第32話 揺れる白百合
夕焼けが消えていく。
フィーネリア・ルミナリアは、しばらくその場に立っていた。
セナの背中は、もう見えない。
胸の奥が、静かに軋む。
「歪んでる」
「気持ち悪い」
真正面から言われた。
責める声ではなかった。
淡々と、事実のように。
それが余計に刺さる。
⸻
夜。
アルテミスの格納庫は静かだ。
整備灯だけが淡く光る。
フィーナは迷いなくコックピットに入る。
後席。
レイが座っていた場所。
指先で触れる。
「……ただいま」
目を閉じる。
残響が、薄く揺れる。
包まれる感覚。
優しい。
苦しい。
安心する。
そして——逃げている。
⸻
セナの顔が浮かぶ。
無遠慮な視線。
笑っているのに、どこか空っぽ。
あの目。
あの温度。
ふと、思う。
似ている。
レイに。
容姿ではない。
言葉でもない。
もっと奥。
無機質なのに、人間。
感情が薄いのに、嘘をつかない。
レイは守るために削れた。
セナは削られずに空洞のまま立っている。
似ている。
でも、決定的に違う。
レイは——私を選んだ。
セナは——何も選んでいない。
⸻
「終わらない理由」
小さく呟く。
戦争が終われば、残響は消える。
残響が消えれば、レイは消える。
私は、戦争を終わらせたい。
でも。
終われば、レイをもう感じられない。
胸が締めつけられる。
「私は……」
王女として。
隊長として。
戦争を終わらせるべき人間。
でも。
私はレイを失いたくない。
それは、罪だ。
分かっている。
分かっているのに。
⸻
セナの声が蘇る。
「力はあるよね?」
「思想もあるのに、なんで?」
痛い。
正しいから。
レイは、どう思うだろう。
もし、残響越しではなく。
生きて、ここにいたら。
私は同じことを選ぶ?
それとも。
レイは、戦争を終わらせると言う?
分からない。
怖くて、想像できない。
⸻
フィーナはゆっくりと目を開ける。
薄暗いコックピット。
空席。
後席には誰もいない。
あるのは、残響だけ。
「……私は、弱いね」
苦く笑う。
それでも。
明日も戦う。
終わらせたいと願いながら。
終わらない世界を選び続ける。
白百合は、静かに揺れていた。




