第9話 たまたま、じゃないかもしれない
共用休憩室。
夜。
照明は落とされ、端末の光だけが浮いている。
セナはソファに寝転び、片足を肘掛けに乗せたまま端末をいじっていた。
表示されているのは――
帝国と共和国の過去戦闘記録。
要塞奪還戦。
境界線争奪戦。
防衛戦。
反撃戦。
勝ち。
負け。
奪還。
再奪還。
セナは指でスクロールする。
「……へえ」
同じ地名が何度も出てくる。
奪われて、取り返して、また奪われて。
数字は変わる。
損耗率も違う。
接続値も違う。
でも。
「気持ち悪いなぁ」
独り言。
そのとき。
「何を見ているんだい?」
優しい声。
セナは目線だけ動かす。
「お隣さん」
エル・セルド。
手に飲み物を持っている。
「戦闘ログ」
「過去十年分」
エルは少しだけ驚く。
「珍しいね」
「任務とは無関係だ」
「うん」
セナは端末をくるりと回す。
「暇つぶし」
エルは向かいに腰を下ろす。
画面を見る。
「……繰り返しだ」
「でしょ?」
セナはあくびをする。
「ここ取った」
「取り返された」
「また取った」
「また奪われた」
「これ、何回やるの?」
エルは静かに答える。
「戦争とはそういうものだ」
「消耗と均衡の連続」
セナは画面を止める。
「終わらなくない?」
断定ではない。
でも、疑問でもない。
エルは一瞬だけ目を細める。
「どういう意味だい?」
「なんかさ」
セナは指で円を描く。
「ちょっと勝ちすぎないし」
「ちょっと負けすぎない」
「ギリギリ保ってる感じ」
「変じゃない?」
エルは即答しない。
代わりに問う。
「君は、どう思う」
セナは天井を見る。
「つまんない」
即答だった。
「勝つなら勝てばいいし」
「負けるなら滅びればいい」
「中途半端」
エルは視線を落とす。
「危険な発想だ」
「そう?」
「均衡が崩れれば、被害は拡大する」
「だから?」
セナは首を傾げる。
「今だって死んでるじゃん」
「量が違うだけでしょ」
エルは初めて、わずかに間を置く。
「君は、壊したいのかい」
「壊す?」
セナは笑う。
「別に」
「ただ」
端末を閉じる。
「この世界、なんか薄い」
エルはその言葉を反芻する。
「薄い?」
「うん」
「痛みも」
「怒りも」
「全部ちょっとずつ」
「濃くならない」
静寂。
エルは静かに観測する。
言葉の選び方。
感情の波形。
視線の揺れ。
「……君はΣ200%を経験している」
唐突に言う。
セナは肩をすくめる。
「運がよかっただけ」
「壊れなかった」
「運?」
「うん」
「たまたま」
エルは小さく首を振る。
「偶然が連続する確率は低い」
「統計上はね」
セナはにやりと笑う。
「私、統計じゃないし」
エルは静かに立ち上がる。
「君は観測対象だ」
「自覚はあるかい」
セナは目を細める。
「観測って、カルネア?」
エルは答えない。
沈黙。
それが答え。
セナは小さく笑う。
「へえ」
「やっぱり、なんかあるんだ」
エルは柔らかく言う。
「考えすぎはよくない」
「世界は単純だ」
「帝国と共和国」
「敵と味方」
セナは首を横に振る。
「それが一番気持ち悪いんだよね」
言い切った。
エルはそれ以上追及しない。
「今日は休むといい」
「明日は任務だ」
「はーい」
エルが去る。
静かになる。
セナは再び端末を開く。
要塞の記録。
白百合。
アルテミス。
フィーネリア・ルミナリア。
指が止まる。
「……あんたは、濃かったにゃあ」
小さく呟く。
それから天井を見る。
「壊せるのかな」
誰にともなく。
「この薄さ」
目を閉じる。
口元だけが、わずかに笑った。




