友人の兄がアレだったらしい件
ある日友人が相談をしてきました。……え、ちょっと待って?
※「お姉ちゃんと呼んでほしい」の続、き…? のような何かです。
「はるちゃん、あのねっ!」
彼女が紡ぐ言葉の中心は、いつも彼だった。
表情のあまり変わらない私の友人。けれど彼の話をするときだけは無意識なのか表情豊かで、他の人には気づかれない程の、ほんの些細な違いではあったけれど、不思議と私には彼女の考えていることが良く解った。
気づけるようにさえなれば、彼女はとても素直で真っ直ぐだ。
嗚呼、この子の抱く思いは、初恋は決して叶うことが無いのだと考えればこちらの方が辛くなってしまうが、叶いはしなくともせめて彼女が幸せであるならば良いと、密かに願う。
思いは届かなくとも、彼女と彼が寄り添うことの出来る未来でありますように。
現状どうなりもしない無駄な祈りだとはわかっていても、そう思わずにはいられないのだ。
「えっと……はるちゃん、その、ね……いずみちゃんはどうしたらお兄ちゃんに成ってくれるかなぁ?」
彼女は心を開いてくれたのではないだろうかと、自分でも頷けるように成った頃。詩織ちゃんは私にそんな質問と相談を投げかけてきた。
思わず額から机に頭を打ち付けた。
「……は、え…?」
「だからね、いずみちゃんはお兄ちゃんでしょう? いずみちゃんは格好良いからどうしてもお兄ちゃんだし、お姉ちゃんとは呼べないからやっぱりお兄ちゃんなの」
ごめんなさい詩織、君が会話とか説明が下手くそなことは知っているのだが、でもこう思っても仕方ないと思うんだ。
頼むから、もっと理解をし易い説明をして下さい。
御樹本和泉、というのが友人の兄の名であるらしい。
らしい、とはいうが実のところ彼とは詩織ちゃんの友人ということで面識があるし、学園内でも名前を聞いたことがない人は居ないのではないか、とさえ言われる彼について知らないと答えられはしないだろう。
友人の兄である彼は、今年で引退とはいえ全生徒のトップに立っていたのだから。
前生徒会長、御樹本家次期当主。
格上の名家子息が学園に入学してからも、それを押さえつけて任期終了まで生徒会長の座を譲らず、櫛名田家やそれに並ぶ名家の方々にも一目置かれ、決して無視できない権力を握った一族の次代当主。
一部には恐れられてさえいる彼ではあるが、私から見れば気性穏やかで優しい友人の兄でしかない。
柔らかな物腰と柔らかい言動をしているからか、紳士的な男性であるという印象を周囲に与えていたが、彼の妹溺愛ぶりも有名である。
そして、その彼に溺愛されている本人であるところの詩織が告げた兄の本性というものに、私は頭を抱える他なかった。
……友人の兄が心は乙女だなんて、一体、誰が予想できますかっ!
「こんにちは」
「こ、んにちは……御樹本先輩」
自分が生徒会長になったと思えば権力を使い放題な彼に呆れた、事件の後。
一方的に攻められて断罪されたような形になった彼女が為の婚約破棄騒動は、日が暮れる前には既に決着が付き、彼等は皆、一時的に実家への強制送還という運びになった。
……本当に、馬鹿馬鹿しい。
呆れ半分、諦め半分。もしかしたら、という思いも微かには存在していたというのに、どうにも踏み潰されたような気分で舌打ちでもしたくなる。
妹である彼女に、実はおねぇであると聞かされた彼が目の前に現れたことで、私は動揺せざるを得なかった。友人とは違い、得意である作り笑顔を顔に浮かべて、どうにか対応しようと声をか返す。
さて、以前よりも接し方に困る相手に、私はどのような態度を取れば良いのだろうか。
戸惑いから、当り障りのない問いを投げかけることにした。
「詩織ちゃんはどうしたんですか?」
あの後、詩織に真っ先に駆け寄ったのは先輩である。彼女を宥めながら立ち去った彼であったから、詩織ちゃんのことは任せても良いと判断したというのに、何故ここに居るのか。
妹から私が知っているということを聞いたのか、ふふっ、と隠す様子もなく彼は女性的に笑う。
「詩織は泣きつかれて眠ちゃったの」
だから保健室で寝かせているわ、と言って、目を細める。
それは微笑んでいるようにも、何かを企んでいるようにも見えて、何でもないようなふりをしながら悟られないように警戒した。
「……あなたには聞きたいことがあってね、良いかしら?」
そう告げて、影を落とし始めた陽の光が広がる私達の教室に、彼は一歩ずつ踏み出す。
心は女性であるとはいっても、身体は問題なく男性のものである彼は女である私からすれば、随分と背が高い。
何でしょう。と、白々しくも答えた私も椅子に座ることを辞めた。
「あぁ、先ずお礼を言っておくわ。……ここまでスムーズに、無駄な被害を広げることもなく彼等だけを貶める事が出来たのはあなたのお陰よ」
「そんな、別に……」
私はただ、彼等の証言と彼女の行動を照らしあわせて証拠を準備しただけだ。
あの子の為に暴走した彼等の行動を全て論って、問題行動であると、彼等の実家や学園に情報を流しただけだ。
詩織ちゃんには、酷いことをした。
例え今ここにいる彼女と私が傷つけた彼女が違ったとしても、その傷は私の中に根付き、彼女が幸せになることばかりを願ってしまう。
私は、同じことを繰り返したくないだけだ。再び傷つくことが解っているから、彼女の傷が少しでも浅く済むように。
腹違いとはいえ兄に恋心を抱いているように見えた彼女に、正直私は喜んだ。だからこそ、その思いが揺るがぬように、本来耀へと向けられる思いを遮断するように、私は彼女の思いを利用してきた。
傷つけたくないから、なんて所詮言い訳。
苦しむ彼女を見たくないが為に、彼女の純粋な思いを利用するなんて私はなんて酷い女だろう。こんな私が詩織ちゃんの友人だなんて、烏滸がましすぎて反吐が出る。
「ねぇ、あなたはどうしてここに居るの? 瀬織遥……“本当の”ヒロインさん」
私は哂った。
これが作り笑いなのか、それとも自分を嘲っているのか、自分でもわからない。けれど、笑わずには居られなくて、頬を温かいものが伝うのを感じた。
「――――なんだ、そっか。……私とあの子以外にも、解る人が居たんだ…」
だとしたら、私はなんて道化なのだろう。
途中まで、私も気づいていなかったのだから。
ふと気がついたら存在しない筈の彼女が居て、気がつけば私という立ち位置を全て、彼女に奪われていた。
何度繰り返しても、同じ。物語の主人公は私であったのに、今では乗っ取った彼女がヒロインだ。
ループに気づくこと無く、ただヒロインとして日々を過ごしていた私は数多くの人を傷つけて、踏みにじって、繰り返し物語を終えてきた。
それに気づいた時には役目を終えているなんて、一体どれほど愚かなのか。
ヒロインが入れ替わってしまえば、攻略対象としての彼等は呆気無く掌を返して、私という存在は踏みにじられた。
私は、中身を絞り尽くされた抜け殻だ。
「だけど、そんな私にも……詩織ちゃんは、友達だって、言ってくれた…」
繰り返した記憶の中に残る、不器用で幼い彼女の笑顔が、脳裏に焼き付いて消えない。
変わってしまった私と、変わってしまった彼等。けれど唯一変わっていない彼女だけが私の救いで、彼女に贖罪することで、私も救われるような気がした。
だって、ゲームはゲームのままではなくなったのだから。
初めて未来を見ることが出来るような気がして、その未来で友人が幸せであれば良いなんて、初めて思えた。
許せなかった。私を奪ったあの子も、何も知らずにあの子の傍で笑う幼馴染み達も。
そんな私が、過去ばかりを振り返って今を恨んでいた私が、未来を思った。
一度、逃げ出した私だけど。
だけど、ねぇ、居るかもわからない神さま。
この箱庭を作った神さま。
――――私が未来を見ちゃ、いけませんか?
ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。
実は別アカウントで投稿した際、短編の日刊ランキングに恐れ多くも載せて頂いたりして、それなりにアクセス数も伸びていたのですが、正直小心者には恐ろしくて、静かにひっそりと残しておこうと思いまして移しました。
皆様、本当にありがとうございましたm(_ _)m