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【連載版】これだから!!どうして浮気をするのかしら!!!  作者: 入多麗夜


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6/7

教会からの制裁

 それから数日後のことだった。


 昼過ぎ、侯爵家の執務棟から使いの者がやって来て、セシリアのもとへ一通の封書を届けた。差出人を確認した瞬間、セシリアはわずかに眉を上げる。


 教会からだった。


 厚みのある上質な紙に、見慣れた封蝋。個人宛ての手紙というより、きちんとした通達に近い。しかも差出人の名は、先日取り次ぎを受けた下位の聖職者ではなく、教会内でもかなり上位にある者の連署になっている。


 思ったより早い。

 いや、早いというより――何かが妙だった。


 ただの受領報告や、後日の聞き取りに関する通知なら、ここまで仰々しい文面にはならないはずだ。セシリアは無意識に指先へ力を込めながら、封を切った。


 最初の数行は、形式的な挨拶だった。先日送付された資料を確かに受領したこと、その内容が重大であると判断されたこと、速やかに確認を進めたこと。そこまでは予想の範囲内だった。


 だが、その次の一文で、セシリアの視線が止まる。


「……何、これ」


 マルタが一歩近づく。


「どうなさいましたか」

「とんでもないことが書いてあるわ」


 セシリアは便箋を持ち直し、もう一度そこを読み返した。見間違いではない。文面には確かにそう書いてあった。


 教会は、エドガー・バルティエをすでに捕縛している事。現在、教会内の裁定に基づき厳重な拘束下に置いている――と。


 捕縛、ずいぶん物騒な言葉だった。もちろん、この国で教会が一定の裁定権を持つことは知っている。とくに婚約や誓約のような、教えに深く関わる問題については、その影響力は世俗の法より重く働くことすらある。だから調査が入ることも、場合によっては何らかの処分が下されることも理解していた。


 だが、まさか捕まえたとは思ってはいなかったが。


 教会はエドガーを単に叱責したのではない。事情聴取の名目で呼び出した上で、その場で拘束したらしい。婚約に関する重大な背信だけでなく、教えの権威を私的な保身に利用し、他の信徒にも悪しき前例を示しかねない危険な振る舞いと判断した、と書かれている。


 そして、エドガー・バルティエは今後、教会において“いない人間”として扱う――そう明記されていたのである。


 当然、その処理は婚約にも及ぶ。


 セシリアは視線を滑らせ、次の一文を読んだ。


 エドガー・バルティエを前提として成立していた婚約は、その当人が教会の記録上存在しないものとされる以上、はじめから成立しなかったものとして扱う。よって、セシリア・ルーベンスとの婚約もまた、白紙に戻すのではなく、初めより存在しなかったものとする――そう書かれていた。


 破棄ではなく、解消でもなく、ましてや円満に取りやめるというような生ぬるい話でもない。


 なかったことになるのだ。


 そのあまりの徹底ぶりに、セシリアはしばらく便箋を持ったまま動けなかった。


 この顛末は皮肉というには、あまりにも容赦がない結末だった。


 婚約を守ってもらうつもりで教えに寄りかかっていたはずが、その教えそのものから、お前など初めから数えていないと言い渡されたに等しい。


 ぞくりとするほど冷たい裁定だった。


 しかも文面は、そこで終わらない。


 続く段落には、バルティエ家に対する処分が簡潔に記されていた。


 これまでバルティエ家が教会へ行ってきた寄進によって認められていた諸々の特権は、今回の件を受けてすべて没収する、とある。


 寄進そのものは珍しいことではない。上流貴族にとって教会への寄進は、信仰心の表れであると同時に、家の威信を示す行為でもある。祭礼での扱い、座席順、特定の儀式への参与、教会との関係の深さによって得られる便宜。目に見えるものも、見えにくいものも含めて、それは確かに“特権”として機能していた。


 バルティエ家ほどの家柄であれば、なおさらだろう。長年の寄進によって築かれた立場は、ただの名誉では済まない。社交界での発言力にも、他家との関係にも、影響を与えていたはずだ。


 それが没収される。


 つまり今回の件は、エドガー個人の失態として処理されるのではなく、家が教会との間に積み上げてきた信用すら揺るがすものとして見なされたのだ。


 セシリアは小さく息を吐いた。


 恐ろしい、とまず思った。

 教会は本気で怒っている。


 それがこの文面の端々から伝わってきた。


 もっとも、そこでようやく、文面の最後の方にある一節が視界に入る。


 エドガー本人に対しては今後しかるべき隔離と監督を行うが、死罪に処するものではない――とあった。


 そこを読んで、セシリアはほんのわずかに肩の力を抜いた。


 処刑されるわけではないらしい。


 さすがにそこまで行けば寝覚めが悪い、という感想が最初に浮かんだ自分に、少しだけ苦笑したくなる。無論、彼に同情したわけではない。ただ、どれほど腹が立っていても、かつて婚約者だった相手が処刑されるという結末を望んでいたわけではなかった。


 セシリアは便箋を持つ手を少し下ろし、窓の外へ視線を向けた。


 庭はいつも通りだった。花壇があり、春の光が差し、風に葉が揺れている。世界は何も変わっていないように見える。だが、たった今、一つの関係は完全に断ち切られたのだ。


 いや、断ち切られたという表現すら正確ではないのかもしれない。


 教会の裁定によれば、それは最初から存在しなかったことになったのだから。

 

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― 新着の感想 ―
面白かった。 > かつて婚約者だった相手が処刑されるという結末を望んでいたわけではなかった。 多分かつて婚約者だった相手当人は処刑されるという結末(解放)を望むくらいの教育(拷問)にあってるんだろうな…
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