第35話 迷い猫の志願
共和国軍・臨時志願受付所。
人の出入りが絶えない。
戦時下。
志願者も、補充も、当たり前の光景。
セナは壁に貼られた募集要項を眺めていた。
〈志願兵募集〉
〈REV適正検査あり〉
〈即日配属可〉
「即日って雑だにゃあ……」
指先で紙の端をなぞる。
理由は、特別ない。
ただ――
中から見たほうが早い。
帝国の外から見ても、分からなかった。
共和国の外から見ても、分からない。
なら。
中に入る。
それだけ。
受付に歩み寄る。
「志願したいんだけど」
事務官が顔を上げる。
「名前は?」
「セナ」
「姓は?」
ほんの一拍。
「んー、ないかな?」
嘘でも本当でもない。
事務官は怪訝な顔をするが、戦争中だ。
人手は欲しい。
「適正検査室へ」
⸻
簡易接続ブース。
共和国製REVの試験機。
「上限15%固定で行きます」
「はーい」
座る。
接続。
視界が開く。
帝国機とは微妙に違う。
応答の柔らかさ。
駆動の癖。
滑走。
旋回。
急停止。
15%。
それでも十分。
動きすぎない。
目立ちすぎない。
でも、明らかに操作精度は高い。
観測員が小声で話す。
「安定してる」
「経験者か?」
セナは何も言わず、静かに降りる。
「仮配属、第3部隊」
「おっけー」
あっさり決まる。
猫は居場所を見つけるのが早い。
⸻
夕方。
リオンの部屋。
ドアを開けると、いつもの匂い。
少し焦げた油の匂いが染みついた空気。
「ただいまー」
リオンが振り向く。
「……どこ行ってた」
テーブルに志願証を置く。
「入隊した」
「は?」
空気が固まる。
リオンは無言で引き出しを開ける。
帝国のIDカード。
第4部隊
セナ・セルド
それを指で弾く。
「大丈夫なのか?」
セナはカードを見る。
そして。
肩をすくめる。
「あちゃー。バレてたかー」
わざとらしい。
リオンは呆れる。
「当たり前だろ」
「まあいっか」
軽い。
でも、逃げない。
「平気だよ」
「何が」
「だってあたし、帝国じゃないし」
リオンが眉をひそめる。
「…でも共和国でもない」
セナはくるっと回る。
「正体不明の猫だからにゃあ」
冗談みたいに言う。
でも、目は真っ直ぐだった。
「戻る場所なくなるぞ」
「もともとないし」
即答。
リオンの喉が詰まる。
セナはしばらく部屋を見回す。
この一週間の景色。
小さなテーブル。
狭いキッチン。
安いベッド。
温度。
「ねえ」
「ん?」
「助けてくれたのがリオンでよかったよ」
「ありがと」
自然に出た言葉だった。
軽くない。
ふざけてない。
ちゃんと。
リオンは少し驚いてから、静かに笑う。
「……どういたしまして」
それ以上は言わない。
セナはパーカーを羽織る。
ホットパンツ。
黒いチューブトップの上に、いつもの黒いパーカー。
玄関に立つ。
「居候終了ー」
「……無茶すんなよ」
「猫は九つ命あるらしいよ?」
「お前は一つだろーが」
「そっかー」
くすっと笑う。
ドアが閉まる。
⸻
共和国兵舎。
番号札を渡される。
“臨時志願兵 307”
冷たい金属の番号。
「猫にも番号かー」
小さく笑う。
森の奥に隠したUN-Σ《バスティト》。
今は使わない。
共和国のREVに乗る。
15%で。
最低限で。
中から見る。
戦争の流れ。
均衡の揺れ。
白百合の国。
天井を見上げる。
「観察開始、っと」
目を閉じる。
共和国編。
静かに、深く、始まる。




