グリーンアルモニカ、ある貴族令嬢の憧憬と死 その4~革新的な発明~
ヤーコプ・ゴルトシュミットは白い粉を振った巻き髪の鬘をつけ、金の刺繍で袖と衿が縁どられた真っ赤なコートと同じ刺繍が施されたウエストコート(ベスト)に、ブリーチズ(半ズボン)。
その裾からショース(白いタイツ)の脚を見せつけ美脚を強調し、きらびやかで豪華に着飾ることで財力と自信をアピールしようとするけれど、でっぱった丸いおなかや、ぜい肉がたるんだ二重あごは、貪欲で怠惰な内面が表にあふれ出てた。
ヤーコプ・ゴルトシュミットがテカテカのふっくらした頬にしわを寄せ、目を細めて狡猾そうな笑顔を浮かべたかと思うと
「おや?
アンナさんも来てらしたんですか?
奇遇ですね!
私も、客のひとりが返済を待つ代わりにと、この演奏会の招待状を差し出しましてね。
ガラスの玩具に興味はなかったんですが、あなたに会えるとは嬉しい誤算だ!
どんなつまらないものでも試してみるものですな!」
はぁっ??!!
何言ってるのっ?!コイツっ!!
アルモニカのあの幻想的な音色を理解できないですって??!!
この男はいつも私を最大限まで苛立たせるっっ!
貪欲で怠惰なだけでなく、粗野で下品で無教養!!
絶っっっ対っ!!結婚なんてしたくないっ!!
歯ぎしりしながらヤーコプ・ゴルトシュミットを睨みつけてると、ヤーコプ・ゴルトシュミットは何を勘違いしたのか上機嫌にニヤケながら
「あのガラスの玩具が好きなんですか?
客にガラス職人がいますから、返済の代わりにあの玩具をひとつ造らせてあなたに贈りましょう!」
え?
アルモニカを?!!
弾けるのっ??!!
私がっ??!!
あの霊妙で繊細で神秘的な音を、私が出せるのっ??!!
想像するだけで興奮し、嬉しさのあまり鼓動が速くなる。
呆然としてると、横から低い男性の声で
「玩具ですって?
アルモニカが?
正確な音階になるようにグラスの厚みと直径・深さを計算し、一定の決められた振動を美しい音色で再現できる完璧なグラスを37こも制作しなければならない精妙な楽器を、『玩具』ですって?
普通のガラス職人には制作など到底不可能でしょうな。」
『髭の軍人』シュタインタールさんが私の横に立ち、ヤーコプ・ゴルトシュミットに話しかけた。
ヤーコプ・ゴルトシュミットはシュタインタールさんをジロジロと値踏みするような目で見たあと
「ふんっ!
ではアンナさん、父君にくれぐれも早く、借金を返済するようお伝え下さい。
利子が膨らんで困るのはあなたたちですよ。
借金を返す気がないなら、あなたは、あなたができることをもっと真剣に考えたほうがよろしい。」
私をにらみつけ、脅すような口調で言い放つと、背を向けて立ち去った。
マリアさんとシュタインタールさんの前で、父の借金について言及されたことが恥ずかしくて、私が真っ赤になってうつむいているとシュタインタールさんは何事もなかったかのように
「では、僕がおうちまで送りましょう。」
と言うと、眉を上げ、目を見開き、大げさに肩をすくめ、
「またあの下品な男があなたに近づいて脅迫されては大変だ!」
おどけるような口調で提案した。
気難しそうな口髭の向こうに、ユーモラスな性格が垣間見えて、温かい安心感で心が満たされた。
マリアさんと別れ、私たち家族が住むアパートメントに向かって並んで歩きながら、シュタインタールさんと私はいろんな話をした。
私たち家族が昔住んでいた、城とまでは呼べないまでも、使用人たちの部屋を備えた大きいお屋敷は、売却したお金をヤーコプ・ゴルトシュミットへの返済にあて、一部は、今住んでいるアパートメントの部屋を借りるのに使った。
シュタインタールさんと並んで歩きながら聞いた話によると、父上と同じようにオーストリア大公国貴族であるシュタインタールさんは『ジャガイモ戦争』に従軍したけれど、所有するハーバッハタールのとある山からエメラルド鉱脈が見つかり、その採掘で富を得たので破産せずに済んだとこのこと。
最新の科学技術に興味があり、ジョン・ハリソンのクロノメーター(機械式時計)や、ジョン・ケイの飛び杼に始まる機織りの自動化技術や、トマス・ニューコメンやジェームズ・ワットの蒸気機関の発明に興奮し、旅行で訪れたヒェーピングでは薬剤師ながら化学の造詣の深いカールという人物と親友になったと話してくれた。
アルモニカの鉛入りのクリスタルガラスから美しい音が出る原理も、詳しく説明してくれたけれど、私にはほとんど理解できなかった。
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フランツが日記帳から目を離し、レオポルトに向かって
「おやおや!
このお嬢さんは美男子の羊飼いからこのエメラルド鉱山持ちの中年軍人貴族に鞍替えしたのか?!
その選択が死につながったというのか?
まだ全く『死』の気配はないけれど」
面白そうな口調で話しかけると、レオポルトはひじ掛けに肘をつき、指を組んで顎を押し当て
「そうだな・・・・・。
彼女に異変が出るのはそのすぐ後だ。
続きを読んでみてくれ。」
フランツは再び日記帳に視線を落とした。
(その5へつづく)




