第13話 均衡
夜。
帝国基地の廊下は静まり返っている。
自動灯の白い光。
無機質な床。
エルは人気のない通信室に入る。
端末を起動。
暗号回線。
低い声で報告する。
「観測対象セナ・セルド」
「逸脱傾向、上昇」
数秒の無音。
返ってくるのは、冷たい声。
〈継続観測〉
エルの表情は変わらない。
「提案します。早期排除が妥当かと」
〈まだだ〉
即答。
〈均衡は保たれている〉
エルの視線がわずかに揺れる。
「しかし、均衡の設計にほぼ気づいています」
〈DC3rdが一人知ったところで、何も出来ん〉
冷たい事実。
エルは小さく息を吐く。
「了解」
通信終了。
暗転。
その瞬間。
小さな足音。
「……均衡って、なに?」
振り向く。
扉の隙間。
ユウリが立っている。
顔は強張っているが、逃げない。
エル「ユウリさん」
穏やかな声。
ユウリは一歩踏み込む。
「さっきの……聞こえちゃって」
「均衡って……戦争のことですか?」
まっすぐな目。
エルは一瞬も迷わない。
「いいえ」
平然と嘘をつく。
ユウリの眉が寄る。
「じゃあ……」
「セナさんを排除するって、何ですか?」
沈黙。
エルは答えない。
その沈黙が、逆に重い。
ユウリの声が少し震える。
「あなた、何を言って――」
後ろから。
気の抜けた声。
「お隣さん」
二人とも振り向く。
廊下の奥。
セナが壁にもたれている。
いつから居たのか分からない。
「それじゃー誤解招くでしょ」
くあ、と小さな欠伸。
「たかだかゲームの話なのに」
間。
エルの瞳がわずかに細まる。
「あ……そうでしたね」
すぐに乗る。
ユウリは二人を見る。
セナは笑っている。
軽い。
いつもの顔。
でも。
なにかが、薄く違う。
ユウリは迷った末に、引き下がる。
「……なら、いいですけど」
納得はしていない。
けれど、これ以上踏み込めない。
足音が遠ざかる。
廊下に残るのは二人。
セナはエルを見て、小さく首を傾げる。
「もーちょっとうまくやろーよ」
くす、と笑う。
「バレバレだよ?」
そう言い残して歩き出す。
足音は軽い。
エルはその背中を見つめる。
静かに。
拳を握る。
均衡。
観測。
排除。
すべて理解しているわけではない。
だが。
“知られている”ことは、確実に理解している。
セナは振り向かない。
ただ歩いていく。
廊下の光が背中を照らす。
その影は、長く伸びていた。




