第38話 白百合の影
共和国軍第1部隊。
REVR-IV。
接続開始。
20%。
いつも通りの数値。
いつも通りの感覚。
それでも今日は、胸の奥が落ち着かなかった。
理由は分からない。
ただ。
「……なんだろ」
小さく呟く。
コックピットの中で、静かな違和感が残る。
通信が入る。
「第1部隊、出撃準備完了」
「了解。前線へ向かう」
アルテミスが滑走する。
白い機体が空気を裂く。
⸻
戦場は境界防衛帯。
第3部隊の隣接区域。
帝国軍が前進してきていた。
「敵前衛、確認」
「迎撃開始」
アルテミスが前へ出る。
ブレードテイルが広がる。
一機。
二機。
帝国機が崩れる。
第1部隊は共和国最強。
押し返す力が違う。
帝国のラインが揺れる。
「押して」
フィーナが指示を出す。
通常なら、ここで止める。
でも今日は違った。
帝国の崩れ方が大きい。
「追撃」
通信が一瞬静まる。
副隊長が戸惑う。
「フィーネリア様、追撃は――」
「大丈夫」
フィーナは即答した。
「崩れてる。今なら押せる」
アルテミスが加速する。
帝国機が撤退していく。
追う。
深く。
さらに深く。
「……こんなに崩れるなんて」
珍しい。
帝国がここまで崩れることは。
⸻
その時。
通信が割り込む。
短い叫び。
「撃たれたようです!」
フィーナの思考が止まる。
「誰!?」
「セシリア機!」
胸が凍る。
REV-VI。
機体が揺れる。
煙が上がる。
「セシリア!」
フィーナが機体を反転させる。
周囲を確認する。
敵影はない。
帝国機はすでに撤退していた。
撃った方向も、分からない。
「撤退!」
副隊長の声が響く。
「これ以上は危険です!」
フィーナは歯を食いしばる。
追撃はここまで。
「……撤退」
アルテミスが下がる。
第1部隊も後退する。
⸻
帰投。
格納庫。
アルテミスから降りる。
整備班が駆け寄る。
「セシリアは!?」
「医務室です!」
「命は?」
「……取り留めています」
フィーナは深く息を吐く。
足の力が抜けそうになる。
「よかった……」
でも。
すぐに、違和感が戻る。
撃たれた。
どこから?
帝国は撤退していた。
周辺は第1部隊が制圧していたはず。
つまり。
「……誰が」
小さく呟く。
自然と視線が向く。
第1部隊。
仲間。
長く戦ってきた兵士たち。
信頼してきた人たち。
その中の誰かが――?
フィーナは首を振る。
「……違う」
そんなはずない。
でも。
戦場は確かに片付いていた。
敵はいなかった。
撃てるのは。
「……味方?」
胸の奥が冷たくなる。
もし。
追撃が――
“都合の悪い行動”だったとしたら。
その時。
ふと。
ある言葉が頭に浮かぶ。
夕陽の下で、あの少女が聞いた。
――戦争ってどう思う?
そして。
――終わるのかな?戦争。
フィーナは目を閉じる。
「……」
あの時、自分は言った。
終わらせなきゃいけない、と。
でも。
もし。
この戦争が。
終わらないように動いているのだとしたら。
アルテミスのコックピットが、静かに軋む。
フィーナは自分の手を見る。
微かに震えていた。
「……終わるのかな」
それは問いだった。
自分への。
この世界への。
そして――
あの、野良猫みたいな少女への。




