにもいかないし、もどかしい。


(大丈夫。刺しているのは僕の腕を縛っているのより細いよ。注射針みたいなものだと思う。とするとおそらく――っ)


 心の声を聞いてほっとしたのも束の間、遠くから弱い苦鳴が聞こえてきた。

 さすがにもう我慢できず、急ぎ甚伍の下へ戻る。即座に彼の身体を見れば、言っていた通り細い影が子供たち同様甚伍の腕にも突き刺さっていた。


『……痛くない?』

(うん。最初はちくっとしたけど……本当に注射みたいだ。でもこれ、血を抜いているよ)


 血を?と聞こうと思ったら、私が思念を送る前に甚伍が口を開けた。


「僕らのこと、殺さないんですね」


 急に何をと思い少年の顔を見て、話しかけた相手を見る。私たちの近くで横になっていた別の人間の子供に影を刺した妖怪は甚伍を見て、鼻を鳴らし嘲笑わらった。


「はっ、霊力の収奪のために連れてきた者を殺すわけないだろうが。愚か者め」

「……そうですか」


 小さく呟いた甚伍には反応せず、妖怪は淡々と影を突き刺していく。全員に突き刺し終え、集まっている仲間のところへと戻って行く。当然の如く私も付いていく。


 ふん、愚かな妖怪ね。よくもまあそんな(てい)で私の甚伍を馬鹿にしてくれたものだわ。ばかばかばーか!

 あと甚伍、こんなところまで翻訳しなくていいから。あなたの善意は無下にしたくないから言わないけど。


『ところで血を吸われているってどういうこと?』

(あぁ、うん。さっきあの妖怪たち霊力がどうとか言ってたでしょ?)

『そうね?』

(文献とか読んでたら、霊力って人間の血の巡りと同じで回っていることが多いみたいなんだ)

『……つまり、血の中に霊力が含まれているってこと?』

(そういうこと。僕らから血を奪っているのは効率的な霊力の回収のためなんじゃないかな。殺さないのもそのためって本人が言ってたし)


 霊力回収のために捕虜に死なれると困るってわけね。


「依代はどれだ?」

「あの人間だよ」

「あぁ、転がっている奴か」

「確かに格は高いようだな」

「何より名前が良い。神への繋がりとしては最高の条件だ」

「ならば準備が整い次第始めよう」


 着々と妖怪側の準備は進んでいる様子。

 話を聞いた限りここにいる以外にも妖怪は数多くいるようだし、止めようにも手立てがない。


(守護霊さん。何がどうなってるのかわかった?)

『ううん、さっぱり』


 というか、考えてすらいなかった。


 状況を整理しましょう。

 神社に集められた子供たち。主犯は影の妖怪。協力者は多数。似たような姿形をしている。子供たちからは霊力とやらを回収している。


 私には感知できないけれど、おそらくこの場にいる子供たちの霊力は高いのでしょうね。


 妖怪側の目的は……目的は何?


『甚伍はどう?影たちの目的わかった?』

(うーん、ちょっとは?)


 ふーん、ちょっとはわかったんだ。


『え、なに?わかったの?』

(うん。ちょっとはね)

『教えてもらえるかしら?』

(そのつもりなんだけど、それより先に急いでやってほしいことがあるんだ)

『いいわ。任せなさい』


 何にもわかってない私より、何かわかってそうな甚伍に指示してもらった方がいいわね。どうにも急ぎっぽいし。


 少年に言われ、私たちのいる場所の後ろ、竹藪を越えた先を見に行く。


 この神社、宇美花神社の建物はざっくり、正面入口から真っ直ぐ行くと拝殿、その奥に本殿、手前左手にお水で手を洗う場所、左奥に道が続いて灯篭とちっちゃな神社となっている。右側にはよくわからない建物がいくつかあり、私たちがいる位置は本殿に近い左側で、影たちは右側寄り。


 甚伍からのお願いは後ろの竹藪先に誰かいないかの確認と、拝殿先の確認、それから建物の中の確認の三つだった。これくらいの敷地内なら全然移動できるので急いで飛んでいく。


 一か所目、神社左手の道。

 影たちがいるのを発見。灯篭に照らされた道で何かをしている。罰当たりね。


 二か所目、神社拝殿の先。

 影たちが集まっているのを発見。私たち(主に甚伍が)が普段お賽銭入れてるところより先に入るなんてずるい奴らね。卑怯よ。


 三か所目、建物の中。

 右側の影集団を飛び越え、内部を確認していく。入口に近い方の建物で明かりを付けて何かしている影たちを発見。人の家に土足で入り込むなんて悪い妖怪だわ。天罰よ天罰。


 甚伍の下へ戻り、何か考えている様子の少年に声をかける。


『甚伍、言われたところ見てきたけど影たちがいたわよ。あなたの後ろと、拝殿の奥と、あっちの手前の建物の中ね』

(――そっか。ありがとう。建物の中はどうだった?()()()()()?)

『ええ、あなたの言った通り、明るい火の玉掲げて何かしていたわ』


 どこもかしこも夜だというのに明るくしちゃって。私としては見通しよくて助かるけど、妖怪的にどうなのかしらね。暗い方がいいんじゃないの?人は闇を恐れるから怪異も生じやすいって言うし。


『それで。どう?何がわかったの?』


 私の問いかけに甚伍は小さく頷き、深い海色の瞳を揺らめかせて答えた。


(――影たちの正体がわかったよ)

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