表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈りの丘で天を薙ぐ  作者: 柚瓜
第1章 渦は鳴く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/24

第3話 災禍の足音

「……じいちゃん起きてるかな」


 じいちゃんの部屋の前に立ち、コンコンと静かにノックをする。

 返事を待たずに、僕はゆっくりと重い扉を開いた。


 その瞬間、飛び込んできたのは、じいちゃんの怒号にも似た、地を這うような低い声だった。


「だから、なんべんも言ってるだろうが! わしはそんなものに協力せんと!……はぁ」


 苛立ちを隠せない様子で、じいちゃんは乱暴に電話を切った。


「ごめん、じいちゃん。取り込み中だった?」


「かまわん。佐伯の小僧からだ。……なんべんも、やらんと言っておるのに」


 苦虫を噛み潰したようなじいちゃんの言葉に、僕の後ろから美宇が怪訝そうに顔を覗かせる。


「佐伯の小僧って、父のことですか?」


「なんだ、美宇じゃないか。久しいな。ああ、すまないな。父親のことを小僧呼ばわりで」


「いえいえ、蒼人のおじいさんからすればみんな小僧ですから」


 美宇は慣れた様子で小さく笑う。けれど、僕はじいちゃんのあの取り乱し方が気になって仕方がなかった。


「なんかあったの? 珍しいじゃん。じいちゃんがあんなに怒ってるの」


「……そうだな。まぁ、おいおい話そう。それよりも、わしに用があったんだろう?」


 じいちゃんは鋭い視線を僕に戻し、話をはぐらかした。


「用って程じゃないけどね。今日の見回りも無事に終わったって報告だよ」


「そうか。トガビトは出たのか?」


「あー……。歩行型が一体だけ」


 じいちゃんの問いかけに、僕は咄嗟に答えた。

 嘘はついてない。残りの飛行型については、言うと面倒になると思ったからだ。


「あとは飛行型が三体ね。なんで隠すのよ」


「べ、別に隠してないし」


 すかさず美宇から横槍が入る。じいちゃんは深くため息をつき、僕を正面から睨み据えた。


「蒼人。いつも言ってるだろ。報告は、正しく、確実にだ。話せ」


「……歩行型を一体、討伐。その後、飛行型三体と遭遇。シールドを使っていたため、攻撃が通らなかった。そこに、美宇が助けに入ってくれた。……そんな感じ」


「ふむ。飛行型三体は同じ亀裂からか?」


「うん。そうだね」


「そうか……。珍しいな。それに、シールドか。蒼人の攻撃が通らないほどの」


「でも、私の攻撃は簡単に通ったわよ?」


 誇らしげに胸を張る美宇の言葉に、僕は自分の神装を思い浮かべながら補足する。


「シールドも僕の攻撃の後はすぐに崩れたんだ。不思議な感じだったよ」


「おそらく、一撃に限り防ぐようなものだろうな。普通のトガビトが持っているものじゃない。運が悪かったな、蒼人」


「そうだよね。僕が負けても仕方ないよね」


「だが、報告で嘘をつくのはダメだな」


「う……。ごめんなさい」


 じいちゃんは声を荒らげないで、僕を叱る。静かな説教ほど、心の奥にじわりと怖いものが残る。


「美宇はどうだ? 最近の右目の調子は」


「もう違和感も無いですし、平気です。むしろ感覚が鋭くなってますね」


「そうか……。元々神力の扱いは上手かったが、右目を失ったことで良くも悪くも、死角を補うために成長しているのだろう」


「ありがとうございます」


 美宇は嬉しそうに返事をする。

 けれど、この話になると、僕の心はやっぱりキュッと締め付けられる。


 ――僕が悪いわけじゃないとわかっているのに。


「蒼人……。まだ気にしているのか。お前のせいではないと何度も言っただろう。むしろ、わしらが守ってやれなかったせいだ」


「そうよ、蒼人。私がいいって言ってるじゃない。まだ、そんな顔するなら次は殴るからね」


「え、それはやだ」


「ははは。蒼人は恵まれているな。良い手本がこんなにも近くにいる」


「うん。そうだね。僕が一番知ってるよ」


 美宇にふと視線を移す。

 すると、美宇はきまずそうに顔を両手で覆って隠していた。


「なにしてんの」


「なんでもない。急にそんなこと言うからじゃん」


「僕、変なこと言ったかな?」


「知らない」


 バシンッ、と美宇は僕の肩を叩く。

 僕から顔を逸らしているし、彼女の照れ隠しなのか何なのか、僕にはよくわからない。


「蒼人ー? 美宇ちゃんー? ケーキ食べよー!」


 絶妙なタイミングで、部屋の外から母さんの呼ぶ声が聞こえた。


「ここまでだな。報告は受けた。母さんのところに行ってきなさい」


「わかった。行こう、美宇」


「ええ。ありがとうございました。蒼人のおじいさん」


 美宇は軽くお辞儀をして部屋を出る。

 僕もその後ろをついて行こうとした時、じいちゃんの低く重い声が、僕の足をピタリと止めさせた。


「……蒼人。お前は後でまた来なさい。佐伯の件も、お前には詳しく話しておこう」


「……わかった」


 振り返ったじいちゃんの顔は、どこか酷く疲れた表情をしていた。

 美宇が部屋を出たあと、わざわざ僕だけに言ったのだ。他の人には決して悟られてはいけない、不穏な話なのかもしれない。


「……よし」


 僕は不安を強引に顔から消して、美宇の待つリビングに向かった。


 ◇


「あ。来た来た。ほら二人とも座って」


 リビングに入ると、母さんがケーキと紅茶を用意して待っていた。

 ニコニコした顔で、僕らが話していた間もずっと楽しみに待っていたようだ。


「わぁー。おいしそう……。手作りですか?」


「そう! 最近ハマっててね。感想も聞いてみたいから、食べて!」


「いただきます」


 美宇は美味しそうにケーキを頬張る。


「ん! おいし!」


 美宇はそう言って、幸せそうに身を捩らせている。


「ホント! やったぁ! 美宇ちゃんのリアクションいいわねぇ。蒼人は食べても、うまいって機械的なことしか言わないんだもん」


 母さんは僕の方をじーっと見つめて不満げに言う。


「僕も母さんのケーキ好きだよ」


 そう言うと、母さんは照れたように嬉しそうに笑った。


「えーずるいなー。こんなに美味しいの家で食べれるの」


「美宇ちゃんは普段あんまり食べないの?」


「私の家はそうですね……って言うかダイエットしてるんで! 私! ちょっと我慢してるんですよ」


「えー! そんなに細いのに。ダイエットなんていらないよ」


「でもでも、気になっちゃうんですよ」


 キャッキャと女子トークに花が咲く。

 しかし、自分の家のことを話そうとした一瞬、美宇の顔はどこか寂しげに曇って見えた。


 佐伯家は観測者の名家として、それなりの地位を持つ。そのために生活自体はとても裕福なはずだ。けれど、よくある裕福な家庭が持つ特有の苦悩があるのか、僕にはわからない。


 ――何より、僕は正直、じいちゃんのあの不穏な空気が気になりすぎて、目の前のケーキの味がまったくしなかった。ただ、冷めかけた紅茶で胃の奥へと流し込む。

 紅茶の熱さだけが、じんわりと内側に苦く残った。


 ケーキを食べ終え、美宇は帰ることに。僕と母さんは玄関で美宇を見送る。


「おじゃましました」


「また来てね。美宇ちゃん」


「はい。じゃあ、またね。蒼人」


「うん。また」


 夕暮れの街へと美宇が帰っていく。

 去り際、彼女は一瞬だけ振り返り、なんだか僕に呼び止めて欲しそうな顔をしていた。……そんな気がした。


「……じいちゃんのとこ行くか」


「またお話?」


「うん。まだ……説教の続きがあるみたい」


「そう」


 僕は再び、じいちゃんの部屋へ向かって重い足取りで歩いていく。

 ふと背後に冷たい視感を感じて振り返る。


(……気のせいか)


 母さんはリビングに戻って、もうそこにはいなかった。


 僕はじいちゃんの部屋の扉に手をかける。

 ――空気が、明らかに変わった気がした。

 さっきまでの美宇との時間が嘘のように、冷たく、古びた空気が澱み彷徨っていた。


「じいちゃん。戻ったよ」


「……ああ」


 じいちゃんは、古びた写真を静かに眺めていた。


「写真?」


「ああ。昔のな」


 僕が覗き込もうとすると、じいちゃんはそっと写真立てを伏せた。


「美宇は帰ったのか?」


「うん。帰った。僕一人だけだよ」


「そうか。ならいい」


 じいちゃんは僕の目を見つめ、厳かに左手で印を結んだ。


「――『封』」


 ビキ、と部屋の壁を神力の光が走り、一瞬で部屋に強固な結界が巡る。外の生活音が、嘘のように完全に消え去った。


「なにこれ?」


「念の為だ。これで、外には漏れん」


 じいちゃんの表情は、いつも以上に暗く重たかった。

 僕は無意識に唾を飲み込んで、覚悟を決めた。


「……蒼人。お前はあの丘ついてどう思っている」


「祈りの丘か……。うーん。あれ? 僕、祈りの丘のことなんにも知らないなぁ。でも、なにかがあるんでしょ? じゃなきゃみんなが求める意味がないじゃん」


「そうだ。祈りの丘にはなにかがある。……そのはずだ。それこそ、世界の真理があると、わしは思っておる」


「そんな感じだよね。僕もあんまり、考えたこと無かったな。行かなきゃって思いはあったんだけど。……言葉にすると難しいな」


「それじゃあ、トガビトについてはどう思っている」


「どう思ってるって……。トガビトは倒すべきモンスターでしょ? 観測の邪魔になるし、人を襲うんだから」


「そうだな。正しい感覚だ」


 じいちゃんは深く肯く。けれど、僕はじいちゃんの意図が見えずに焦れた。


「いったいなんの話し? いつも考えてることじゃん。わざわざ、結界貼ってまですること?」


「……トガビトは倒すべきモノだ。仮に、佐伯がトガビトを利用していると言ったらお前はどうする」


「は? トガビトを利用? どうやるのさ」


「わしも、口頭で聞いたに過ぎないがな。佐伯の小僧……いや佐伯一幸はこの町を軍隊の訓練場として利用すると言った」


「ちょ、ちょっと待って、全然わかんない」


 佐伯一幸は美宇の父親だ。あの人が政治家として活動しているのは知っている。さっきの電話は、まさにこの話か。いつからだ。いや、それよりも中身がおかしすぎる。


「いいか。続けるぞ」


「うん。大丈夫」


「一幸の話ではトガビトを使って、兵士の訓練、兵器の研究を行い、あわよくば神装を使える兵士を作り上げるというものだった。……わしはその育成を手伝って欲しいと頼まれたのだ」


「いや。無理でしょ……」


「ああ。全ては一幸の妄想に過ぎん。しかし、仮に奴が行動を起こしたとして、何が起こるかわからない。……最悪は、災禍が起きてしまうかもしれん」


「災禍……」


 その単語が響いた瞬間、部屋の空気がさらに一段冷え込んだ。


「ああ。数百年前、わしらの先祖が神装や結界術を編み出すきっかけになったものだ。トガビトが溢れかえり、町を滅ぼす。今、起きてみろ。この町はおろか世界が堕ちてしまうぞ」


「じいちゃん……。僕はどうしたらいいの?」


「今はまだ、悟られないようにすることだ。いつも通りに観測を続けろ。最悪、佐伯家を……美宇を手にかけなければならないかもしれなくなる」

「そんな……。無理だって……」


「わかっておる。そんなことには、わしがさせん」


 じいちゃんは静かに、力強く、拳を握りしめていた。


 (……いつも通りじゃだめだ。僕ももっと強くならなきゃ。もう美宇には頼れない)


「わかったよ、じいちゃん。僕ももう少し頑張るよ」


「頼んだぞ、蒼人」


 じいちゃんが再び左手で印を結ぶ。


「――『解』」


 部屋に巡らされていた結界が、光の粒子となって解けていく。


 途端に、窓の外からザーザーと激しい音が聞こえてくる。いつの間にか、外は激しい雨が降っていた。


「蒼人」


 重い現実を胸に、部屋を出ようとする僕をじいちゃんはまた呼び止める。


「なに? まだなんかあるの?」


「来なさい。今日はおまじないがまだだったな」


 じいちゃんはいつも通りの手招きをして僕を呼ぶ。


「ああ、いつものね」


 僕はじいちゃんの前におでこを出す。

 じいちゃんは、僕のおでこをゆっくりとシワだらけの指でなぞる。


「よし。これで大丈夫だ。行っていいぞ」


「うん。ありがとう」


 雨の音が強くなる中、僕は部屋を後にした。



 じいちゃんのおまじないを受けると、不思議と頭の中がすうっとスッキリとする。

 廊下の窓の外、祈りの丘は激しい雨の中も燦然と美しく輝いている。


 あの場所にも雨は降っているのだろうか。それだけでも、存在の証明になるのに。そんなことをふと思う。


 自分の部屋に戻り、ベッドに横になってじいちゃんの話を思い返す。

 考えても、結果は出ている。僕のできることをすること、それ以外に答えは無いとわかっている。


 雨は窓ガラスを強く打ちつけている。音に包まれたこの部屋は、まるで世界から切り離された結界のようだ。


 ……小さい頃、雨は好きだった。すべてをかき消すように騒ぎ立て、自然の圧倒的な大きさで押しつぶされそうになる。そんな特別な感覚が好きだった。

 けれど、今はもう、雨は僕の記憶にじんわりと冷たい楔を残すだけ。


 いつまでも止まないような雨を眺めながら、地獄の夜は更けていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ