第十四話、甚伍とリィム。
☆
むくりと、地面に手をついて身体を起こす。
『……』
身体に痛みがないことを確認し、ズキズキと痛む頭を押さえ俯く。
頭痛はあるが思考は回る。軽く顔を上げ、周囲を見渡し青い世界に変化がないことを知る。
意識の断絶。気絶。気を失う。失神。喪神。
色々言い方はあるが、とりあえずさっき神様の領域に入った時の気絶は気絶じゃなかったらしい。今回こそはちゃんとした気絶だ。やっぱり気絶が一番しっくりくるね。
にしても……。
『……はぁぁぁぁぁ…………はぁ……』
深い溜め息に息を重ねる。
徐々に痛みが引いてきて、叩き込まれた……いや、思い出したことが頭の中を埋め尽くす。
地球の日本の、僕の地元である宇美花市で出会った神様、宇美花様と話したこと。縁結びを司る神様と会ったのは二回だった。レメイラに行ったことも二回。リィムさんと会ったのも二回。全部全部、初めてなんかじゃなかった。
実際リィムさんと会ってる回数なんて無限大だけどね!
自己弁護はいいとして、だ。
『……』
「……」
『……』
「……ね、ねえ。甚伍?」
『……はぁーい』
のっそりねっとりと返事をする。
僕の溜め息を聞いてか、それとも直感で僕の居場所を悟っているからなのか。ちらちら僕の居る場所を見てくるリィムさん。リィムさんと言うか。
『なんでしょうかね、守護霊さん』
「ぁ……や、やっぱりなのね?」
ぱぁっと表情を明るくして――いや可愛過ぎるでしょ。これが惚れた弱みってやつか。
表情を明るくしてから、すぐ微妙な感じに移し替えている。どうしてそんな顔を?
「甚伍?私たち……どうして気づかなかったのかしら」
『まあ……』
うん。リィムさんも大概だけど、僕もだな。
そりゃ言語違うから意味は伝わらないけどさ。声は同じじゃん。リィムさんと守護霊さん、同一人物なんだし声同じだよ。ていうか心の声と同じだし。なんなら話し方同じだし。
地球にいてレメイラのことあんまり考えなかったのも変なんだよ。普通もっと気にするし、守護霊さんにだって相談してたはず。それをなんか、"まあいいか"とか"今はいいや"とかで済ませてたのがおかしい。
けど、でも。
『全部宇美花様の試練かなぁ』
たぶん。
「そう、よね。……というか、あなた私が守護霊だってなんでわかったの?」
『なんでって言われても……日本じゃ顔見えないけど、守護霊さんの声聞いてたし。レメイラじゃリィムさんの心の声めっちゃ聞いてたし。ていうか僕、守護霊さんとリィムさん、どっちで呼べばいいの?』
「え、そ、そうね……リィムでいいわよ。私の本名だし」
『そっか。わかった……ん、あれ。リィムさん竜神様に別の名前で呼ばれてなかった。そういえば宇美花様にも呼ばれてたよね?確か……』
「ま、待ちなさいっ」
『え、うん。なに?』
「あー……えっとね。私たち、というよりレメイラの人ね。レメイラって名前を付ける時すごく大事にする本名と表に出す名前とで分けているの」
『……まじですか』
「ん、まじまじ」
『じゃあ僕が聞いたやつってすごく大事な名前だったり?』
「そうね。あなたになら別に教えてあげてもいいんだけど……ここじゃあ、ね?」
周囲を見渡すリィムさん。白金色の髪が揺れて眩しい。
彼女に釣られ僕もさーっと流し見てみる。海と、海と、海と。竜と、妖精と、星と。…………うん。
『り、リィムさん』
「なに?」
こてりと首を傾げる美人さん。くそぉ、可愛いなぁ……。じゃなくて。
『宇美花様の試練、どっちだったと思う?』
「……私、全部だったと思ったんだけど」
『そうかな……。どうだろう。いやまあいいや。ごめん、ちょっと無視できない』
「え、うん」
振り返り、ピカピカ光る星とワクワク期待楽しみいっぱいに詰め込んだ瞳を輝かせる妖精と向き合う。
『えっと……うーんと……』
頭の中、まだかなりこんがらがってるけど。こっちの二人はこっちの二人で、また話さなきゃいけないことがある。
『とりあえず、今って何日?』
『シー。はい、レメイラの暦で言えば二千二年二十二月の八日です』
『……一か月ちょっとか』
つい溜め息が出てしまう。
僕にとっての現実(日本のこと)を思い出して憂鬱になってしまった。ほんの数分前――実時間一か月以上らしいけど――はレメイラにいる間は現実なんて知ーらないとお気楽だったと言うのに。今じゃ二つの世界の心配ばかりだ。
『……うん。よし、ツィヤとクゥレ。もしかしなくても、君ら一か月以上僕とリィムさんのこと待ってたよね?』
『シー。はい。待っていました。わたしはこちらの隔離空間であってもレメイラにアクセス可能なためレメイラの情報収集を継続、及びジンゴの世界を観察しておりました』
『ふっふっふ、ひさしぶりだな!ジンゴ、われはリィムのことしんぱいしてるかぞくとなかまに色々はなしてやっていたぞ。ずっとねてるって』
『ありがとう……。リィムさんとのことは後で話すから、ちょっと待っててね』
『シー。はい』
『いいぞ。でもはなさなくてもいいかも。リューンからはなしきいてるからなー』
『リューン――竜神様のこと?』
『うん』
『あー、うん。なんとなくわかった。まあ後でね後で』
確認は取れたので、もう一度振り向いてリィムさんと顔を合わせる。美麗な眉が下がってちょっぴり困った顔だ。
『リィムさん?』
「あ、うん。ねえ甚伍」
『はいはい』
「ふふっ、ふふふ」
『え、な、なんでしょうよ……』
微妙に言葉遣いが定まってないのは、目の前にいるのがリィムさんだから……。守護霊さんなら慣れてるけど、リィムさんとなるとちょっと変わるよ。美人度が高すぎて困る。
「いえ。ふふ、なんだか私があなたに憑いている時のやり取りっぽくて笑っちゃった」
『そ、そっか……。確かにちょっと新鮮かも。こうやって顔合わせて……リィムさん、僕の顔見えてる?』
「見えてないわよ?日本の私と同じ立場ってことは、あなたには見えているんでしょう?」
『見えてる見えてる。綺麗なお顔がパーフェクトに見えてる』
「もう、そう褒めなくてもいいわ」
ほんのり頬に桜色。可愛い。
「それよりね?あなたたちの声、聞こえてたのよ」
『僕たちって……言われてみればか。僕の声聞きとれてるならツィヤとクゥレの声も聞こえておかしくないかも』
「そ。だから一か月ってどういうことなの、って思って」
『あぁ、うん』
実はね、と続けようとしたところで上から言葉が降ってきた。
【その問いには我が答えよう】
厳めしい顔を厳格に固めて僕らを見つめる。竜だから顔付きわかんないけどね。
【既に理解しているようだが、我はお前たち二人に掛けられた呪縛を解いた】
「『呪縛?』」
言葉が被る。ちらと横を見て、向こうもまたこちらを見ていると知る。
目が合った。きゃー!恥ずか嬉しい!……話聞くか。
【うむ。呪縛、呪いとも言うがな。お前たち、異界……そうさな。お前たちに合わせるならアースか。アースで祝福を受けただろう】
「祝福……」
『宇美花様のじゃない?僕らの出会いと、僕らの再会と』
「ふふ、そうね。でも再会と言うより、声が聞こえるようになっただけでしょ?」
『それはまあ、そうかも』
祝福は宇美花様に紡いでもらった縁で、呪いはたぶん試練のことだろう。
【そうだ。祝福の内容まではわからんが、呪縛の解呪条件が満たされていたのでな。これも縁だろうと解かせてもらった】
祝福と呪縛は表裏一体故、と付け加える神様に頷く。
祝福も呪縛も内容はわかる。推測でしかないけど、確度は高いもの。前者はリィムさんと僕の出会い。後者は記憶の封印か認識の曖昧化か。そんなところだろう。
呪いが解けたことで始まりの記憶を思い出せたし、リィムさんのこともきちんと認識できた。守護霊さんとリィムさんの同一視も呪いが解けたからこそできていることだろう。
「呪縛の条件と言うのはいったい何だったのですか?」
【他神が決めたものであるため我にも正確なことは言えないが、それぞれの世界における縁の数であろうな】
「縁の数……私にとっての日本の知己であり、甚伍にとってのレメイラの知己でしょうか」
【その認識で良い】
ふむふむ。つまり僕にとってのツィヤ、クゥレで、リィムさんにとっての鳳さん(喋る骸骨)、ゴールデンレトリバー(送り犬)か。
『呪いを解くのに時間がかかって、その間僕らはずっと寝ていたってことですね』
【ああ。その通りだ。想定よりも呪いが複雑に絡んでいたため時間がかかってしまった。解呪時間がお前たちの言う一月となる】
『意外と時間かかるんですね。呪いって条件満たせば勝手に解けるような雰囲気ありますけど』
【お前たちに祝福を授けた神が決めたのだろう。我のような神霊でなければ解呪条件を満たしても解くことができぬよう定められていた】
なかなか結構な条件だったようだ。
異世界で姿形も見せられなければ話もできない相手と交流を持ち、なおかつ神様レベルの相手に呪いを解いてもらうって。運が良かったのかな。良かったんだろうなぁ。
「竜神様。ありがとうございました。とても助かりました」
『あ。僕からも、ありがとうございました』
【構わぬ。未だ呪縛も残っている故、そちらはお前たち自身で解くことだ】
『……やっぱり残ってるのか』
「そうなんだ……。すみません。どんな呪いか教えていただけますか?」
【縁に纏わることは間違いないだろう。互いの姿を目で見えないのがその証左だ。いずれわかる。期して待つと良い】
「わかり、ました。……ありがとうございます」
隣に倣ってぺこりと頭を下げる。
聞きたいことにも一区切りついたところで、竜神様との話をそこそこに切り上げ今の領域を抜け出すことにした。
海色一色の世界は不思議と僕でも触れる地面があるようで、さっきまではリィムさんと同じ大地(海面)に立っていられた。まあ身体を浮かせようと思えば浮かせられたため、その辺は自由なのだろう。さすが神の領域。
空高くに水面越しの太陽が見えるだけで、あとは上下左右全部海だ。耳を澄ませば微かに波の音が聞こえてくる。




