54 ごめんねアレスくん。思わず、ね
殿下との任務を終え3週間ほどが過ぎた。
死力を尽くした戦いの反動か、だらだらと過ごしていた3日後には宿から「冒険者ギルドから呼び出し」との連絡が届き、報酬となる白金貨3枚が振り込まれていた。予定の2枚より上乗せされている。
魔の森に行く気はしなかった。
大迷宮や塔、さらにはまだ行ったことのない遺跡にも行こうかとも思ったが、王家関連からは音沙汰なしの状態で気が気ではなかった。
2人もそんな僕を察してくれたようで、ボロボロとなってしまった僕の装備を新調したりと買い物に付き合ってくれていた。
僕はインナー上に着る耐物付与の服と、新しい耐物耐魔付与の胸部を保護する軽鎧を購入していた。2人も何枚か耐物付与の服を購入していたようだ。まだお金に余裕はある。そう思ってだらけた生活を続けた。
そして丁度1週間がたった今日、再度冒険者ギルドからの呼び出しが宿に届けられた。少し緊張しつつも冒険者ギルドへ向かう。
そしてリオールさんとヘルベットさんが不機嫌そうに立つカウンターへ向かう。
僕たちに気づいた2人は、まだ対応中の冒険者がいるにも関わらず、僕たちの元へと走ってきてくれた。そして抱きしめられる。混乱はするがその柔らかい肌の感触に、細かいことはどうでもいいやーと思考を放棄する。
「ちょっと!何をするんですか!」
「そうだよ!アレスも困ってるー!」
その声と共に解放される。もう少し堪能していたかったけど…
「ごめんねアレスくん。思わず、ね」
「では気を取り直して、ギルマスがお呼びです。上へ参りましょう」
ヘルベットさんの案内で3階へと足を運ぶ。もちろん階段を上る時は横の壁に視線を送る。これが僕の今できる処世術であろう。
そしていつもの様に、応接室には見目麗しいミューズ会長とギルマスのレグザリオさんが待っていた。
「まあなんだ…大変だったな」
「大変な事だったと思います。仕方ない部分もありますが、私たちもできる限りの配慮をします。ですが限界もあるのです」
そんな二人のねぎらいと謝罪のような言葉から始まった2人の話に、僕は深いため息をついた。
王族からの謝礼金として、すでに受け取っている少し上乗せされた3,000,000ロゼの依頼報酬と、さらには皇太子殿下を守り切ったことへの感謝と共に白金貨100枚、1億ロゼが追加で払われることになったとのこと。
その額にリーゼもクラウも、もちろん僕もびっくりしてしまう。
そして今後、王都内での活動を禁じるという事が伝えられ、3人共が正気に戻った。「どうしてですか!」と言ってみるが、王族としても大盗賊としてのクラスを放置するわけにもいかず、はじめは冒険者資格を剥奪との声も出たという。
だがそれは殿下が必死で食い止めたと聞き、思わず泣きそうになったのを堪えた。
最終的には「そんなことをするなら僕は家を出ます!」と殿下にいわれ、僕に対し敵意をむき出しにしていた貴族たちを黙らせたという。もうそこで僕は袖で顔を拭うことになった。
ミューズ会長も僕やリーゼ、クラウの人となりを熱弁し、最終的な落としどころとして『僕が王都から出る』という条件で見逃すということになったようだ。期限は今日から1週間だという。
話の最後には再度2人に冒険者ギルドとしての力不足を謝罪され、何人か擁護する貴族もいたということも話してくれた。
北西の広大な地区を治めるベイリン子爵様は皇太子殿下を支持する改革派であるため、僕の擁護をしてくれていたようだ。他にもいたが、一番爵位の高いのはベイリン子爵様だったとのこと。
ちなみに父であるラルフ・ウイクエンド侯爵も出席していたようで、すでに身元もバレていたため黙っていた責を問われたが「もう追放した奴の事、好きにしてくれ!」と言っていたとギルマスからすまなそうに聞かされる。
時折ミューズが視線を送っていたので、どうやらそのことはお前から言えと命じられていたのだろう。僕はもう、実家の事なんて気にしてないからね。逆に清々したぐらいに感じつつ、苦笑いで返していた。
父と懇意にしている筆頭のナパーズ・レイッヒ公爵様についても、僕に否定的な立場を強調していた為、この国唯一の公爵家の意見ともあれば組み入れぬわけにもいかず、今回の落としどころになったようだ。
レイッヒ公爵様とは、一応僕も面識があった。
と言うか長女であるカロリーナ様は僕の婚約者だ。今は元なのだろうけど…カロリーナ様は公爵家の御令嬢らしい高圧的な態度で僕を見下していたが、なぜかすぐに婚約破棄とはなっていなかったな。
だがさすがに大盗賊というクラスを聞けば即座に婚約破棄となるだろう。そんなことナバース公爵様が黙っていないだろう。それ以前から婚約には反対だったようだし…
そんなことを思い出しているうちに、2人に見送られ下へと降りる。
待ち構えていた受付の2人にも王都を出ることと、お世話になったお礼を伝えると、2人は僕に待つように言うやや否や、ドタバタと忙しなく上へと走っていった。
そしてニコニコ笑顔で降りてきた2人。
その背後には疲れた顔のギルマス、レグザリオさん。
リオールさんが「送迎会をしよう!」と笑顔で言うので、どうやら受付をギルマスに丸投げしてしまったようだ。何とも言えない表情のギルマスを残してギルドから出る。僕には何もできないので、心の中で謝っておいた。
5人となった僕たちは、まだ早い時間だというのに焼肉店にくりだすと、ワイバーン肉をあるだけ注文し、美味しいお肉をお腹いっぱいにして盛り上がり、王都での最後の夕食を堪能した。
僕の両サイドはリーゼとクラウがキープしていたが、テーブルの下から正面の2人が足でツンツンと揶揄ってくるので止めてほしかった。ついつい頬が緩み、その度に2人にギュッと圧をかけられお肉が食べづらくなってしまうから…
あーモテる男はつらいなー、なんちゃって。
そして宿に戻ると、ベットに座り「念のためではあるんだけど…」と前置きをした上で、2人に今後どうするか確認をとった。即座に睨まれた。
その顔だけでホッとした。
自惚れているわけではないけれど、2人なら一緒に来てくれるというのは多少なりとも確信していた。けれど2人だけなら王都に居続けられるのだから、確認するまでは怖かったんだ。
結局予定どおり明日にでもベイリン子爵領を目指すことになった。すでにリオールさんたちには、明日の朝出発予定ということは伝えていたので問題はないだろう。
その後、シャワーを浴びてベッドに入るといつもの様に歌ってみたが、今日は絶対に寝るもんかという気合と共に必死で僕を見つめる2人が…
その2人が根負けして眠るまで、かなりの時間をかけ恥ずかしい歌唱タイムを頑張り、そして疲れ果て眠りについた。
こうして王都の最後の夜が終わった。
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レイッヒ公爵領
当主はナパーズ・レイッヒ。剥げ頭をテカらせている長身な男。ちなみにサイドにはフワフワした毛髪が残っており、白い魔石のオークションの際には、それを振り乱して喜ぶ姿が目撃されている。長女であるカロリーナを溺愛、正妻の助言でアレスの婚約を決めたものの、それをずっと憎らしく思っていた。派閥は国王陛下を推す保守派。
ベイリン子爵領
北西の広大な地域を有するルーデイル・ベイリンを当主とする子爵家の領土。北部を深い森におおわれているため、人の住める領土としてはそこまで広くはないが、森からの魔物の脅威と共に恩恵も受けており、温厚な子爵の性格もあり、街もそれなりに発展している。
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