第29話 白と桃
「大丈夫ですか?」
机に突っ伏していた顔を、ゆっくり上げる。
白。
最初に目に入ったのは、白い髪だった。
肩より少し長い、光を含んだようなロングヘア。
整った軍服。
姿勢がまっすぐで、どこか育ちの良さを感じる立ち方。
歳は同じくらい。
でも雰囲気が違う。
セナは自分の格好をちらりと見る。
ぶかぶかのTシャツ。
膝上までの短パン。
袖は長く、指先が半分隠れている。
さっきまで森にいた女の格好だ。
「……お金ないだけー」
正直に言う。
白髪の少女は少しだけ目を丸くして、それから優しく笑った。
「今回だけだよ?」
自然と向かいに座る。
店員に紅茶を頼む仕草が、無駄なく美しい。
セナはじっと見ていた。
紅茶が来る。
湯気がふわりと立つ。
少女はセナの服を見る。
汚れ。
擦り切れ。
合っていないサイズ。
(家がない子……?)
共和国にもいる。
戦争の隙間に落ちる人。
セナはそんな視線に気づいていない。
パフェの余韻でまだ少し上機嫌だ。
「ありがとー、助かったー」
「今回だけだからね?」
「はーい」
その軽さに、少女はまた少し笑う。
会計。
店主が深々と頭を下げる。
「ありがとうございます、姫様」
セナの動きが止まる。
視線だけで隣を見る。
白髪の少女は、少し困ったように笑っていた。
⸻
店を出る。
人通りの多い通り。
共和国は明るい。
帝国とは違う、柔らかい騒がしさ。
「姫様だったの?」
「え? 知らなかった?」
「んー……似てる人かな?って」
「なにそれ」
笑い声が軽い。
「私はフィーネリア・ルミナリア。この国の王女だよ」
少し間を置いて。
「フィーナでいいよ」
身長差は少し。
フィーナの方がわずかに高い。
セナは見上げるほどじゃないけど、視線は自然と少し上になる。
「おっけー、フィーナ」
「あたしはセナでいーよ」
手も握らない。
礼もない。
ただ、名前だけ。
フィーナの端末が鳴る。
仕事。
一瞬だけ、王女の顔になる。
「ごめん、行かなきゃ」
「がんばってー、姫様」
「フィーナでいいって言ったでしょ」
くすっと笑い、フィーナは去る。
白い髪が人混みに溶ける。
セナはしばらく立ち尽くす。
「王女ねえ……」
鼻歌が戻る。
⸻
リオンの部屋。
まだ帰っていない。
セナは勝手にベッドに転がる。
天井を見る。
端末を取り出す。
検索。
フィーネリア・ルミナリア。
共和国王女。
第1部隊隊長。
残響共有一体型REVR-IV主接続者。
映像が出る。
白い機体。
六尾。
滑走。
圧。
セナの口角がゆっくり上がる。
「……アルテミス」
指を止める。
「まーじか」
驚きより、好奇心。
「お花じゃなくて猛獣じゃん」
端末を閉じる。
天井を見つめる。
心臓が少しだけ高鳴る。
これは戦争じゃない。
これは退屈しのぎ。
それだけ。
⸻
夜。
フィーナはアルテミスのコックピットにいる。
暗い。
静か。
残響が包む。
後席のネックレス。
触れない。
ただ、そこにある。
「……レイ」
目を閉じる。
ふと。
今日の少女の声がよぎる。
軽い。
少し舌足らず。
どこかで聞いた声。
戦場。
接触通信。
桃色の笑い。
「……」
似ている。
でも。
ありえない。
(気のせいだよね)
そう結論づける。
残響が優しく包む。
フィーナは静かに息を吐く。
遠くで、桃色の気配が揺れた気がした。
でもそれはきっと、ただの記憶だ。




