第5話 均衡の匂い
帝国開発棟。
格納区画。
GRASP-QΣ《クインヘイデス》が整備台に固定されている。
黒と桃の外装。
片目の橙ラインだけが淡く光る。
周囲では整備兵が数人、装甲や内部フレームの点検をしている。
その肩装甲の上に、セナは腰かけていた。
足をぶらぶらと揺らす。
「ねー」
少し離れた位置で端末を操作しているアインスが顔を上げる。
彼は機体に触れない。
整備は兵たちが行う。
「どうしたんだい、セナくん」
セナは装甲を軽く叩いた。
「200%のときさ」
整備兵が一瞬こちらを見るが、何も言わない。
「残響、重くはなったけど……別に大したことなかったよ?」
アインスは少しだけ視線を細める。
「そうかい」
淡い反応。
「Σシステムって、どーゆー原理?」
アインスは端末を閉じないまま答える。
「今は説明しない」
「試作段階だ。安定した理論とは言えない」
セナは肩をすくめる。
「へー」
少し間。
「壊れると思ってた?」
「可能性は高かった」
「だが壊れなかった」
淡々。
セナは笑う。
「つまんな」
本気でも冗談でもない声。
整備兵が工具を置く音が小さく響く。
セナは天井を見上げる。
「ねえ」
「この戦争さ」
アインスは無言。
「終わらなくない?」
問いではない。
もう知っている声音。
整備兵の一人が手を止める。
アインスはようやく端末から目を離した。
「なぜそう思う」
「勝ちすぎないし、負けすぎない」
「どっちも、ギリギリ」
「共和国も、帝国も」
軽く笑う。
「都合よすぎ」
アインスは一拍置く。
「世界は単純ではないよ」
「見えない力が働くこともある」
曖昧。
ぼかす。
セナはじっとアインスを見る。
「へー」
「壊せるの?」
その言葉に、整備兵の一人が思わず顔を上げる。
アインスは微笑む。
「理論上は可能だろうね」
「どんな均衡も、構造である以上、破壊はできる」
具体名は出さない。
セナはしばらく黙る。
そして、機体から飛び降りる。
「そっか」
「じゃ、いつかやってみよっかにゃあ」
軽い。
遊びの延長。
アインスは言う。
「壊したところで、満足できるとは限らないよ?」
セナは振り向かない。
「満足できなくても、退屈は消えるでしょ」
整備兵たちの工具音が再び響く。
クインヘイデスの発光ラインが一瞬、淡く揺れた。
アインスは小さく呟く。
「観測対象としては、申し分ない」
だがその声は、誰にも届かない。




