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迷子の星座を送り届ける

 記憶の氾濫がようやく収まり、ハッカ蒸しの原に束の間の静寂が戻った夜のことでした。

 空を支える調律の糸が昨夜の騒動で緩んでしまったのか、夜空の織り目がわずかに解け、そこからこぼれ落ちた一粒の光の欠片がありました。

 それは風車小屋の裏手、凍てつく夜露に濡れたハッカの茂みの中で、迷子の子猫のように小さく身を縮めて震えていたのです。

 ネルが最初に見つけたとき、その光は掌に乗るほどの頼りない大きさでしたが、放つ輝きは網膜を射抜くほど鋭く、耳を澄ませばパチパチと、銀河の深淵で氷が弾けるような不思議な音を立てていました。

「モンジロウさん、大変です! 星が……星が地面に落ちて、泣いています!」

 ネルの切迫した呼び声に、モンジロウは使い古された真鍮のパイプをくわえたまま、重い足取りで現れました。

 彼は厚手の皮手袋をはめ、その光をひょいと慎重に持ち上げると、片目を細めてレンズ越しにじっくりと観察しました。

 その光の欠片は、地面に落ちてからもなお、空へ帰りたいと熱望するように激しく脈打っていたのです。

「星の子じゃねえ。こいつは迷子の星座の端っこ……山猫座の耳の先っぽだ。昨夜の騒ぎで、空の境界線がガタついたせいで、重力に負けてはぐれちまったんだな。いいかネル、星座ってのは一つの巨大な音楽なんだ。一部が欠ければ、天体全体の旋律が狂い始める。放っておくと、こいつは熱を持ちすぎて、この辺りのハッカを根こそぎ焼き尽くし、最後には冷え切ってただの石ころになっちまう。そうなる前に、元の場所へ打ち上げてやらなきゃならねえ」

 二匹は急いで風車小屋の最上階へと階段を駆け上がりました。

 そこには、普段は森の蒸気を循環させるために使われる、重厚な真鍮製の送風機が鎮座しています。

 モンジロウは複雑なレバーを操り、風車の回転を逆方向に固定しました。

 今夜、この風車は空へと続く目に見えない音の道を作るための、巨大なカタパルトへと姿を変えるのです。

「ネル、お前の仕事だ。真鍮の鈴を使って、空にある本来の居場所を探し出せ。欠けたパズルのピースが、どこに戻りたがっているのか。その小さな声を、決して聞き漏らすなよ」

 ネルは冷たい風が吹き抜ける天窓の下で、静かに目を閉じました。

 意識を高く、どこまでも冷たく澄み渡った夜空の深淵へと放り投げます。

 何万光年も先で待っている、主を失った星座の空白が放つ、かすかな、けれど切実な呼び声。

 それは凍てついた宇宙の静寂の中で、微かに震える高音の不協和音としてネルの耳に届きました。

 ネルは自分の首元の鈴を、その空白の震えに共鳴させるように、ゆっくりと、しかし確かな意思を込めて振り始めました。

 チリン、チリン。

 鈴の音が風の渦と混ざり合い、目に見えない銀色の光の道が、風車小屋の屋根から天頂へと一本の真っ直ぐな線を描いて伸びていきます。

 空の色が変わったように感じたその瞬間、モンジロウが鋭く叫びました。

「今だ、ネル! 合図を鳴らせ!」

 モンジロウの怒号と同時に、ネルは全身の力を込めて鈴を鳴らしました。

 カラン、という鋭く清冽な音が響いた瞬間、モンジロウが送風機の全圧を一気に開放しました。

 迷子の星座の破片は、ネルが作った音の道に吸い込まれるように、ハッカの香る強い風に乗って、垂直に空へと昇っていきました。

 一瞬、夜空に白銀の尾を引く流れ星が逆流したかのように見えました。

 夜空に浮かぶ山猫座の耳元に、その光がパチンと音を立てるようにしてはまった瞬間、空全体が一度だけ、祝福するように大きく白く明滅しました。

 役目を終えた巨大な風車がゆっくりと回転を止め、あたりには再び、何事もなかったかのような穏やかな冬の静寂が戻りました。

 ハッカの葉を揺らす風の音だけが、事の次第を知っているかのように囁いていました。

「……行っちゃいましたね。あんなに遠い場所に、僕たちの奏でた音が届くなんて、まだなんだか不思議です」

 ネルが感嘆の声を漏らし、まだ少しだけ熱を持っている首元の鈴を撫でました。

 モンジロウは空を見上げたまま、不器用にパイプの煙を吐き出し、小さく鼻を鳴らしました。

「届くさ。この原の調律師をなめるんじゃねえ。お前の音が少しでもズレてりゃ、今頃あの星は沼に落ちてただの泥団子になってたところだ……まあ、今日は合格点だな。さっさと下に降りて、蜂蜜を入れた温かいミルクでも飲むぞ」

 モンジロウの広くて少し丸まった背中を追いかけながら、ネルは胸の中に誇らしさと、ほんの少しの切なさを同時に感じていました。

 空の星さえも、正しい場所へ導くことができる。

 その仕事の重みを、ひんやりとした冬の空気と共に噛み締めながら、ネルは再び輝きを取り戻した夜空に、密かに感謝の祈りを捧げました。

 ハッカ蒸しの原の夜は、星の配置が正されたことで、いつもよりずっと深い安心感に包まれて更けていくのでした。

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