第40話 鎖無き猫
夜。
共和国兵舎の灯りが消える頃。
セナは静かに外へ出た。
街は眠り始めている。
兵舎の裏道を抜け、郊外へ向かう。
舗装が途切れる。
土の道。
森。
誰も来ない場所。
「ただいまー」
軽く言う。
木々の奥。
土を少し掘り返すと、黒い装甲が姿を見せる。
UN-Σ《バスティト》。
赤紫の外装。
橙の発光ラインは、今は眠っている。
セナは装甲を軽く叩く。
「久しぶり」
⸻
コックピットハッチを開ける。
内部は静かだった。
セナは兵舎の服を脱ぎ、座席の横に置く。
視線を落とす。
そこに畳まれているスーツ。
紺色を基調に、桃色の接続発光ライン。
ユニオンスーツ。
セナはそれを持ち上げる。
しばらく眺める。
「……やっぱり布面積ちいさいってー」
小さく文句を言う。
肩をすくめる。
「所長さんの趣味じゃないよね、これ」
苦笑しながら足を通す。
身体にぴったりと密着する素材。
接続ラインが皮膚に沿って微かに光る。
腕を通す。
背中のラインが繋がる。
胸元の接続部が淡く発光する。
セナは腕を伸ばして確認する。
「んー……動きやすいのは認めるけど」
座席に腰を落とす。
接続ラインが背中に触れる。
「……やっぱり露出多いにゃあ」
でも。
文句を言いながらも、少しだけ楽しそうだった。
⸻
起動。
UN-Σ《バスティト》が静かに振動する。
機体内部の光が灯る。
セナの視界にシステム画面が浮かび上がる。
そして。
見慣れない表示が出た。
ACCESS : ARCHIVE
AUTHOR : AINS
セナは半目になる。
「所長さん?」
指で画面を弾く。
ログが開く。
⸻
アインスの記録。
設計メモ。
キングスの分解データ。
フレーム解析。
そして。
LNS構造図。
セナは首を傾げる。
「LNS……?」
読み進める。
⸻
《全REV / GRASPに搭載》
《起動制御装置》
《残響翻訳機構》
《接続率制御》
《出力制限》
《均衡調整》
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セナの目が細くなる。
「へえ」
画面をスクロールする。
さらに下。
アインスのコメント。
⸻
《残響は本来、機体と直結できる》
《LNSはその翻訳装置》
《同時に制御装置》
《つまりリミッター》
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セナが小さく息を吐く。
「なるほど」
さらにスクロール。
⸻
《100%接続検知》
《過剰出力監視》
《戦場均衡補正》
⸻
そこで指が止まる。
「均衡」
セナは思い出す。
帝国の戦場。
共和国の戦場。
押しても崩れない線。
そして。
セシリア。
撃たれた場所。
敵影なし。
「……あー」
少しだけ笑う。
「そういうこと」
⸻
次のログ。
バスティトの設計。
そこに。
LNSの項目がない。
代わりに書かれている。
⸻
《残響直結フレーム》
《LNS未搭載》
《フィルタなし》
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セナは画面を見つめる。
数秒。
「え」
もう一度確認する。
本当に。
LNSがない。
「じゃあ」
コックピットの内壁に背中を預ける。
天井を見上げる。
「これ」
「感知されないじゃん」
戦争調整。
接続監視。
均衡制御。
全部。
LNSがやっている。
でも。
この機体には、それがない。
「ふーん」
セナは少しだけ笑う。
⸻
もう一度ログを見る。
アインスの最後のコメント。
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《仮説》
《LNSは戦争の安全装置》
《しかし同時に》
《戦争を終わらせない機構》
⸻
セナはしばらく黙る。
森は静かだった。
機体の振動だけが小さく響く。
帝国。
共和国。
同じ戦争。
同じ線。
崩れない戦場。
「なるほどね」
理解は早い。
怒りはない。
悲しみもない。
ただ。
納得。
「だから」
「壊れないんだ」
⸻
コックピットの窓の外。
月。
静かな夜。
セナはもう一度、ログを見る。
LNS。
均衡調整。
接続制御。
そして。
この機体には存在しない。
「へー」
少しだけ楽しそうに言う。
「じゃあ」
ゆっくり目を閉じる。
そして呟いた。
「よかった」
小さく笑う。
「ちゃんと壊せそうで」
UN-Σ《バスティト》の発光ラインが、静かに瞬いた。




