第39話 観察
共和国軍医務棟。
白い廊下。
消毒液の匂い。
リオンは壁にもたれて立っていた。
拳を強く握っている。
医務室の扉。
その向こうに、妹がいる。
セシリア・フロル。
第1部隊。
「……くそ」
小さく呟く。
何もできない。
戦えない。
REV適性は低い。
だから哨戒任務。
それでも、守るつもりだった。
兄として。
でも。
守られているのは、いつも自分の方だ。
⸻
医師が医務室から出てくる。
「命は取り留めました」
リオンの肩から力が抜ける。
「ただ」
言葉が続く。
「戦線復帰は、しばらく難しいでしょう」
リオンは静かに頷いた。
「……そうですか」
生きている。
それだけでいい。
⸻
廊下の奥。
紺色の軍服。
白い髪。
フィーナが立っていた。
静かに。
リオンはすぐに気づく。
「フィーネリア様……」
敬礼しようとする。
フィーナは首を振る。
「いいよ」
柔らかい声。
でも。
どこか力がなかった。
フィーナはゆっくりと頭を下げる。
「……ごめんなさい」
リオンは言葉を失う。
「私が追撃を指示した」
「本来なら、あそこで止めるべきだった」
廊下が静かになる。
「……セシリアは、私の部隊だから」
「守るのは、私の責任」
リオンはすぐには答えられない。
怒ることもできない。
責めることもできない。
ただ。
妹が生きていることだけで、十分だった。
「……生きてるなら、それでいいです」
やっと、それだけ言う。
フィーナは小さく頷く。
でも。
胸の奥の違和感は消えない。
撃たれた。
敵影はなかった。
戦場は、片付いていた。
つまり。
「……」
フィーナの視線が、廊下の先へ向く。
⸻
そこに、セナがいた。
椅子に座り。
背もたれに腕をかけて、足を組んでいる。
紺色の兵舎服。
気怠そうな半目。
「へえ」
小さく呟く。
リオンが気づく。
「……お前」
セナはひらひら手を振る。
「おつかれ」
「なんでここにいる」
「観察」
「……は?」
リオンは眉をひそめる。
「妹だぞ」
「知ってる」
セナは医務室の扉を見る。
「重症なんだって?」
「……ああ」
「帝国?」
少し沈黙。
「……分からない」
まだ戦場の詳細は届いていない。
セナはフィーナを見る。
ほんの一瞬だけ。
そして、視線を廊下の窓に向けた。
夕焼け。
赤い光。
「ふーん」
静かに息を吐く。
医務室。
重傷。
追撃。
そして。
敵のいない戦場。
セナは納得したように、小さく頷く。
「なるほどね」
そして呟く。
「これが調整、ってことね」
リオンが眉を寄せる。
「……なんだそれ」
セナは答えない。
ただ、医務室の扉を見る。
セシリア。
その向こうにあるもの。
そして。
この世界。
「壊れないわけだ」
小さく笑う。
怒りでもない。
悲しみでもない。
ただの理解。
⸻
セナは椅子から立ち上がる。
軽く伸びをする。
「観察おーわり」
リオンが言う。
「……お前、何言ってんだ」
セナは振り向かない。
歩きながら手を振る。
「さーね」
「ただ」
少しだけ振り返る。
半目のまま。
「この戦争」
「誰かがちゃんと綺麗にされてるよ」
リオンは意味が分からない。
フィーナは、違った。
胸の奥で。
何かが静かに動いた。
あの言葉が、また響く。
――終わるのかな?戦争。
廊下の窓の外。
夕焼けが、静かに沈んでいった。




