第27話 迷い猫
俺の部屋は、郊外の安アパートだ。
兵舎は部隊所属者しか入れない。
俺は哨戒任務専門。
だからここ。
狭い。
古い。
でも、雨風はしのげる。
少女――まだ名前も聞いていない――をベッドに座らせる。
とりあえず、あり合わせだ。
パン。
少し薄いスープ。
少し焦げたスクランブルエッグ。
「ほら。大したもんじゃないけど」
少女は無言で食べ始めた。
一口。
二口。
三口。
勢いがすごい。
「うんま、……くはないね」
「おい!」
思わず声が出る。
「それが恩人に言うことかよ……」
一拍。
「……まあ、事実だけどよ」
少女はスープを飲み干す。
「でも温かい感じ」
その言い方が、少しだけ真面目だった。
皿を持ったまま、つい口元が緩む。
「そりゃよかった」
⸻
「ごちそうさま、助かったあ」
「おう」
皿を重ねながら、問いかける。
「ところで、なんであんなとこにいたんだ?」
「危ないだろ、一人で」
「うーん身体ベタベタ、シャワーはー?」
「無視かよ……」
ため息。
「あっちだよ」
「タオルは用意しとくし、服も洗っとくから置いとけ」
「着替えは俺ので我慢しろよ」
「至れり尽くせり、それじゃ甘えちゃおっと」
スタスタとシャワー室へ消える。
「ったく……」
文句を言いながらも、どこか安心している自分がいる。
⸻
皿を洗っていると、水音が止まる。
足音。
振り向いた瞬間――
「服のサイズでかくなかっ……ぶっっ!」
タオルを肩にかけただけ。
ほぼ全裸。
慌てて顔を逸らす。
「んー? 服?」
「なんかどれか分かんなかったから聞きに来たー」
「分かった!分かった持ってくるから!」
視線を天井に固定したまま、クローゼットからTシャツと短パンを取り出す。
「はいこれ!」
「……どしたの」
「はやく着てくれ!」
「はーい」
鼻歌混じり。
布が擦れる音。
ぶかぶかのTシャツが、小柄な身体に落ちる。
袖が長い。
短パンも緩い。
振り向くと、妙にしっくりしていた。
⸻
「んで、お前何もんなんだ?」
「んー……今日は少し疲れたから休みたいにゃあ」
勝手にベッドに沈む。
布団をかける。
「泊まる気かよ……」
窓の外を見る。
深夜。
「まあこんな時間だし、しょうがないか」
「お礼に一緒に寝よっか?」
一瞬、言葉が詰まる。
「…そういうの不誠実だって」
少しだけ頬が熱い。
「お堅いにゃあ」
くすっと笑う。
でも、そのまま目を閉じる。
本当に疲れていたのだろう。
数分もしないうちに、呼吸が深くなる。
ぐっすりだ。
椅子に腰を下ろし、寝顔を見る。
昔、セシリアもこんな顔で俺のベッドに転がり込んできたことがあった。
まだ兵舎に入る前。
訓練帰りで、くたくたで。
あの頃は、守る側は俺だと思っていた。
今は、あいつの方が前線に立っている。
静かな寝息。
ただの女の子の顔だ。
⸻
脱いだ服を洗濯機に入れようと持ち上げた時。
ポケットから何かが落ちる。
カード。
拾う。
薄暗い明かりの下で文字を読む。
第4部隊
セナ・セルド
帝国のID。
手が止まる。
胸の奥が重くなる。
帝国。
敵。
この少女は――
眠る顔を見る。
無防備。
何も知らないような顔。
しばらく立ち尽くす。
そして。
カードをそっとテーブルの引き出しにしまう。
今は。
今だけは。
ただの少女。
迷い猫。
そう思うことにした。




