第34話 灯りのある部屋
セナがこの部屋に居候してから、一週間が過ぎた。
最初は「数日だけ」と言っていたのに、
気づけば当たり前のように朝を迎え、夜を越えている。
郊外の安アパート。
古い壁紙。軋む床。
でも、不思議と温度がある。
今日は少し特別だった。
玄関が勢いよく開く。
「ただいまー!」
明るい声。
セシリア・フロル。
リオンの妹で、第1部隊所属のREV接続者。
部屋に入るなり、セナをじっと見る。
「この人が噂の?」
「噂ってなに」
セナはソファに寝転がったまま、片目だけ開ける。
「お兄ちゃんが拾った女の子」
「拾われた覚えはないにゃあ」
「森で倒れてたんでしょ?」
「それは事実だけどー」
セシリアは腕を組み、にやりと笑う。
「ちゃんとお世話になってる?」
「ご飯もらってるし、ベッドも占領してるよ」
「占領すんなよ」
リオンが即座に突っ込む。
三人の距離は、もう他人のそれではない。
⸻
今日はセシリアの誕生日だった。
小さなケーキ。
安いろうそく。
三人分のフォーク。
「ほんとに三人だけなんだ」
セシリアが笑う。
「豪華じゃないけどな」
「いいの。お兄ちゃんと一緒なら」
その言葉に、リオンは少し照れる。
セナはそのやり取りを、静かに眺めている。
「なんかいいね」
ぽつり。
「なにそれ」
セシリアが笑う。
「ちゃんと守りたいって伝わる」
「お兄ちゃんは守れてないけどねー」
「うるさい」
軽口。
でも、温かい。
ろうそくの火を吹き消す。
小さな拍手。
狭い部屋に、柔らかい空気が広がる。
⸻
食事のあと。
セシリアはソファに腰掛け、足をぶらつかせる。
「お兄ちゃん、最近どう?」
「どうって」
「ちゃんと任務してる?」
「哨戒な」
「前線行きたいとか、まだ思ってる?」
一瞬だけ、リオンが黙る。
「思わねえよ」
嘘ではない。
でも、本音でもない。
セナがスープを飲みながら言う。
「悔しそうだったけどね」
「おい」
「だってさー」
セナは視線を横に流す。
「前線に立てないの、悔しいでしょ」
「妹が戦ってるのに」
セシリアが少し驚く。
「……そうなの?」
リオンは笑う。
「別に」
「俺は俺の役目がある」
「それでいい」
セナはじっと見る。
その顔。
誇りと、諦めと、少しの羨望。
混ざっている。
「ふーん」
それ以上は言わない。
⸻
夜。
セシリアは兵舎へ戻った。
玄関が閉まる。
二人きり。
リオンが皿を洗う。
「……ありがとな」
「なにが?」
「今日、あいつ楽しそうだった」
セナは床に寝転がり、天井を見つめる。
「そーだね」
「幸せそうだった」
「……そうか」
「リオンも」
「ん?」
「妹の話するとき、顔やわらかいよ」
水音が止まる。
「そうか?」
「うん」
セナは目を細める。
「なんか、ちゃんと生きてる顔」
リオンは少し考えてから、苦笑する。
「生きてるよ」
「俺も、あいつも」
セナは小さく笑う。
「そっか」
⸻
灯りを落とす。
セナはベッドに潜り込む。
リオンは床にマットを敷く。
「なあ」
「んー?」
「お前、いつまでいるんだ?」
少し間。
「さーね」
天井を見たまま。
「居ちゃだめ?」
「…だめとは言ってない」
「じゃあいーじゃん」
くす、と笑う。
しばらくして、セナの呼吸が静かになる。
眠ったように見える。
でも――
完全には落ちていない。
さっきの光景が、頭の奥に残る。
誕生日。
笑い声。
守りたい存在。
戦争の外側の温度。
「……へんなの」
ぽつり。
胸の奥が、少しだけざわつく。
嫌ではない。
でも、落ち着かない。
帝国では感じなかった感覚。
共和国の部屋は、静かだった。
温かい灯りが消えたあとも、
その余韻だけが、長く残っていた。




