30話目
「クーネさん!!クーネさん、しっかりしてください!!」
「やああぁぁぁぁぁ!やめ、やめて!ふぐううぅぅう!」
ベッドの上で苦しそうにうめいているクーネに精一杯声をかけるエルミス。
だが暴れるクーネに吹き飛ばされ尻餅をつき、クーネ本人もベッドから転がり落ちて、そして静かになる。
ゆっくりと立ち上がりうつぶせに倒れているクーネを抱え上げると程なくして目が覚めた。
「クーネさん、大丈夫、ですか?」
「え、エルミス・・・?ここは・・・、うっ!ぷ・・・!」
答えようとするクーネであったが、途端に吐き気を催しエルミスを突き飛ばす。
再び尻餅をつくエルミスだったが、その視線の先では胃の中身を吐き出しているクーネの姿があった。
背中をさすり優しく声をかけるエルミス。しばらくして落ち着きを取り戻しお礼を言う。
だが、その身体にはいまだ残る不快感。
手に、胸に、そして口や下腹部には異物感まで残っていた。
「本当に大丈夫ですか?」
「う、うん。ただすごいリアルだったというか、生々しかったというか・・・。夢だったはずなのに感覚が体に残ってて気持ち悪い。」
肩を借りて何とかベッドまで行き腰を落ち着かせる。
その後すぐにエルミスは吐瀉物の処理を始め、クーネはそれを申し訳無さそうに眺めることしか出来ないほど滅入っていた。
(いくらクーネの記憶と身体とはいえ、まさか夢でここまではっきりと体感出来るような目に遭うとは思わなかった・・・。
くそっ、なんて気分だ!夢だからいいものの実際こんな目に遭ったら・・・。それに、知り合いがあんな目にとか考えたら・・・。)
夢の内容を思い出し、再び気分が悪くなると同時に、急激に襲ってくる恐怖。
それを認識した途端に震え始める身体。止めようと両手で自分を抱きしめるが一向に止まらない。
いったん部屋を出ていたエルミスが、処理を終え戻ってきたとき、それに気付きクーネを抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫ですから。」
「え、エルミス・・・、ご、ごめ・・・わ、わた、し・・・。」
「大丈夫、怖くないですよ。ゆっくりと、落ち着きましょう・・・。」
優しくクーネの頭を撫でる。その暖かさにゆっくり落ち着きを取り戻し、震えも次第に収まっていく。
震えが収まったとき、自分を抱きしめていたクーネは、気付けばエルミスを抱きしめていた。
エルミスもずっと撫で続け、落ち着きを取り戻したことを確認すると優しく撫でるのを止め、そっとクーネを両手で抱きしめた。
そのままゆっくりと時間が流れ、どちらからとも無く離れ、そして見つめ合う。
先に口を開いたのはクーネだ。
「ありがとうエルミス、だいぶ落ち着いたよ。しかし夢とはいえあんな事・・・んむ!?」
夢のことを話そうとしたクーネだが、エルミスの人差し指によって口を塞がれ、その先を紡ぐ事が出来なかった。
「夢は夢です、そんなものは忘れましょう。まずはゆっくり休んでください。」
言うが早いか、エルミスはまたクーネを抱きしめ、そしてそのまま同じベッドに寝転がる。
「え!?ちょっ、エルミス!?」
「怖い夢を見た後はなかなか寝れないでしょう?だから私が一緒に寝てあげます。安心して寝てください。」
慌てるクーネだったが、しっかりと抱きしめられ逃げられない。
「昔にもこうして、怖い夢を見て泣いていた弟を、アグナを抱いて寝たこともあるんです。大丈夫ですよ、一緒に寝れば怖くないですよ。」
「私はそんなに子供じゃ・・・。」
「ふふ、見た目ならクーネさんの方がお姉さんかもしれないですが、私はクーネさんの何倍長く生きてると思っているんですか?」
思わず本気で計算し始め答えを導き出そうとしていることに気付き、エルミスはクーネの顔を自分の胸元へと引き寄せ埋めさせる。
「もう!そこは軽く流す所ですよ。」
「いや、それよりもむ、胸が・・・。」
「わざとに決まってるじゃないですか。今日はもうこのままクーネさんを抱いたまま寝ます。それではおやすみなさい。」
ツンとした言葉とは裏腹に、クーネの頭を優しく撫でてくるエルミス。
クーネはドキドキしながらも諦めてゆっくりと目を閉じた。
(エルミス、・・・暖かい・・・。夢は夢、か。そうだよな・・・。)
不思議と下心も沸かずに温もりを感じながら、クーネは先ほど見た夢を思い出すことなく眠りにつくことが出来たのだった。
この時、部屋の扉の向こう側にはネィルとカッツが立っていた。
エルミスからクーネの体調が悪化したと聞いて見に来ていたのだが、どうやら心配することは無さそうだと部屋に入らず様子を伺っていたのだ。
「どうやら大丈夫そうですね。」
「そうみたいだね。エルミスお姉ちゃんが慌ててたから驚いたけど、安心したよ。」
「とりあえず薬も持って来たけど・・・、ネィルさん、せっかくだし部屋に置いてきて下さい。僕は先に部屋に戻っていますので。」
一瞬「自分で持って行けばいいものを」と思ったネィルだったが、理由を察し薬を受け取り
「ほんと、お兄さんって真面目だね。お姉ちゃんたちは気にしないと思うよ?どうせならもっと積極的に攻めちゃえばいいのに。」
と、少しイタズラ顔をして呟いた。
おもわず噴出すカッツだったが、気を取り直して首を横に振り、苦笑いをしながら戻っていくのだった。
それを見送ったネィルは二人を起こさないようにと静かに扉を開け中を進み、ゆっくりとテーブルの上に薬を置く。
そして抱き合って寝ている二人を眺めながら、真面目な顔で、誰に言うでもなく、
「皆が癒される世界が来れば一番なのだがな。」
と言葉を漏らし、来たときと同様に静かに部屋を出た。
部屋に戻ったネィルをカッツがお礼とともに出迎え、そして少しの雑談の後、それぞれのベッドで横になり目を閉じる。
しばらくするとカッツの方から寝息が聞こえ、思わず顔が緩んでしまうネィル。
「まったく、我ながら『らしく』ないことを考えるようになったものだ。しかし、ここ数年のことを考えればこの穏やかな時間と言うのも悪くない。」
ネィル・・・、バルギスはこの世界に召喚されてからの事を思い出し、笑いを噛み殺していた。
自分の娘を見つけ出し、この世界の国をいくつか滅ぼした魔王となり、殺されたかと思えば復活を果たし、そしてまさか幼女姿になって自分を殺した相手に会いに行く。
元の世界で暮らしていた数百年よりも、この世界に来てからの数年は激動と呼ぶにふさわしい時間であった。
「まぁセイジ(やつ)のおかげでエルミスも無事に戻り、遺恨がないわけではないが無駄に騒ぐこともあるまい。
ジグラッドの奴に会ってどうなるかわからんが、それまではおとなしく行きたいものだな。」
壁を挟んだ隣の部屋、抱き合って寝ている二人の方へと語りかけ、ネィルも眠りにつくのだった。
朝になり、クーネは困っていた。
目が覚めたはいいが、エルミスの拘束が解かれておらず、身動きが取れなかった。
エルミス本人はまだ夢の中である。
「あの、エルミス。起きて?おーい?」
声をかけてみるものの寝息が返ってくるだけで起きる様子は無いようだ。
その割に意外に強い力でしっかりと抱きかかえられ、今まではなんとも思わなかったが徐々に気恥ずかしくなるクーネ。
(これは・・・。さすがに無理にでも起きてもらうしかないか。)
そう決めたクーネはもぞもぞ動きながらエルミスの背中を軽く叩き 、声をかける。
ゆっくりと身体をずらして行き、クーネの正面にはエルミスの寝顔、息が顔にかかるほどの近い距離。
そこでゆっくりと開かれる瞳。そしてしばらく見つめあい・・・。
「あ、あの、おはよう、エルミス・・・。」
「ん・・・、クーネ、さん?」
気まずそうな表情をするクーネだが、ニッコリと微笑むエルミス。
「うふふ、クーネさんだー。あったかーい。」
「え、ちょっと!?」
「どこ行くんですかー、逃がしませんよー?」
クーネの身体に足を絡ませ、力強く抱きしめる。さらには肩に顔を乗せて余計に密着させてくる。
予想外の行動に硬直するクーネだが、そんなものおかまいなしにエルミスは頬ずりまでしてきた。
「うひゃぁ!え、エルミスさん!?起きて、しっかり起きてぇ!!」
慌てつつも今のエルミスの状況に少し見覚えがあり、どこで見たか思い返すと・・・。
『いつも、と言うわけではないのだが、たまに寝起きの悪いときがあってな。
そんなときは完全に目が覚めるまで妙に甘えてくるから、この先こんなことがあったらうまく対処してくれ。』
ネィルの言葉を思い出し、
(あぁ・・・、盗賊退治した後の日だ。しかたない、完全に目が覚めてくれるまでは我慢する・・・)
「うひぃ!?」
小さい悲鳴をあげる。エルミスがクーネの首筋に甘噛みしてきたのだ。
口を離し、噛んだ所を舐めるエルミス。
「いゃ・・・、んっ!え、エルミス、止め・・・。」
身体を回転させ、クーネに覆いかぶさるような形になったエルミスは再び優しく首筋に噛み付く。
「ひん!ま、待って。これ本当にやばい・・・!」
ネィルにうまく対処しろ、と言われているもののここまでされるとは思っていなかったクーネ。
何とか抜けようとするが優しい噛み付きとは裏腹に抱えられてる力は強い。
「こ、こうなったら・・・・!ごめんエルミス!!」
「はい・・・?って、きゃあ!」
先ほど転がったおかげでベッドの端が近くなっていたことを利用し、クーネは抱えられたままさらに転がり、そしてベッドの下へと互いに落ちた。
落ちた衝撃でエルミスからの拘束が解かれ、クーネはそのまま床を転がり仰向けになる。エルミスの様子を伺うと首を振りながら起き上がろうとしている所だった。
「いたた・・・。えっと、何が・・・?」
「良かった、おはようエルミス、目が覚めた?」
「あ、クーネさん、おはよぅ・・・、っ!?」
徐々に顔を赤く染め上げていくエルミス。その様子をクーネは苦笑いしてみているだけ。
「えっと、あの、先ほどは・・・。」
「大丈夫、気にしてないよ、甘エルミスちゃん。」
「〜〜〜ッ!!」
声にならない悲鳴をあげベッドに戻りシーツに包まり団子になる。
それとほぼ同時に部屋の扉が開き、ネィルが顔を覗かせてきた。
昨日の状況から様子を見に来たのだが、その視界に入ったものは床に寝転がっているクーネと団子になっているエルミス。両者を見てため息一つ。
「まあクーネは既に事情も知っているからな。気が済むまで甘えてはどうだ。くっくっく。」
そう言うと扉を閉め戻っていき、遅れて枕と罵声が飛んでくるのだった。




