侍女の気づき
近年、芸術の流行は少しずつ変わりつつあった。大きな潮目になっているのは、いわゆる印象派と呼ばれる新しい表現である。物の輪郭を厳密に写し取るよりも、その瞬間に見えた光や空気、印象そのものを掬い上げようとする描き方だ。社交界でも話題に上ることが増え、先進的な趣味を誇る貴族の間では、そうした絵画を競うように収集する者まで現れていた。
もっとも、貴族社会で語られる芸術は、たいてい金のかかったものだ。上質なキャンバス、高価な絵の具、贅沢に取られた制作時間。鮮やかな顔料を惜しげもなく重ね、技術と教養を誇示するような作品こそが“上等な芸術”として扱われる。
それに対して、市井で使われる絵はもっと素朴で、もっと切実だった。
紙と鉛筆一本、あるいは木炭だけで、必要なものをすばやく描き出す。色彩の豊かさや構図の妙よりも、誰が何をしたのかが一目で分かることが何より重んじられる。通りの出来事を知らせる貼り紙、見世物小屋の呼び込み、迷い犬の告知、芝居役者の似顔、そして最近では、妙な噂話を面白おかしく載せた木版刷りの小冊子まで――そういったものに添えられる絵は、豪華である必要などなかった。
むしろ簡素であることに意味がある。
セシリアは指先で一枚を軽く押さえ、そのまま視線を落とした。
「……マルタ」
「はい」
「流石にすぐにここまで調査してくるとは思わなかったわ」
マルタはすぐには答えなかった。
「最初は、ここまでになるとは思っておりませんでした」
そう言って、マルタは視線をわずかに落とす。
◇
マルタが違和感を覚えたのは、実のところセシリアよりも前のことだった。
もちろん、最初から確信があったわけではない。侍女という立場で、主人の婚約者に対して軽々しく疑いを抱くのは慎むべきことだ。思い違いであれば、余計な不安を与えるだけになる。
だが、長く身の回りを預かっていれば、ほんの些細な違和感に気づいてしまっていた。
最初に引っかかったのは、贈り物の趣味だった。
エドガーがセシリアに送ってくる花や小物は、以前は少なくとも表向き、彼女の好みによく沿っていた。香りの強すぎる花を避け、甘ったるい色合いより落ち着いた配色を選び、可愛らしさを前面に出したものよりも、線のすっきりした上品な品を贈る。そうした傾向が、ある時期から微妙にずれ始めたのである。
淡い桃色ばかりを集めた花束。やわらかなリボンを多く使った包み。
似合わないとまでは言えない。だが、明らかに贈り物が他の誰かと混在しているように見えた。
次に妙だと思ったのは、訪問予定の変更だった。
エドガーの来訪は以前より不規則になり、急な取りやめや時間の変更が少しずつ増えていった。
理由はいずれももっともらしい。公爵家の用事、来客への対応、外せない付き合い。貴族の男としては、どれも十分にあり得る。
けれど、説明が妙に雑だったのだ。
もっともらしい理由だけを述べ、そして埋め合わせの贈り物だけは妙に手早いのだ。
その取り繕い方に、かえって不自然さがあった。
もっとも、その段階でセシリアに告げるつもりはなかった。憶測の域を出ない話で主人を煩わせるわけにはいかない。思い違いであれば、侍女として失格だ。
だからマルタは何も言わず、自分ひとりで確かめることにした。
侯爵家に迷惑をかけず、セシリアの立場も傷つけない範囲で。
マルタは自分の休暇を使った。
普段より簡素な身なりを選び、買い物ついでの体を装って街へ出る。菓子店、仕立て屋、装飾品店、辻馬車の集まる通り。貴族の若い男女が立ち寄っても不自然ではなく、同時に人目がある場所を少しずつ見て回った。
北通りに目をつけたのも、その中でだった。
最初のうちは、たいした収穫はなかった。ただ、公爵家の若い令息らしき人物を見かけたという話が、ぽつぽつと上がるだけだった。顔までははっきり見ていない者も多く、連れがいたかどうかも曖昧だった。
だが、ある日、マルタは見かけてしまったのだ。
エドガーとミレイユが一緒にいたのを。




