81 あっそのゴミ、僕が捨てておきましょうか?
フニャンソワさんに連れられクライフさんの執務室に入る。
中に入ると分厚く積まれた書類の山と、困り顔のクライフさん、そして横の椅子には御貴族様だよね?という派手な服に身を包んだ年配の男性が座っているのが見えた。さらにその両隣には、軽装だが護衛と思われる男たちがこちらをチラリともせず立っていた。
「あのーこちらの方は…」
僕がそう言うと、座っていた男性はゆっくりと立ち上がる。
「初めましてになるかのぉ?この領地を任されているベイリン子爵家当主、ルーデイル・ベイリンじゃ。ルーディさん、と呼んでも良いのじゃぞ?」
「えっ、ベイリン子爵様?し、失礼しました。その、御名前読みもご勘弁ください。恐れ多すぎますので…」
慌てて片膝をつき言葉を返す。
気付けば両脇の2人も僕に倣って膝をついて頭を下げていた。
「そう畏まらんでくれ。今回はお礼もあるがお詫びもあるでの…それにアレスくんは元とは言え侯爵家であろう。どうか楽にしてくれまいか?心苦しくて私の心臓が止まってしまうやもしれんのでな」
「そんな…」
戸惑いながらも立ち上がると、クライフさんに「まずは座ってくれるかな?」とソファを進められる。
「今日は、暗部の方はいらっしゃらないですよね?」
「はは、手厳しいな。今回は父上、子爵家としての用件だよ。王家は関わっていないから、そこは安心してほしいな」
クライグさんの言葉で、それもそうかと思い直しソファーに座る。両端にはリーゼとクラウも少し緊張しながら座っていた。
少し間を置いてから子爵様が頭を下げたところから話は始まった。護衛の2人も同じように頭を下げていたので、僕も両隣の2人も戸惑ってしまう。できればすぐにでも逃げ出したい。
戸惑いながらも話を聞くと、子爵様には王族から何度かあの件について問い合わせがあったと言う。
当然ながら知りえる情報を全て伝えたのだが、どうやら話は僕たちがあの捕まった連中にいきなり攻撃を仕掛け、有無を言わせず捕縛されたということになっているようだ。
もちろん「自分達は何もしていないのに」と主張し、逆に僕たちを危険分子として重い罰をと嘆願しているという。
子爵様は当然その件について抗議しているようだ。暗部も情報は掴んでいるだろうし、どちらが悪いかは火を見るよりも明らかだろうと…
だが、あちらにはニガリッソ男爵の他、一部の地方貴族や、王都の貴族街にいる貴族たちからもあらぬ苦情が寄せられているという。
その話を聞いて、やっぱりあの男爵の屋敷に忍び込み、多少痛い目に合わせた方が良かったかも?と思ってしまった。
リーゼが「アレス!今すぐあいつら殴りに行こう!」と言って立ち上がったので、僕も立ち上がり「まずは話を聞こうね」と頭を撫で宥めていた。
さらに話を聞くと、国王陛下は悩みながらも『僕を国外退去に』という事を決めたという。その結果にエド殿下は激怒して「嘘で王族を謀る者達には重い処罰をするべきではないですか!」と国王陛下に猛抗議したそうだ。
結局は陳情の数が多いため『国外追放』は覆らず、それで穏便に事を終わらせようとしているとのこと。どうやら抗議を送ってきた中に、中立派のハリン伯爵家もあったようで、皇后殿下にも配慮をした結果のようだ。
エド殿下の話に感動してしまったが、のほほんとしてはいられない事態になってしまったとため息をつく。だが良い機会だ。どうせなら帝国にでも行ってのんびり暮らしても良いのかな?そんなことも思っていた。
子爵様は再び頭を下げた後、「ここからは独り言になるがのー」と少しとぼけた表情を見せ話を続けた。
なんでもこの子爵領の北部、あの北部分所のさらに北には、農村や漁村が点在しているという。そして北西のある村には、元は子爵様の側近として尽力してくれた方が、村長としてのんびりと余生を過ごしているという。
その話にクラウスさんも加わって話しを続けた。
「そう言えばバイアル様、とおっしゃいましたよね?えーとその村は、この辺りでしたでしょうか?」
そう言って簡単な地図が書いてある紙を取り出し、僕たちにも見えるようにその村と思われる場所を指差すクライフさん。ご丁寧にすでに赤く印もつけてあった。
「そうそう。その辺りじゃのー。海も近いからのんびり釣りを楽しんだり、畑を耕したり、最果ての森に隠れるように隣接しておるから、狩りにも困らんしのー」
「たしか週1程度で北部分所からも馬車が出てましたよね」
「うむ。わしもたまには、そんな隠れ家的な村でのんびりしたいもんじゃー」
そんな小芝居を終えた2人が、チラチラとこちらを見ている。
言いたいことは大体分かったけど、それで本当にいいのだろうか?とは思うが、森も近いしのんびり狩りをしながら暫く厄介になるの良いかもしれないと思い、その話に乗っかることにした。
『ねえ、急にどうしたんだろうね?』
『リーゼ、ここはアレスに任せましょう?私は良い話だと思いますけど…』
『良い話って?』
[絆の心]で話しかけてきたリーゼは、どうやらその意味を分かっていないようだった。
『僕は2人の話に乗って、暫くその子爵様の言う村で暮らしても良いかなって思ったけど、クラウは賛成ということだよね?リーゼはあの印の村、どう思う?』
『ああ、そう言う事!良いと思う!』
ようやくリーゼの了承も得たので、早速小芝居に加わる。
「じゃ、じゃあ僕たちは…子爵様達にご迷惑をおかけする訳にもいかないですし、帝国にでも行ってみますね。あっそのゴミ、僕が捨てておきましょうか?」
「そうじゃの。スマンが帝国にでも行ってゆったり暮らすのが良いじゃろう。すまんがこのゴミ、捨てておいてくれんかかのー」
そう言って子爵様はメモをこちらへと手渡し、僕の手を握った後、「すまんの」と言ってリーゼとクラウも順に頭を撫でてくれた。少し照れ臭かったが、子爵様の優しい顔を見て心が温かくなった。
リーゼは、僕の返答で少し混乱してしまったようで、「え?帝国に行くの?あの村は?」とつぶやいていたが、まあ後でしっかりと説明しておこうと思う。
「さあ、帰るかの」
そう言って子爵様と護衛の2人は部屋を出ていった。
「これは、お詫びの印だ。少ないが受け取ってくれ。帝国でも元気でな」
クライフさんは少し笑いながら袋を僕に手渡した。
その中には数枚の金貨と共に『バイアル・ベイリン殿へ』と宛名書きされていた手紙が入っていた。さっき言ってたバイアルさんって、子爵様の身内ってこと?
「は、はい。クライフさんもお元気で」
戸惑いながらも3人で別れの挨拶を済ませると部屋を出る。
心労でどうにかなりそうだと思いながらもカウンターまで戻ると、フニャンソワさん達にも報告をする。
フニャンソワさんの他、猫人族の男性で(年上だが)小さく可愛いニャルソンくんと、大人の色気を発しているリリアンカさんに囲まれ、行先は言えないまでも子爵領を後にすることを告げておく。
この3週間ほどでかなり仲良くやっていた僕たちは、寂しくなるとまた子ども扱いで可愛がられてしまった。
そしてギルドを出ようと入り口へと向かう。
そのギルドの入り口には見知った者たちが立っており、驚き立ち止まっている僕へその中の一人が突進攻撃を繰り出してくる。
突然の攻撃に胸を詰まらせた僕は、思わず無様な声をあげる羽目になった。
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ルーデイル・ベイリン
ベイリン子爵領を治める当主様。剣士クラスで冒険者として活動した時期もある。温和な性格ではあるが領地を守るために日夜尽力しているという。エクワード殿下を支持する改革派。
ニャルソン
冒険者ギルド・ベイリンシティ本部の受付の猫人族の男性。小さく可愛い見た目で冒険者の男女からも人気の職員。分析官クラスで[鑑定]スキル持ち。
リリアンカ
冒険者ギルド・ベイリンシティ本部の受付の大人の色気を発しているお姉さん。男性冒険者からの人気も高く、女性冒険者からもお姉様と呼ばれ色々と貢がれているらしい。クラスは魔法使い。
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